第1516話・第八回武芸大会・その五

Side:本多忠高


 鍋之助も八歳となった。武芸を好み、学問にも励むよい倅だ。あやつは覚えておるのであろうか? 幼き頃は織田家が敵方だったことを。


 新参者の扱いなどいずこも変わらぬ。松平家でも他所から仕官した服部殿を軽んじる者が多かった。されど、織田は違う。


 次から次へと自ら降る者らが後を絶たず、軽んじられる暇さえないと言えば言い過ぎであろうか?


 三河はかつての様子が嘘のように穏やかな地となった。田畑を復し整え、米や雑穀の実入りが増えたのは元より、塩や瓦や木綿などの品も多く作られるようになっておる。


「あら、本多殿。お久しぶりね」


「これは曙の方殿、お久しゅうございます」


 競技の合間に少し歩いておると久遠家の曙の方殿と出くわす。久遠家では忌み名を名乗る慣例があるようで当人らは気にせぬが、いつしか周囲がそう呼んでおる。なんでも枕草子の言葉から誰かが考えたのだとか。


 三河を変えたのは、このお方だと言うても過言であるまいな。敵地とも言える三河に自ら参り、我が殿を救ってくださったのは生涯忘れまい。


 さらに矢作川が大水で騒ぎになった際には、見事な差配で被害を食い止めた。自ら民を鼓舞して働くこのお方と内匠頭殿の姿にて、三河は心から織田の地となったのだ。


「今年も楽しみにしているわよ」


「はっ、ありがとうございまする。伊勢はいかがでございましょうか」


「ええ、皆、苦心しながらも励んでくれているわ。慣れないことで大変なのは三河と同じでしょうけどね。失態も過ちもまた糧となるわ」


 聞き及ぶところによると、北畠家と六角家に助言をしておるとか。伊勢亀山にあった関家を降し、中伊勢の長野家と北畠家が戦をした際には長野方の国人らを抑えたのはこのお方の功が大きいと聞いた。


 変わるのだ。尾張のみならず織田に降った地は。


 わしも数年で三十になる。倅が元服するまで五年はあるか。まだまだ働かねばならぬ。


 最早、松平家が三河を制することはない。とはいえ殿は東三河の代官としてお忙しい日々だ。わしを筆頭に武芸大会に挑む者も年々増えておる。


 かつての日々を懐かしむ者もおるが、戻れぬことは皆が承知のこと。今を生きるしかないのだ。


 鍋之助も見ておる。わしは勝たねばならぬ。三河に松平家があり、本多家があると世に示さねばならぬからな。




Side:奥平定国


 尾張はよいな。役目で信濃に出向いておったが、今は武芸大会に出る信濃衆を連れて戻ってきておる。


 あいにくと信濃衆は僅かな者以外はすでに負けておるが、わしは昨日の一回戦と二回戦で勝ち進むことが出来た。


 残念なのは、わしが信濃を立った後に戦があったことか。武功の機会を逃してしもうたわ。


 もっとも夜の方殿がわしを武芸大会に出してやりたいと送り出してくれたのだ。感謝しかないがな。


「そう落ち込まずともよい。来年がある。今は祭りを楽しめ。ああ、少ないが銭をやる。皆で露店市でも行ってみるといい。美味いものがあるぞ。ただし決して騒ぎは起こすな? 末代まで愚か者として語り継がれるぞ」


 信濃衆の次男三男ばかりだ。家でも勝つことを望まれておったのであろう。夜の方殿が負けても責めてはならんと厳命しておることで帰れぬということもあるまいが、早々に負けてしもうたからな。落ち込む者も多い。


 幸いにして銭には困っておらぬ。この者らはあまり持ち合わせもないようなので、わしの家臣を付けて少し遊びに行かせるか。


「お役目大変でございますな」


 負けた信濃衆を祭り見物に行かせると、様子を見ておった柳生殿に声を掛けられた。


「なに、わしも通った道。平手様に拾われておらねば、わしなど今頃はいずこかで野垂れ死んでいたやもしれませぬ」


「それを言えば拙者も同じ。嫡男でありながら武者修行の旅に出てしもうた困った男故にな」


 互いの境遇に思わず笑うてしまった。信濃衆らが他人事と思えぬのは同じらしい。


 流派を問わず皆で武芸に励む。織田の者らが強い証よ。久遠流の今巴殿が他流の者に己の流派を教えることを惜しまぬ故に、いつのまにやらそうなっておったと聞き及ぶ。


 今では鹿島新當流や陰流もこの地では皆が学べるのだ。


 武芸大会で勝ち上がる者らを相手に常に鍛練を積み己の技を磨ける。多少近郷きんごうで名の知れた程度の武辺者ではすでに相手にならぬ大会となっておる。


 ただ、それでも来年、再来年には信濃衆から勝ち上がる者が増えるかもしれぬ。これを機会に信濃の地でも、流派に問わず皆で鍛練をするような場を整えるべきであろう。


 とはいえ、尾張と同じくやるのはなかなか難しきところもある。この大会を機に皆が変わってくれると良いがな。




Side:久遠一馬


 大会二日目も順調に進む。常連組が勝ちあがるとやはり盛り上がるし、武芸大会くじもやっているからね。当たって喜ぶ人もいる。


 そういえば、今大会で変えたルールもある。前年度優勝者の扱いだ。去年は一昨年の優勝者が試合に出るのは勝ち抜き戦の勝者が決まってからだったけど、今年は準決勝からの出番を用意した。


 各競技の優勝経験者などから意見が出たんだ。勝ち上がった者を相手に最後の一戦だけ戦うのはあまりに不利だと。石舟斎さんに聞いたら、陰流の愛洲さんが石舟斎さんの体と感覚が温まるまで付き合ってくれなかったら、もっと早く負けていたかもしれないと言っていたこともある。


 この件は、ジュリアが毎年最後に一戦だけ模範試合をしていたから大丈夫だと思ったんだけどね。まあ、ジュリアも試合前に体を動かして支度はしているので、オレの配慮も足りなかったんだろう。反省しないとね。


「あの綱引きというのは見ておるほうも力が入るな」


 今日も将軍様として見物をしている義輝さんは綱引きを見てご機嫌な様子だ。そんな綱引きを最後に領民の競技は終わりとなる。


「あれは……」


 武芸部門の試合が始まる前に会場には多くの子供たちが出てくる。鞠水干すいかんの装束を着ていて、顔の白塗りはしていないものの、一見するとお公家様に見える服装だ。


「学校の子たちですよ。蹴鞠の披露になります」


 自分たちの見知った姿で出てきたことに、公家衆と上皇陛下は少し驚かれたようだ。


 広い会場なので幾つかのグループに分かれて蹴鞠を披露する。武士や商人やウチの孤児院の子供たちもいる。学校の授業の一環として練習しているだけに、みんな上手だ。


 上皇陛下の御臨席を賜るにあたり、今回蹴鞠を披露する時間を設けることにしたんだ。武芸や運動競技など多くあるけど、上皇陛下に馴染みのあるものがあまりに少ないからとみんなで考えた結果だ。


 京の都の人たちはともかく、織田領の領民は蹴鞠とか馴染みもないからね。見ていても楽しめるんじゃないかなと思う。


「良きかな。良きかな」


 明らかに嬉しそうな上皇陛下に周囲が少しざわついた。これも去年の経験を生かしたんだけど、やって良かった。


 まあ、去年までは合間を繋ぐのに大道芸とかしていたからね。それを蹴鞠に変えただけとも言える。


 ただ、こういう配慮が喜ばれる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る