第1523話・初陣組の模擬戦・その二

Side:久遠一馬


 本陣の兵は四十名、前衛、右備、左備がそれぞれ二十名。構築した野戦陣地は防衛というよりは相手方の動線を定めるためのものになる。


 初陣組の構築している陣地は、完全な守り重視の防衛陣地だ。


「あの陣構え。教えられたものだろうね」


「そうだと思います。悪くありませんよ」


 初陣組を指導した武官は優秀らしい。動きも悪くないし、義信君を含めてみんなできちんと協力して陣地を築いている。エルもそんな初陣組に笑みを見せた。


 ちなみにこちらの陣地構築はオレを含めてみんなでしている。将だろうが限られた人員だ。働ける以上は働く。


 義信君は指揮するだけでもいいんだけどね。多分、自発的に参加すると決めたんだろう。学校とかでは他の子と同じく働いていたから違和感はない。


「悪くないんだけどね」


 悪くない。とはいえ幾つか教えられたであろう陣地の中から、守りの陣地を選んだのが彼らの心理状況からだというのは想像に難しくない。ただ、あの陣地では戦いの流れと勝つ道筋が見えていないんだろうね。


「初陣もしておらぬ者ら故、勝つことが難しゅうに思うたのでございましょう」


 一益さんの言葉に少し苦笑いを見せてしまったかもしれない。


 不利な相手に守りを固める。立派な兵法だ。とはいえあれでは勝つという意気込みすら見えない。力の差がある相手に守りの陣で待ち構えると、攻撃に移る前に終わる可能性もある。


 攻守の切り替え。これが難しいんだよね。




「さあ、始まるな」


 広い敷地に対峙するように布陣した両軍だ。声による審判は不可能。開始の合図と中断や終了の合図は太鼓と旗で行う。


 両軍が布陣して太鼓が打ち鳴らされると、いよいよ試しの儀とも言える初陣の始まりだ。


 ただ、意外なことに初陣組は守りの陣から出てきた。右備と左備にそれぞれ二十名ほどが討って出ている。


 うーん、陣地は完全な守りの形なのに左右から攻めてきたのか。こちらとしては、まずは相手の動きを見るつもりだったから構わないけど。


「左右を崩したいのか。中央を手薄にしたいのか」


「少なくとも包囲されての殲滅はなくなりました。それを狙ったのかもしれません」


 まあ、中央にまとまって攻めてくるとそうなるからなぁ。エルに驚きはない。これも悪くないということか。


 ただし……。


「個々の力量もそうだけど、集団戦の戦い方が違うんだよね」


 一番槍を狙ったんだろうか。先頭にいた数名が、すぐに胸や頭の紙風船を破られて敗北判定になった。


 陣地を利用して動線を減らして、あとは複数による連携で確実に倒していく。織田家に仕官して以降、ジュリアとセレスが一番教えていたことになるだろうね。


 申し訳ないが、ウチの連携戦術の完成度は尾張一だ。




Side:春


「やるぞ!!」


 気合いが入った子たちが攻めてきた。悪くないわ。圧倒的に不利な状況で心が折れないだけでもね。


「なっ!?」


「動きが!!」


 得物は同じでも使い手が違う。個々の力量は決して悪くはない。でもね。こちらはそれ以上に武芸を鍛練している上に、連携した集団戦なのよ。ひとりが相手の木槍を押さえるとすかさず違う者が紙風船を割る。


 相手も連携を学んでいるのは間違いない。それでも互いに力量も動きも分からないと、連携しているつもりでも連携になっていないわ。


 並んで同じタイミングで突くことだって何度も訓練しないと合わないのよ。


「出過ぎるな!」


「なにを! 己らこそ出ろ。退いたらこちらに勝ち目などないぞ!」


 討ち死に判定で離脱する者がいると、そこに隙が出来る。さらに個人の力量でこちらの連携に対応出来る者が僅かに踏ん張るけど、周りが付いていけないと意味がない。


 実際に死ぬわけじゃないと割り切って奮戦している子がいる反面で、連携を重視して周りと合わせようとして上手く行かない子もいる。


「引け! 引け!」


「追わなくていいわ」


 二十人ほどいた相手が半数ちかくになると、手数てかず頭数あたまかずもこちらの半分以下となり撤退をしていく。私はすかさず味方の追撃を止める。無論、追えば数名は討ち死判定に出来るだろう。とはいえ初陣で撤退しようとして失敗して終わりでは可哀想だわ。


 右備も同じく撤退しているわね。


 とりあえず一当てしたことを褒めてあげるべきね。左右を攻めて様子を見つつあわよくば突破か中央を開けることを狙ったのだと思うわ。


 左備の損傷はゼロ。まあ素人相手にこちらは近代思想の軍。当然だけど。




Side:斯波義信


「討ち死した者二十二! 敵は陣から動かず!」


 一馬。そなたはまことに手加減せぬのだな。


 負けや過ちこそ学ぶことがある。久遠家の教えのままだ。我らにもその教えを斯様かよういても学ばせる気か。


「なんという強さだ。左右を差配する奥方様らにたどり着くのも難しいとは」


「敵方は抜きん出てくる者がおらず。複数で確実に戦う。教えのままだな」


 誰ひとり一馬を甘く見る者はおらぬが、こちらが二十もの討ち死を出したというのに敵は未だひとりも欠かしておらぬ。その事実に戸惑う者はおる。


 中には武芸大会の予選でいいところまで行った者もおったのだ。彼の者らを中心に敵方を動かすために討って出たというのに、ここまで通じぬとは。


「せめて弓が使えれば……」


「飛び道具を許したら、こちらがさらに不利になるわ。氷雨様や太田様がおるのだぞ!」


 久遠勢が動かぬことでしばし時が得られ、こちらは立て直しのために皆で考えるが、いかようにもならぬ。


 将とは難しきものよな。


「皆、かような思いをしたのであろうな」


 わしとて多くのことを学んだ。幼き頃より傅役だった者から始まり、学校でも学び、元服してからは父上や弾正からも学んだ。されど、いかにしても勝つという道が見えぬ。


 ふと、思うてしもうた。敵となった者、こちらに降った者。皆、かように悩み苦しみ、悔恨かいこんをして決断したのであろうなと。


「若武衛様……」


「内匠頭はな。戦を嫌う。銭や米と違い、人の命は失うと二度と戻らぬからとな。それ故に戦をする時は必ず勝つように支度をする」


 父上は戦など出来ぬと仰せになる。弾正は昔から戦上手であったが、それでも戦で得られるものは僅かしかないと言うておった。


 一馬は戦そのものを好まぬ。失ってはならぬものを守るために戦を嫌がるのだ。


「これがまことの戦なら降伏するところだ。家を残さねばならぬ。されどこれは初陣だ。勝てぬのであろう。されど、武士として陣地を守り最後まで戦おう」


 久遠の陣は堅固に見えぬが、こちらが攻めにくいようにしておる。あそこを個々の力量で劣る我らが攻めても先ほどの先手せんてわせと同じことになる。ならば、こちらの陣に引き込むしかない。


「味方でよかったであろう? それにの、内匠頭が自ら我らに差配を見せるなど、滅多にあることではない。存分に学ばせてもらおうぞ」


「ははっ!」


 なんとか士気だけは持ち直した。アーシャ殿。学校にてそなたに教わったこと大いに役に立ったぞ。


 人とはいかなるものか。よう教えてくれたのだ。最後にモノを言うのは人としての力量なのだと教えを受けておる。


 面目はいい。ただ、後悔だけはせぬようにしたい。それだけだ。



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