第1518話・第八回武芸大会・その七
Side:武田晴信
真田源太左衛門も敗れたか。勝手の分からぬ武芸大会にて、本選まで勝ち上がったこと。まことに天晴。褒めてやらねばなるまい。嫡男という立場でありながら出場したのは真田と僅かの者だけなのだ。
いっそのこと敗れてもよいからと、皆に出るように促すべきであったか?
己の武勇を民に見せる。なんとも面白きことを考えたものだ。小競り合いすらも禁じる織田故に、かようなことが必要であったのであろうか?
民が強き武士を求めるのはいずこも変わるまい。仏と崇められる大殿とて、戦になると負け知らずを
無論、己の武と用兵は違うものがある。されど、太平の世をつくろうとする以上、戦をせずとも戦が出来る支度を常にしておかねばなるまい。
相手が悪かった。公家衆と共に院の相手をしておる内匠頭殿をちらりと見て、それを痛感する。
日ノ本の外との戦すら考え備えておるという噂もある。あの御仁の本領が日ノ本の外故に、当然のことなのであろうが。
されど……、
それは今でも変わらぬ。今川などでなく織田と戦をして降ることが出来ておれば、かような思いを抱かずに済んだのであろうか?
無念だな。とはいえ、そうなっておったとしても後悔はあったのであろうな。人とは欲深いものだ。
「申し訳ございませぬ。勝てませなんだ」
試合が終わったばかりだというのに源太左衛門が謝罪にきた。その顔つきはやはり悔しさが見えるな。
「いや、ようやった。尾張や美濃では、日々、武芸大会のために鍛練を欠かさぬそうだ。初めての身でよう勝ち上がった。あとで褒美を取らす」
「ははっ、ありがとうございまする。されど……、負けは負けでございますれば」
周囲には織田家中の者や公家衆に院もおる。わしの席は少し離れておる故、織田家中の者ら以外には聞こえておるまいがな。
されど、負ける覚悟で出た源太左衛門は一番槍にも等しい功を上げた。
「その負けを覚悟で皆、出ておるのだ。古参は皆、当主や嫡男がこぞって出ておる。武田家中から
「……!? 畏まりましてございます!!」
若いな。羨ましい限り。されど、尾張ばかりか美濃・三河・伊勢の者らも負けを恐れず出ておるのだ。かような大会なのかと思うが、武士が人前で負けることを恐れぬことがわしは一番恐ろしいかもしれぬ。
この国は武士としての心根から違う。そう思えてならぬ。
Side:愛洲宗通
「あー! 愛洲せんせいだ!!」
試合の合間に少し歩いておると、子らに囲まれてしもうた。他国のはずが、今では
かようなことは、所領でもなかったことなのだがな。
「皆、励んでおるか?」
「はい!」
久遠殿のところの子らだ。良からぬ者に狙われることもありえるということで、元服の際には猶子とすると言うておるほど。時折、わしでも驚く子がおるからな。致し方あるまい。
もっとも、わしもまた久遠流の教えを受けておる身。人に教えを受けると同時に教え導くという経験は今までにないものだ。
教え導く者、教えを受ける者との立場を共に得ることで、わしは人を教え導く難しさと楽しさを知った。学校や孤児院にて武芸を教えるのが楽しくて仕方ないというのは言いすぎであろうか。
「これ、召し上がってください!」
「ほほう、では頂こう」
久遠殿の子らは皆、常に熱心だ。今も秋だというのに額に汗するほど働いておる。そんな子らがわしにと差し出してくれたのは、たこ焼きだ。丸い形と久遠家でしか作れぬ秘伝のたれもあって、他では真似出来ぬ品。
熱々ということもあり、口の中で転がして冷ますように食うと、外の香ばしさと中のとろりとしたところがまた美味い。この世のものとは思えぬ味わいにすら思えるわ。
「ああ、美味いな」
「ありがとうございます!」
嬉しそうに笑みを見せる子らに、わしはまだまだ久遠殿と奥方らには敵わぬと知る。人を残すことこそ陰流を残すこととなるのだ。わしにはかような顔をする弟子が幾人もおらぬ。もっと学ばねばならぬな。
織田と北畠の誼は年々深まっておる。御所様や大御所様からはわしに期待するお言葉すらかけていただく。
武芸に生きるわしが、尾張と誼を築く架け橋となるとは思わなんだな。
「愛洲様! 今年も勝ってくださいませ!」
「いや~、柳生様との一戦はそれだけで見る価値がある」
尾張の民がわしに勝てと言う。この国ではすでに珍しきことでないのだが、わしは未だに驚かずにはおられぬ。
「最善を尽くそう」
勝ちたい。それは皆同じであろう。さらに負けてもいいので全力で戦いたいという思いもある。昨年の新介殿が遅れを取った理由のひとつである、いずこから試合をするかということを他の者らと相談して献策した。
わしは他家の者だということで遠慮しておったのだが、今巴殿に頼まれ献策の内容を武芸大会出場者らと共にまとめたのだ。
今年はわしが昨年の優勝者として出るので、やはり最後に一戦だけ戦うというのは厳しいと思うたこともある。
今巴殿や塚原殿と同じとはいかぬ。あのふたりは未だわしなど及ばぬ力があるのだ。
さあ、試合の刻限だ。
Side:久遠一馬
いや、皆さん強いね。義元さんとか晴信さんの顔色が少し悪く見えるほどだ。
武闘派に関してはジュリアとセレスたちが本当に上手く導いたね。無論、武芸を軽んじるなんて論外なんだけど。どんなに戦争が変わっても白兵戦の備えはいるんだ。
「なかなか面白きことを考えたものよな」
義輝さんが知らないふりをして唸ったのは、余興として子供たちが披露していることに対してだ。
「子らが古くなった毬で遊んでいたのがきっかけでございます」
毬というか、ウチで用意したボールを蹴ってゴールを目指す競技。
そう、元の世界のサッカーだ。ルールは簡素化していて、敵方の体に触れないなどの安全性を考慮したルールも加えている。ぶつかり合うような激しいスポーツというよりは、蹴鞠のように優雅にやることを少し意識した。
これなら領内の子供たちでもボールさえあれば出来るし。石合戦とか未だにあるんだよね。孤児院の子供たちとかには禁止しているけど。
「雅なのもよいが、武士としては競うこともよいな。互いに考えて修練を積むことで武芸とはいかずとも、強き
上皇陛下と公家衆の反応も悪くない。蹴鞠が子供たちの手で遊びになった。少しくらいルールが変わって武士らしい遊びになったのもある意味、自然の流れと思ってくれているのかな?
義輝さんが認めたことで、これを公然と批判出来ないという事情もあるけど。とはいえ批判しそうな公家はいないんだよね。ここにいるの駿河の公家衆だから。ちゃんと蹴鞠もみんな習得した上での蹴球だし。
「かようなことはようあるのか?」
「女子供であろうとも、学問を学ぶ以上は新しき知恵を思いつくことがございます。私どもはそれを手助けするのも大人の役目と思うております」
少し不思議だったんだろうね。ここには目新しいものが山ほどあるから。上皇陛下の問いかけにオレは少し考えて説明した。
人の発想を育てることこそ、アーシャがやっていることなんだ。先人に倣うのもいい。でもゼロから生み出すことや、足し算、乗算、級数的に飛躍させるだけの発想力は、今から育んでいく必要がある。
「とはいえ、余興であろう?」
「はい。ですが、余興から役に立つ知恵が生まれるかもしれません。当家ではそういうこともあったと聞き及んでおります」
公式と非公式。きちんと使い分けは必要だけどね。朝廷や公家の文化から新しいなにかが生まれる。それをひとつ示したかったのもある。
変わることは悪いことでも怖いことでもない。せめて、ここにいる皆さんにはそれを理解してほしい。
きっと、その認識が新しい時代の第一歩になるはずだから。
◆◆
現在、日本圏で人気の競技である蹴球が生まれたのは、永禄元年の第八回武芸大会であったと記録にある。
元は蹴鞠の合間に子供たちが遊んでいたことが始まりとされ、それを織田学校にて競技としたのだと『織田学校史』にある。
第八回武芸大会は後奈良上皇の天覧大会であり、蹴鞠と共に披露した際には後奈良上皇や足利義輝などが、驚きつつもその様子に感心したという逸話が残っている。
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