第1524話・初陣組の模擬戦・その三
Side:久遠一馬
まずは一槍交えるというのは終わったね。
「さて、次はどう出るかな」
主役はあくまでも初陣組だ。こちらから翻弄するようなことは避けたい。若干受け身くらいのほうが、彼らも
ただ、
離脱判定が厳しいからな。模擬戦に関しては離脱判定の見直しがここ数年議論に上がっている。個人的には後遺症が残るような怪我をせず、遺恨を生まないのならば変えてもいいのではと言ってあるけど。
「こちらから攻めようか?」
「はい、頃合いでしょう」
初陣組の動きが完全に防衛シフトで止まった。義信君。こちらのフィールドで戦うのを避けたか。手堅くていい判断だ。初陣なんだ。もう少しはっちゃけてもいいとは思うけど。
オレたちは戦況における柔軟性を重視した布陣になっている。こちらの陣地で戦うのは初陣組に限らず難しいだろう。この模擬戦は各部隊を指揮する現場指揮官の力量も大きい。そういう意味では戦国時代の戦に近いものにしてある。
前衛も左右も申し訳ないが隙はない。
前衛と右備と左備に指示を出して前に出ると、オレのいる本陣も前に出す。勝敗の条件であるこちらの旗の防衛に五人ほど残すが、あとは前に出していいだろう。
まあ、ここまでする必要もないんだけどね。初陣組の残りは八十人ほどだろう。こちらは前衛と左右だけで六十人。それだけでも十分といえば十分なんだが、これは初陣組に対する指導の一環でもある。こちらも最善を尽くす必要がある。
「条件、ちょっと厳しかったかもね」
「今後を考えると緩めるのは難しいので……」
百人対百人の上、同じルールで戦うのは前提からして初陣組に勝ち目がないんだよね。
ただし、今後も初陣の相手を大人がすると考えると、安易に条件を緩くすると初陣の相手をする大人がいなくなる可能性がある。
今回はまだ旧来の価値観で教育された期間が長い子たちが多いのでいいけど、今後新しい教育が進めば、下手な大人より子供たちのほうが新しい戦を最初から学んで強くなることも想定される。
まあ、先のことは後で考えるとしても、オレたちとしては現状のルールで最大限に見せるしかない。こちらの戦を。
「じゃあ、攻めようか」
「はい。全軍に伝令、総攻撃開始です」
義信君、手堅いね。アーシャの教えでもあるのかな。だけど、こちらは想定済みだ。今度は兵をいかに臨機応変に動かすか。そこがポイントだよ。よく見て学んでほしい。
Side:セレス
もう本陣を動かしますか。司令はいつになくやる気になっていますね。リアルの戦は嫌いでも仮想空間での戦闘は嫌いではなかった人です。驚きはありませんが。
それに、若殿と出会い、大殿や守護様など、命懸けで今を生きる
あの子たちに見せようというのですね。私たちの積み重ねたモノを。
「ジュリア、行きましょう」
「ああ、そうだね」
こちらの目の前には野戦陣地が見えます。丸太と板材で柵を作り、障害となる廃材や土砂を僅かに用いたものもあります。
限られた時間でいかに敵の勢いを止めるか。現時点では合格点をあげてもいいでしょう。
「来たぞ!!」
「守れ! 守れ!!」
初陣の者たちの声に緊張と
本来の戦と違い、飛び道具禁止もあります。上手く防衛陣地を築いて粘り強く守り敵の兵を減らす。それが彼らに求められます。
こちらとしては相手を挑発したり恐れさせたりするような、奇をてらう戦術は一切使用しません。戦では罵声などもありますが、それも今回は必要ないでしょう。
「やあ! やあ!」
柵を利用してこちらを迎え撃つ者たちは真剣です。周囲とタイミングを合わせつつこちらの動きに応対する。よく鍛えられていますね。
「ひっ!!」
ただ、ジュリアを見た若い者が、真剣なジュリアの顔に悲鳴にも似た声を上げて怯んでしまいました。ジュリアですら周囲と歩調を合わせているというのに、それでも怖かったのでしょうか?
恐怖は伝染する。目の前に迫る私たちに臆する心が周囲に広がります。
「うろたえるな! 敵も同じ木槍ぞ!!」
ああ、いいタイミングで敵に増援が来ましたね。やはりここ中央を敵は一番警戒しているのかもしれません。
槍を合わせる時間が続きますが、練度と連携の差は埋めようがありません。初陣の者はひとりまたひとりと離脱していきます。
「左備、突破されたぞ!!」
ふふふ、先手は右備に取られましたね。すずとチェリーの部隊が敵の野戦陣地を突破したようで敵に乱れが増えていきます。
「来たね。こっちも一気に決めるよ!!」
その時でした。司令の本陣がこちらに合流して数が一気に増えます。ジュリアの命で皆の士気がさらに上がります。こうなると勢いは止めようもありません。
王道でしょうね。ただ、それがなにより最適なのですけど。
Side:織田信長
強い。誰もが無言のまま見ておる。一目瞭然だ。あれならば院や公家衆ですら戦の形勢もいずれが強いかも分かるであろう。
「あれが内匠頭の戦か」
「そうとも言えまするが、違うとも言えまする。内匠頭の戦は弓や鉄砲や金色砲を用いまする。此度はそれらを封じて日ノ本の戦に合わせたと言えましょう」
院の問いに答えたのは親父だ。武器が違えば用兵も兵法も変わる。とはいえ、かず。そなたがこれほど戦慣れしておるとはな。エルの差配か?
「なんという美しい戦じゃ。かような戦はわしも見たことがない」
「師よ、美しいとは?」
ただ、異なことを口にしたのは塚原殿だ。それに上様が真意を問う。
「そうでございますな。武芸に例えるならば力押しもせず、奇をてらわず、あるがままに戦うようなものでございましょう。兵法の手本のような戦になりまする。言うは易し行うは難し。さらに、いかにまことの戦でないとはいえ、味方の兵があそこまで歩調を合わせて同じ動きを出来るとは……、信じられませぬ」
なるほど。強さだけではない。左様な見方をするべきなのか。
オレもまた己の初陣を思い出す。親父や爺が勝つべくして送り出してくれたのだ。勝って当たり前だ。それもよいとは思う。されど、かような戦を見せつけられたらいかがしておったのであろうな。
ひとりひとりの武を鍛練しながらも、戦では他の者と力を合わせる戦い方をかずはずっと教えておった。その先にあるのがあの戦か。
久遠勢がひとりふたりと討ち死に判定で抜けるが、初陣の者らはすでに前線を抜かれており、まとまった守りが出来ておらぬ。
一気に畳みかけることも出来ようが、左様なことはせずに初陣の者が退いていくのを見逃しておるように見える。
じわじわと追い詰められる心情はいかがなものであろうか。
一度、オレも戦ってみたいものだ。
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