第1526話・武芸大会も終わって

Side:北畠具教


 武芸大会も終わり、名残惜しさを感じるまま夜を迎えておる。


 模擬戦や行軍、野戦築城なども例年にないほど皆が熱くなっておったな。一馬の差配を見て思うところがあったのだろう。


 若武衛の差配も悪うなかった。戦を知らぬ者らを集めて差配をするなど、そもそも難しきことなのだ。


「金色砲がなくとも勝てぬな」


 宴の席でもあちこちに酒を注いでおる一馬を見て、父上が聞こえるか聞こえないかの声で囁かれた。


 見ておった家臣らも同じ思いなのであろうな。今も一馬を畏怖するように見ておる者がおる。金色砲や鉄砲がなくば負けぬ。密かにそううそぶく者がおると聞く。故に模擬戦には驚いた者が多かろう。


「神仏の使いと称される御仁でございますからなぁ」


 鳥屋尾石見守が父上の言葉に同意するように口を開くが、異を唱える者が誰一人おらぬ。かつては氏素性の怪しき輩と顔をしかめる者がおったというのに。


 されど、一馬は人だ。少なくともわしにはそう見える。差配も政もすべて理を基に動くが、情が無い訳ではないのだ。困ることもあれば、上手くいかぬこともある。ところが、鳥屋尾石見守でさえもそれが見えておらぬとは。


 一馬の苦労が僅かではあるが、分かった気がするわ。


「大御所様も亜相様も一献いかがでございますか?」


「おお、済まぬの」


 そうしておる間にも一馬がこちらに酒を注ぎに来た。すでに己からあちこち酒を注ぐような身分でないというのに、この男は変わらぬ。


 日ノ本を平定すると考えるには、かような者でなくばならぬのか?


「そなたは戦を好かぬと思うたのだがな」


「戦は好きではありませんよ。ただ、備えることは誰よりもつとめねばと考えております。失いたくない者たちが私には多くおりますので」


 苦笑いをされてしもうたわ。


「戦を模した模擬戦が戦の替わりか。命を奪わず戦をすることが出来る。考えたものだ」


 家臣らも変わることを覚悟しつつある。織田ばかりではない。六角も変わりつつあるのだ。一馬が日ノ本の戦の作法でもあれほど強いとなると、皆も本気で変わることを考えよう。


 そなたはそこまで読んでおったのか?




Side:武田義信


 兵部。そなたにも見せてやりたかったわ。内匠頭殿は鉄砲や金色砲がなくともあれほど強いのだとな。武勇ある奥方も家臣も一体となり見事な用兵を見せた。あれでは戦をせずに降るのも致し方あるまい?


「ふふふ、面白きものよの」


「祖父上、いかがされましたか?」


 ふと隣におる祖父上が笑い出した。見ておるのは北畠様に酒を注ぐ内匠頭殿か?


「我らは久遠家の真似など出来ぬが、内匠頭殿は我らと同じ戦でもやっていけるのだ。さらに言うならば、内匠頭殿が戦に出ずとも同じような采配を振れる者が幾人かおろう。わしもそれなりに生きたが、あのような者らは初めて見るわ」


「真に恐ろしきはそこではない。内匠頭殿はあれを己以外の者でも出来るようにとしておることだ。常ならばありえぬこと」


「そうさの。わしも左様なことなど考えもせなんだわ。家臣どころか血を分けた子すらも信じ切れぬ世で、何故、信じて動けるのか。聞いてみたいものよな」


 穏やかに話す祖父上と父上の姿に、以前叔父上から聞いた話を思い出した。互いに憎しみ兵を挙げるほどではないものの、実の父の追放を止めぬくらいには仲が良うなかったと聞いたことがある。


 かくいうわしも、以前ならば父上に己の思いを口にするなど許されなんだがな。兵部には武士とは親子であってもかようなものだと教わった。


 ところが今では穏やかに話す姿をよう見る。尾張という国が祖父上と父上を変えたのであろうか?


 分からぬ。分からぬが、今の暮らしは嫌いではない。




Side:京極高吉


 ふと武衛様と若武衛様が楽しげに話しておられるのが見える。初陣となった模擬戦のことでも話をしておられるのであろうか?


 あれほど厳しき模擬戦となり、勝ち戦どころか負け戦となったというのに。お二方ともに、なんとも嬉しそうなお顔をされておるわ。


 今宵は院の御許しもあり、武芸大会にて勝った者や初陣を終えた者らがこの宴におる。院の御前ということで、初めての者らは身が引き締まる思いなのであろう。さすがに固くなっておるが、ほかの慣れておる者は宴を楽しんでおる。


 もっとも今宵の宴は久遠家の流儀になる。席次も決めておらず、上座に院が御正座されておる以外は好きにして構わぬとのこと。料理も大きな座卓に所狭しと並ぶものを、各々で好きに選んで食べるのだとか。


 いかになるのかと思うたが、皆が気軽に動けるようであちらこちらで楽しげな笑い声が聞こえるほどよ。


「一献、いかがでございますか?」


 わしは院と側近の取次もせねばならぬのでちかしいところで大人しゅうしておると、大智殿がやってきた。


 今宵の料理もこの者が差配したものだ。先の初陣相手の模擬戦にも出ておったほどの者。今巴殿ほどではないようだが、武芸も通じておる。


「これはかたじけない」


 さほど親しくするつもりはなかったのだが、気が付くと久遠家の者と会うことが増えた。今のこの国は彼の者らがおらねば成り立たぬからな。


「大智。ひとつ聞きたい。そなたも戦に出ると聞き及ぶ。恐ろしゅうないのか?」


 大智殿に注いでもらい酒を飲むが、ここで院が大智殿に直にお声がけをされたことで側近衆と周囲が少し静まり返る。


「直答をお許しになられまするか?」


「許す」


 すっと酒の酔いが冷めた気がしたわ。わしはすかさず院にお伺いを立てる。院はそれを望まれることは明白なれど、明確なお許しのお言葉がなくば、あとで側近どもがあれこれと言い出しかねぬ。


 まさか大智殿に難癖は付けまいが、先に先手を打っておく必要がある。


「大智殿、院の御許しが出た。お答え致せ」


「はい。戦とは恐ろしいものでございます。ですが、私たちは日ノ本に来る前から船に乗って海に出ることで生きておりました。船の上で敵に襲われると、女であろうと戦わねばなりません。従って、同じ船に乗る者を守ることに男も女もございません。故に私たちは必要とあらば戦にも出ます」


 こちらに謝意を示すように笑みを見せた大智殿は、堂々と己の生き様を語った。要らぬ手助けであったのかもしれぬな。されど、恩を売って損はない相手だ。


「己が力だけで領国を持つ者の覚悟か。それ故、戦をせずに戦に備えるということをするのであろうな。素晴らしき知恵、見事である」


かしこくも、お褒めのお言葉を賜り、誉れにございます」


 そんな大智殿の言葉に院もまたお喜びになられたようだ。院は以前から内匠頭のみならず大智殿らと会われることを望んでおられた。されど、さすがに言えぬようで機を待たれておったのであろうな。


 うむ、側近らや公家衆も騒ぐ様子はないな。なにはともあれ安堵したわ。





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