第1519話・第八回武芸大会・その八

Side:東島金次


 鉄砲を持つ手に力が入る。鉄砲競技の決勝の相手は彦右衛門様だった。


「金次、本気で来い」


 考えられるか? オレが殿に仕えて以降、ずっと教え導き、面倒を見てくださっておられたお方なんだぞ。


「彦右衛門様……」


 分かってはおる。武芸大会とは、かような場なのだ。もっとも配慮がまったくないのか、オレには分からない。されど、御家の者で配慮から手を抜くなど許されぬ。なにより殿が悲しまれよう。


 氏素性もいたらぬ身分でかような場に出ることを許されるだけで、本来ならば感謝してもしきれぬことだ。


 鉄砲が重く感じる。先手は彦右衛門様だ。鉄砲に玉薬と玉を込めると的に狙いを定める。


「おお!」


 見物しておる者らがどよめいた。見事、的の中心を撃ち抜かれた。


 手が震えそうになる。御家に仕えて以降、学問や武芸など多くを学んだ。人並み以上に励んだものの、武芸大会に出られるほどに上達したのは鉄砲だけだった。


 織田家を出ると、常に玉と玉薬を用いて撃つ鍛練をしておるなどあり得ぬことだ。北畠の御所様からは羨ましいとさえ言われたこともある。


 的がやけに小さく見える。一旦構えを解いて息を整える。


 この場には多くの者がおる。かつて共に野山を駆けておられた若殿は、院と共にご覧になっておられるだろう。殿も若殿と同じだ。お方様方はお立場により場所が違うが、ふと近くにおられたセレス様がこちらを見ておられる。


 見どころがあると、幾度も教え導いてくださったお方様だ。


 結果を考えるのは止めよう。オレはオレに出来ることをする。ずっとそれだけで励んできたんだ。


 再び的に狙いを定める。近頃は火打ち銃もあるが、武芸大会では狙いを定めやすい火縄銃を用いる。


 火縄の燃える匂いがする。


「おお!! また真ん中だ!」


 重く感じる引き金を引くと、彦右衛門様と同じくらい的の中心を撃ち抜くことが出来た。近くで見ておる者の声がやけに大きく聞こえる。


 あと九射だ。無言のままの彦右衛門様と交代して、一息つく。交互に撃ち決着を付けるんだ。


 鍛錬で日勤にっきんのように撃っておるんだがな。それでもこの一射が驚くほど疲労を感じる。


「勝者! 東島金次!!」


 ……勝った?


 オレが……勝ったのか?


「やれやれ、負けたな。されど、油断してはならんぞ。追う者より追われる者が苦しい。今度はわしがそなたを追う立場だ」


 呆けておったのかもしれない。彦右衛門様にお声を掛けていただいておるというのに、夢か現かと思うてしまった。


「彦右衛門様、オレ……」


「今度はそなたに酒でも奢ってもらうぞ」


 見渡す限りの人の声も彦右衛門様の声も、すべて信じられぬ。そう思えてならない。


 目を閉じてしまうと、あの頃に腹を空かせて空を見上げる日々に戻るのではないかと思えてならないんだ。


「しっかりせぬか! 春様との手合わせがまだあるのだぞ!!」


 ああ、そうだった。これで終わりじゃない。最後にお方様と競うんだ。




「うふふ、金さんが相手とは、嬉しいわねぇ」


 彦右衛門様が下がられると春様がお姿を見せた。昨年から各競技で得意とするお方様が技を披露されておられるのだ。とはいえ、まさかオレがお相手を仕るとは。


「精いっぱい努めさせていただきます」


「手加減はしないわよ」


 春様のお顔から笑みが消えた。お屋敷では常に楽しげにされておられるお方様だけど、戦場では御家でも一、二を争う恐ろしいお方様だという者もおる。


 勝ちたい。ここまで来たら勝って殿やお方様がたを守れるようになりたい。


 オレは、武士になったんだから。




Side:久遠一馬


「金次のやつ。惜しかったではないか」


 信長さんが、ついつい顔をほころばせている。一益さんに金さんが勝った。そのことが嬉しかったらしい。


 さすがに春との模範演技では僅差で負けたが、それでも的に当てた数は同じで、いかに中心に近いかという判定負けだ。この時代の鉄砲なら誇っていい結果だ。


 史実の滝川一益に、歴史に名を残していなかった金さんが勝った。その事実はオレにとっても嬉しいものになる。無論、一益さんの気持ちを考えると素直に喜べないところもあるけどね。


「いずこに出しても恥ずかしくない武士ですよ」


 本人の自己評価は今一つらしいけど、信長さんの悪友だった者たちの中でも金さんの評価は上位に入る。才能もあったのかもしれないが、大半は本人の努力だ。真面目で素直な性格もある。


 人当たりもいいので、あれこれと忙しく働いているひとりになるだろう。


 ただ、それでも武芸大会で優勝するとは思わなかったけど。当初はウチと信長さんの直臣くらいしか出場者がいなかった鉄砲の部門も、今では多くの参加者がいて予選会を行なっているくらいだ。


 清洲運動公園の射撃場では、織田家家臣や陪臣ならば鉄砲の練習が出来る。ここで鉄砲を習得した人が家中には多い。


 弓、鉄砲、弩。このあたりは織田家の戦術の変化も相まって、習得しようとする人が数多くいるんだ。そもそも弓でさえも弓矢は安くはないし、他家だと誰でも挑戦出来る武芸でないんだけどね。


 ああ、弓の部門だが今年は太田さんが勝った。大島さんと数人で接戦だったけどね。試合慣れしていることもあって、大島さんとの決勝で勝ったようだ。あのふたり、互いに助言をしたりしているからなぁ。


 模範演技はセレスだったが、今年は曲射によるデモンストレーションをしていた。セレスは太田さんと大島さんと相談しながら入念に練習もしているんだよね。じゃないと本番で成功しないんだろう。


「若い者らも増えたな」


「ええ、みんな必死ですから」


 武芸大会の顔ぶれも少しずつ変わりつつある。前田又左衛門君とか丹羽五郎左衛門君とか、新しい世代が勝ちあがっている。ただ、同時に金さんのように史実で名前もない人が本選に出てくることも増えた。


 突出した戦功が無ければ、国人や有力土豪ですら名前が残らないことも珍しくはない。その次男三男以降だと尚更だ。教育と機会を与えることでこれだけ変わるんだなと実感する。


 オレはこの世界に来て、もうすぐ九年になる。


 信長さんも大人になったし、オレも大人になったと思う。まあ、オレの場合は元の世界での歳もあるからちょっと違うけど。


 最早、史実は遠い歴史の向こうという印象だ。


 武芸大会が終わったら金さんに褒美を上げよう。なにがいいかな。





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