第1517話・第八回武芸大会・その六
Side:真田信綱
信濃衆で残ったのはわしひとりか。他の者があまりにも強い。強すぎるのだ。
「真柄殿か」
信濃衆の面目もある。
「真田殿か。良き相手だ。わしも大太刀を使うのでな。是非とも手合わせしてみたかった」
大柄な男が楽しげな笑みを浮かべると恐ろしゅうなるほどだ。
互いに得物は長き木刀だ。昨年までは皆が同じ長さの木刀だったようだが、今年からは許しがあれば多少変えられるとのことで、わしは
「参る」
「そう気負わずにやろうではないか。要らぬ力が入るぞ」
分からぬ。わしを惑わす気かとも考えたが、真柄殿は動く気配もなく待ちに徹しておる。まるでわしの支度が整うのを待つように。
「何故、左様なことを申す」
「ん? この大会の慣例みたいなものだ。元は柳生殿がしておったと聞き及ぶ。共に全力を出せるように尽くすのだそうだ」
……噓偽りではないようだな。勝てば名声と功が得られるというのに。
「配慮かたじけない」
この国は分からぬことが多い。されど、今わしがするべきは持てる力を尽くしてこの男に勝つことだ。武田家も真田家も決して盤石ではない。功が要るのだ。誰もが認める功がな。
「ではいくぞ」
はっ、速い!? 顔から笑みが消えたかと思うと長き木刀が更に伸びたと感じるほど、わしに迫っておった。
「くっ」
身のこなしも見事だ。かような男が勝てぬのか? この武芸大会とやらは。
「強いねぇ。だけど、オレはこの武芸大会のために一年鍛練を積んでおるのだ。負けられんのはこっちも同じ」
あの大柄な体でこれほど速く動かれると、防ぐだけで精いっぱいではないか。それでも如何にかこちらも打ち込むが、すでに読まれておるとは。
これが戦場ならば、また違う。されどそれは向こうも同じか。
「はぁぁ!!」
一か八か、懐に入り込むべく前に出る。大柄な分、入り込めば……。
くっ……、これも通じぬのか!
「勝者、真柄十郎左衛門!」
入り込んだ分だけ、受けきれなんだ。真柄殿の手加減された太刀がわしに決まってしまった。
「いい試合だった。機会があればまたやろう」
父上や武田の御屋形様に申し訳ないとうなだれるわしに、真柄殿はそう告げると笑みを見せた。
「貴殿は何故、楽しそうなのだ?」
勝ったからではあるまい。戦う前から楽しげな男であった。そのわけが知りたくなり、つい問い掛けてしもうた。
「強い奴と戦えるからかな。この武芸大会のいいところだ。勝っても負けても次がある。またやれるなんて楽しみしかねえんだ」
わしの問いに真柄殿は少し考えて真摯に答えてくれた。
敵国の武士にかようなことを言わせるのか。尾張という国は。
「織田に臣従したんだろ? 大会が終わったら柳生殿にでも手合わせ…、は傲慢として
豪快な男だ。そう言うと笑って下がっていく。
負けたというのに、悔しさよりも心地よさを感じる男だ。
世は広いのだな。改めて思い知らされたわ。
Side:久遠一馬
うーん。共に大太刀使いである真柄さんと真田信綱さんの試合は、真柄さんの勝ちか。試合経験が勝因だろうなぁ。
大太刀とまでは言えないけど、他の選手より長い木刀を両者器用に使いこなしていた。得物の規則も今年から変えた。許可を得たものに限定したが、長さや重さを変えることを認めたんだ。
これは大会出場者を中心に以前から意見が上がっていたのを採用したものになる。みんなそれぞれに慣れ親しんだ武器の形や長さがあるからね。
「これはまことに美味いの」
試合の合間になると貴賓席では会話が盛り上がり、公家衆は先ほどお出ししたお汁粉に喜んでいる。
お汁粉、元の世界では地域によって呼び名も内容も微妙に違うけど、小豆を砂糖ベースで煮た汁に餅を入れたものを今回用意した。時期もちょうどいいので甘露煮仕立ての栗入りお汁粉だ。
ずっと外にいると少し冷えるから、こういう温かい汁物が美味しい。甘さ控えめで小豆と餅米の味がしっかりするのもポイントだね。
「尾張の甘味は雑味がなくて美味い。真似出来そうで出来ぬのが口惜しいの」
まあ、そうだろう。織田家の甘味はエル直伝のものが多い。原料もこの時代にしては厳選しているし、調理法も工夫している。
「何事も学び、考えている結果ですよ」
知識や技術の価値は今更言うまでもないし、この場にいる公家衆は駿河在住なので何度も尾張に来ていて知っていることだ。まあ、だからこそこちらの知識の価値を理解して働き場を探しているとも言えるんだろうけどね。
さて、今日のお昼はサフランライスのパエリアとクラムチャウダーがメインになる。
パエリアは炊き込みご飯と似ていてウチの祝いの料理ということになっているし、クラムチャウダーは貝類と牛乳を使うので上皇陛下にお出ししてもいいしね。
もちろん見えるところで調理している。これも意外と評判いいんだよね。どうやって作るか見えるし、毒の心配とかも多少は軽減するみたいで側近衆も反対してないんだ。
「魚や貝をかように食すのか」
「当家は海で生きている者。故にいかに海の幸を美味しく食べるかはよくよく考えてございます」
温かい食事はそれだけで心を落ち着かせるんじゃないかな。上皇陛下も自然な笑顔を見せてくれている。
このふたつの料理、見た目も黄色と白い色が綺麗でいいんだよね。
他だと六角家の皆さんとか北畠家の皆さんは、割と慣れた様子で楽しんでくれている。何度か交流をしていて互いに疑心が減っている証拠だろう。オレも時々お酒を注いだりして声をかけるようにしている。
あとは信長さんや義信君も両家の皆さんと積極的に話をしているね。
割と大人しいのは駿河・遠江・甲斐・信濃の寺社関係者か。信濃の諏訪神社とか甲斐の久遠寺なんかは、結構身分が高い人が来ていて大人しく楽しんでいる。
特に久遠寺は史実で少し面倒なこともあったので警戒しているんだけど、現時点ではまあ大人しいね。
ちなみにこっちにもお酒を注ぎに行っているけど、昨日初めて注ぎに行った時はかなり驚かれた。オレ自身、この時代の人と比べて堕落した寺社に厳しいと自覚もあるので理解はするけど。
それでもきちんと考えているところには支援を惜しまないし、相談にも乗る。そういう意味では、願証寺とか伊勢神宮、そして新体制になった無量寿院の人たちとは談笑することだってある。
ただ、そういう光景もまた彼らからすると信じられなかったらしい。
まあ、これで千秋さんとか堀田さんも少しはやりやすくなるだろう。信賞必罰はするけど、個人の感情で差別はしない。
ああ、上皇陛下がお代わりをしている。どうやらパエリアとクラムチャウダーも気に入られたらしい。
◆◆
元は久遠家に伝わる祝いの料理になる。米の採れぬ久遠諸島では米は御馳走であり、それに島で取れた海産物を乗せて一緒に炒めた料理である。
黄金飯の由来は、彩りにと入れてあったサフランが米を黄金色に見せたということから、永禄元年に尾張に御幸されていた後奈良上皇に振る舞った後にいつしかそう呼ばれていたと伝わる。
『尾張にて催されし武芸大会にて、院に饗せられし久遠料理を何時しか余人は、黄金飯(こがねめし)と言ふ様になりけり』
-武芸大会時に院の御側に侍っていた公家衆の日記より抜粋-
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