第1520話・第八回武芸大会・その九

Side:柳生宗厳


 大会も三日目か。準決勝の相手は吉岡殿だ。今年は弟子と共に予選会から出ておるが、本選に残ったのは吉岡殿ひとり。ただ、この御仁がまた強い。


 なによりも負けを恐れぬところが強さの理由であろう。先代の公方様の指南役だった家柄にもかかわらず、負けることをなんとも思うておらぬのだ。


「参る!」


 凄まじい気迫だ。体裁や出世欲ではない。勝ちたいという、ただそれだけの思いが伝わってくる。他家の者でこれほど強いのは、他は伊勢の愛洲殿と越前の真柄殿だけだ。


 拙者に気負いはない。


 すでに久遠流と鹿島新當流の免許皆伝を頂き、己の剣を目指すように教えを受けたが、拙者は以前と変わらぬ鍛練と役目に励んでおる。己の流派を持つことも考えたが、今はその時ではないと思うておるのだ。


「強いねぇ。こんな相手とやれるなんて夢のようだ。めんどくせえことは要らねえ。ただ、勝ちたいそれだけだ」


「拙者は昨年負けて楽になったかもしれぬ。無敗などではないのだがな。数年も勝ち続けると誤解をされておってな」


 心情は同じか。とはいえ吉岡一門を背負う身であろうに。要らぬとは異なことだ。愛洲殿を見ておれば分かるが、流派や一門を背負うのは容易いことではない。


「くっ、無念!」


 強かった。こちらが久遠流を使うと見せかけて誘いをかけたものの乗ってこず、そのまま久遠流で仕留めた。刀と無手の合わせ技だ。


 もう一試合は愛洲殿と奥平殿か。奥平殿も強くなったからな。愛洲殿がいささか苦戦しておったが、最後は地力に勝る愛洲殿が勝った。




「今年もそなたと決勝か」


 多くの見物人が拙者と愛洲殿を見ておるのが分かる。愛洲殿は相も変わらず平常心を心掛けておるようだ。言葉を多く交わさずとも相手が分かる。


 この先、幾度こうして試合をするのであろうか? 拙者や愛洲殿が塚原殿のように年老いても同じことが出来るようになればいい。ふとそんなことを考えてしまう。


「参る」


 互いに手の内も知り尽くした相手だ。されど、この日だけは日頃の鍛練とまったく違うように感じる。


 己の力と技をこの一戦に懸ける。ただ、それだけのために生きようと思えるほどだ。


 出し惜しみはせぬ。拙者が持てるすべてを愛洲殿にぶつける。


 それがなによりの望みだ!




Side:真柄直隆


「あーあ、負けちまったな」


 悔いはない。やれることはやって負けた。それでも勝ちたかったという思いは消えねえ。


「ようやったの」


「宗滴様!?」


 控えの場で柳生殿と愛洲殿の試合をひとりで見ておると、驚くことに宗滴のじじいがやってきた。久遠様のところの子らと一緒に見物に来ていたのは聞いているが、まさかここに出向いてやがるとは。


「他国から来て、この武芸大会で勝ち残るのは難しきこと。もう真柄の悪童と呼べぬな」


 年老いたなと思う。もとよりオレは若い頃など知らぬが、それでもこうして会うとそう思わざるを得ぬ。


 共に柳生殿と愛洲殿の試合を見つつ言葉を交わす。あのふたりは信じられぬような試合をしてやがる。じじいもそれを見ているからだろう。少し思うところがありげな顔をしている。


「そなたが得た久遠殿との縁。決して手放してはならぬぞ。これは朝倉家のためではない。そなたと真柄家のためだ」


 いかがしたというのだ? 左様なことを言うとは。


「わしもの。この地に留まり多くを学んでおるが……、もう流れは止まらぬと思える。畿内が束になり敵となってもこの国は負けぬであろう」


 ああ、そうなんだろうな。オレも勝てるような気がしねえ。武士どころか民や坊主ですら違うんだ。同じ日ノ本の国と思わねえほうがいいとさえ思う。


 ただ、何故それをオレに言うんだ?


「十郎左衛門。わしはの、かような大会で名を上げて、新たな世も見られる。そんなそなたが羨ましいのじゃ。少しくらい妬んでも罰は当たるまい?」


「……宗滴様」


 ふと、いかなる顔をしておるかと見ると、まるで悪さをする童のような顔をしていやがる。


「なんと!?」


 何故と問うかと思うた時、会場が騒然とした。押されたかに見えた柳生殿の返し手が見事に決まったのだ。あれは久遠流か。


「さて、わしは戻るとするか。あまり遅いと案じさせてしまうからの」


 そう告げるとオレが問う間もなく行ってしまいやがった。


「羨ましいか」


 敵国でさえ一目置かれるほど名を上げても、そう思うのか。


 よい余生を送っている。オレもあんな歳の取り方をしたいものだな。




Side:久遠一馬


 剣の試合が終わった。石舟斎さんが勝った。ただ、解説をしてくれた塚原さんいわく、一か八かの賭けだったとか。


 あのふたりは本当に別次元で武芸大会を楽しんでいるとオレにでも分かる。なんかジュリアみたいだね。ふとそう感じた。


 槍・投擲・競馬・馬上槍・流鏑馬などの競技は、すでに優勝者が決まっている。すべての競技ではないものの、今年もオレの妻たちが模範演技をしていて評判はいい。


 武田や今川の家臣も本戦出場した人がいたことで最低限の面目は守れただろう。ただし、面目を気にして人を出し惜しんでいる間はこれ以上の活躍は当分無理かもしれない。


 ああ、義輝さんと具教さんは出場者が羨ましいみたいだね。来賓が新規の出場者や若い人を羨ましげに見るのはあまり褒められたことじゃないけど、それが武芸に携わる人なんだろうね。周囲もそのくらいは大目に見てくれている。


 上皇陛下は見るものすべてが珍しく楽しいようだ。内裏から出ずに公卿と型通りの挨拶をする武士や僧侶しか会われたことがないんだから当然か。


 残るは団体競技の決勝だ。これも毎年盛り上がるんだ。個人の武芸と違って、団体競技ならばいろいろな要素があるから参加者が知恵を絞ってくる。


 荷駄輸送は会場の外がメインなので、すでに始まっていてゴールを待つだけだ。行軍はここ野外競技場で行う。野戦築城と模擬戦は、第二回から同じ運動公園内にある別の広場でやることになっている。


 馬術と兼用の第二競技場となっていて、こちらは日頃から野戦陣地の構築や町中を想定した訓練などで使われている場所だ。


 武道場に弓道場や射撃場などもあるし、広い講堂もある。ここに来る人はみんな驚くほどの施設が今では揃っているんだ。


 運動公園に関しては信秀さんの意向で敷地と施設が拡大したからなぁ。あちこちの賦役でウチが提案していることのひとつに拡張性がある。将来の発展を見越して土地を確保して建屋も大きくする。それを生かしたんだろう。


「なんと強き女性にょしょうよ」


 上皇陛下の驚いた顔が見られた。ジュリアが石舟斎さんに勝ったからだ。年々、力の差はなくなりつつあるものの、経験と技で身体能力に勝る男性を打ち負かす。ジュリアでなければ出来ないことかもしれない。


 ジュリア自身は負けず嫌いだけど、勝負の勝ち負けをそこまで意識もしていない。


 まあ、驚くよね。初めて見る人はみんな同じような顔で驚くんだから。ただ、晴信さんと義元さんの顔のほうが驚きは大きいかもしれない。


 なまじ戦を知り、戦場でリアルな女性を知るだけに信じられないんだろう。


 正直、武芸大会でも本気で優勝者とやり合うのは、ジュリアと鉄砲部門に出た春くらいだからなぁ。先に終わった槍の部門では弓と兼任でセレスが出ていたけど、優勝者である森可成さん相手に模範演技をしていたくらいだし。


 他には夏、すず、チェリーなども出ているけど、みんな模範演技をしている。


 男性に明確に勝つのはジュリアひとりでいい。そんな認識があることも確かだ。アンドロイドとしての身体能力を使えなくても技術で勝てるんだろうけどね。あまり目立っても良くないというのもある。


 武芸大会ものこり僅かだ。オレも楽しもう。




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