第1530話・宇治山田の陥落

Side:春


 北畠の軍勢と共に宇治山田の町に入る。


 結果から言うと、両町の主立った商人たちは逃げだした。店がもぬけの殻のところもあれば、一族や奉公人が残っているところもある。銭を出すだけだと許されないと考えたのだと思うわ。


「己らはわしの命を聞けぬのか!!」


 宇治と山田を無傷で手中に収めたはずの亜相様の怒鳴り声に家臣たちの顔が強張る。北畠の兵が町を荒らしてしまい、一部では火事となり延焼してしまった。


 事前に町での乱暴狼藉や略奪を禁じると命じていたものの、雑兵まで徹底されなかった。とはいえ織田以外ではこれが普通のことなのよね。


「やはり、かようなことになったの」


 亜相様と家臣らの様子を、私たちと一緒に別室で聞いている大御所様がため息をこぼされた。こうなると分かっていたのよね。私たちも。


「致し方ありませんね」


 ただ、対策がない。北畠では軍政改革は始まってもいない。集められた雑兵は奪わないとタダ働きになる。武士がどうこう言ったところでこれが当然なのよ。


「復興するの大変そう」


「負傷者も多いよ」


 秋と冬が町の様子を見てきたけど、あまりいい状況じゃないようね。雑兵の肩を持つわけじゃないけど、宇治と山田の町もこうなると分かっていたこと。持ち出せるものは持って逃げているし、どさくさに紛れて略奪していたのは町の者たちも同じ。


「まあ、恨まれていたところも多いでしょうしね。仕方ないと思うわ」


 夏の言う通りか。織田の荷をあちこちに横流ししていたことは周知の事実。そんな商人は同じ宇治と山田の町衆からも恨まれていた。お前たちのせいで苦しくなったんだとね。


 彼らの店なんかは屋敷の柱や戸板などまで破壊され強奪されている。それと、あえて言わないけど、借財やツケの証文なんかも燃やされているでしょうね。


「織田のようにはいくまい」


「私たちも苦労をしています。雑兵に報酬を払い、飯も織田で食わせる。それに揖斐北方城を攻めた時なんかは、同じく勝手なことをした者たちがおり、あとで大殿に切腹を命じられましたから」


 大御所様はあまりご機嫌が良くない様子。所領というものがそろそろ面倒事にしか思えなくなったのかもしれないわね。


 断固たる処置を取るなら私たちも協力するけど、難しいでしょうね。歴史ある名門だし、長年仕えた家臣たちだもの。


 まあ、悲観する必要もないけど。面倒事は増えたけど、伊勢の自治都市では最後の大きな町が宇治と山田だったのよ。これで北畠領内がまとまる。復興は手伝わないと無理でしょうね。


 織田領にいる宇治と山田出身の商人を戻すことも考えなきゃだめかも。




Side:知子


「山城ね」


「はっ、それなりの城と聞いておりまするが」


 蠣崎かきざき殿や大浦殿らを交えて、安東攻めについて相談する。


 私たちは南部家の領地は通れないので、内陸も史実の江戸時代に整備された羽州街道のあたりは使えないわ。その分日本海側は制圧してあるので、陸路はそっちのルートで南下するべきかしら。


「海軍は私たちが差配するわ。能代湊は任せて」


 ただ、今日は蠣崎殿たちが大人しい。彼女の姿に少し驚いていることが原因でしょうね。白い髪と白い着物、慣れていないと怖がる人もいるのよね。


「助かるわ。雪乃。港を制圧してしまえば船で兵を運べるのよね」


 先日、十三湊にリーファと雪乃が船で来たのよね。当然、安東攻めのために来てくれたんだけど、表向きは物資を輸送してきたことになっている。


「蠣崎殿、水軍衆から使える者を選んでちょうだい。恵比寿船で能代湊を攻めるわ」


「はっ、ただちに」


 檜山城は火力で落とすべきね。信濃砥石城の報告はこちらも密かに受けている。こちらの主力である北方民族の北方衆は織田の精鋭ほどじゃないけど、それなりに戦の訓練をしてある。十分ね。


 兵は鰺ヶ沢湊から海路で送る。陸路も考えていたけど、制海権が取れるなら海路がいい。ウチの船以外にも、蝦夷や津軽半島の船はこちらで借り上げて集めてある。


 ウチの兵が三千と蝦夷倭人衆と津軽衆で一千、計四千で檜山城を攻める予定ね。


「されど、御家にはあれほど大きな船があるとは……」


 リーファと雪乃が今回乗ってきたのは一千トンオーバーの貨客船になる。まあ、積んできたのは人ではなく大陸からの麦が大半なんだけど。あまりに巨大な船に初めて見る者たちは驚いているのよね。


 彼らの反応に使えると思ったんでしょうね。季代子が浪岡家や南部家に伝わるようにと、久遠の巨大船の噂を広げるように手配していた。


 とりあえず来年の春までは動かないと思うけどね。稲刈りも終わったので動く可能性もある。釘を刺すにはちょうどいいことなのよね。




Side:真田幸綱


「奪いに来たくなるのも分かるわねぇ」


 村上方と戦となった地の報告を夜の方様に致すも、貧しく小競り合いで荒れておる地にため息をこぼされた。


 あまり利になる地ではない。甲斐よりはいいと思いたいが、尾張を知ると、かような地など欲しくないと言われても致し方ないな。


「ああ、あの近辺の草木や作物の報告はまだかしら?」


「はっ、申し訳ございませぬ。そちらも近日中に致しまする」


「急がないわよ。そっちはヒルザに届けて」


 織田では新たに領地となったところで検地や人の数を把握することはもとより、作物やいかなる草木が生えておるかも報告をさせる。


 久遠家の知恵にてその地で今後植える作物を選ぶ際に、それがあれば植える作物をある程度分かるそうなのだ。


 すぐに調べさせておるが、何分、わしは真田の地を離れておることが長く、よく分からぬところもある。さらに山にある草木などは、当地の者とて気にしておらねば分からぬもの。改めて人を遣わしておるのだ。


 おかげでいささか苦労をしておるわ。


「村上殿への商いはいかがなりそうでございますか?」


「戦にならないように考えたみたい。後日正式に書状が届くわ。守護様の従兄弟なのよ。にもかかわらず先の騒動では向こうが先に折れてくれた。相応の配慮がいるわ」


「いささか安堵致しますな。織田家は所領が広がるのが早すぎまする。村上殿と争うと、そのまま所領が広がりそうでございますからなぁ」


 他家では羨むのであろうが、仕えてみるとこうもあちこちに所領が広がると苦労ばかりが多い。ならば所領を認めて任せてしまえばいいとも思うが、織田の新しき政で考えるとそれも決して良い手ではない。


「そうなのよね。私たちも落ち着いたらこの地を離れることになるけど、今しばらくは無理ね」


 古くからまとまりがない信濃は、駿河・遠江・甲斐よりも治めるのが難しき地だ。それに村上が大人しいのは夜の方様らがおるからとも言える。小笠原家ではまだ信濃をまとめるのは無理であろう。


 織田と久遠の名は信濃でも大きい。さらに守護様の代将となれる者は織田家中においても多くはないのだ。


「まあ、無理はしなくていい。アーシャに教わった真田殿なら分かっているでしょうけど。小笠原殿と力を合わせて励んでちょうだい」


「畏まりましてございます」


 元所領のことで随分とお手を煩わせてしまったからな。わしはしばらくこの地で働くことになった。


 無理をするな。銭を出し渋るな。出来ぬことは出来ぬと言え。久遠家が求めることは理解しておる。道理から外れるとお叱りを受けるが、融通を利かせることは否とは言われぬ。小笠原民部大輔殿も苦労をしておられる。わしも励まねばならぬな。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る