第1515話・第八回武芸大会・その四

Side:久遠一馬


 武芸大会一日目は各種個人競技の一回戦と二回戦、それと庶民参加種目を中心にスケジュールをこなした。


 この辺りのやり方も年々改良しているけど、今年はさらに変わった。今までは一つの種目をまとめて行なっていたけど、今年からは決勝や準決勝を大会後半に持っていこうということになったんだ。


 庶民参加種目でも綱引きと玉入れは明日決勝になる。このふたつは一昨年から女性や子供だけの限定種目もあるので参加者が結構多い。


 大会が終わるのは相変わらず夕方の前になる。時代的に日暮れと共に休む習慣ということもあるし、遠方から来ている人は宿泊地まで歩いて一時間とかざらにあるからだ。まあ、中には大会期間中会場の席で寝泊まりする猛者もいるけど。


「これが……尾張の民が食しておるものか」


 初日の夜は、昨年に続き清洲城内にて屋台を設置しての宴となる。昨年これを喜ばれていた今の帝から話を聞いておられるようで、これは珍しく上皇陛下のリクエストとなる。


 露店とかの買い食いなんて出来るわけないしなぁ。尾張だとすでに衛生指導とかしていて改善しつつあるから、オレとかなら普通に食べることもあるけど。ただ、それでも食中毒とか毒を盛られる危険とかもゼロじゃないので、地元の人以外の露店のものは食べないようにと言われている。


「いずれなりともお気に召したものをお求めください」


 食事を自ら選ぶなんて経験はないだろうし、この先も都にお戻りになられるとないかもしれない。幾つも並ぶ屋台から漂う匂いに誘われるように、一歩、また一歩とゆっくりとした足取りで屋台に近寄られる。


「尾張でなくば召し上がれぬものも多うございまする。尾張では久遠料理と、それに倣いの物を使うた尾張料理と呼ばれるものがございまして」


 晴具さんや公家衆が上皇陛下に続き、晴具さんは細かい説明までしてくれている。


「左様であるか」


「ささ、院に於かれても。かような機会は滅多にあるものではございませぬ」


 ほんと公家衆がいい具合に盛り上げてくれる。ちなみに今回も礼儀作法とか不問としてある。それ気にすると屋台なんて出来ないし。楽しめないからね。この辺りは去年来ていた近衛さんたちが認めた前例がほんと役に立った。


「明麺とは?」


「はい。久遠の殿から学んだ料理でございます」


 幾つかある屋台には品書きなども張られていて、上皇陛下が最初に興味を示されたのは明麺と呼ばれているラーメンだった。今回の屋台も全体で上皇陛下が召し上がってもいいように素材はチェックしてある。


 ラーメンは八屋の屋台で出しているけど、味噌と醤油がある。上皇陛下は醬油ラーメンになり、魚介ベースの出汁と鴨のチャーシューやメンマやワカメが乗っているものだ。


 ただ、毒見役の人が食べるのを上皇陛下や公家衆がジッと見ているので、少し食べにくそう。日頃の毒見で見られながらなんてないんだろうしな。この毒見も必要なのか疑問があるけど、変な前例を作りたくないという気持ちも分からないではない。


 尾張で毒見をしなかったとなると、今後に影響する。これは仕方ないだろうね。現段階では。


「民はかようにして食すのか」


 食べる場所も祭りと同じで、簡素な椅子とテーブルでの食事だ。見上げると東の空には星が見える中での食事に、普段はあまり表情を変えない上皇陛下も嬉しそうに見える。


「……うましものだ」


 周囲の者がすべて見守る中、上品に召し上がられた上皇陛下の一言に、皆さんが安堵した顔をした。特に八五郎さんは生きた心地がしなかっただろうね。


「朕はよい、皆も食せ」


 空気が一気に良くなると上皇陛下のお許しもあり、公家衆や義統さん信秀さんを筆頭にした織田家関係者も屋台を楽しむことになる。


 もちろん、去年と同じように元川原者による余興もある。笛や太鼓の音色を奏でて、紙芝居なんかもしてくれる。


 音楽があると空気が変わるね。元の世界では当たり前にあるものだから気づかなかったけど、この世界では音楽は貴重なものだから尚更。


 その後、上皇陛下は自らすべての屋台に出向いて、屋台の者にひとつひとつ問いかけて選び、少しずついろいろな料理を召し上がられた。


 お腹の具合と相談しながらなんだろう。そういうことも含めて楽しそうだなと見える。


 正直、この城内屋台。そこまで費用が掛かるものじゃない。手間は掛かるけど。お気に召したなら、またやってもいいかなと思う。




Side:今川義元


 わしはなんと恐ろしき国を敵にしておったのであろうか。控えておる岡部左京進も顔色が悪い。


 院が楽しげにあちらこちらへと足を運び自ら選び食す。その姿に戦では決して分からぬ織田の恐ろしさを改めて見せつけられたわ。


 無論、臣従をして以降、織田の政を学び、あれこれと見聞きもして理解しておるつもりじゃ。されど、こうして己が目で見ると、すでにわしなど足元にも及ばぬほど進んでおったのが分かるの。


 公卿が幾度も尾張を訪れ、親王殿下や院が尾張に御幸なさるという前代未聞のこと。決して織田の力を恐れ、銭に屈しただけではないわ。


「そなたも、若ければ武芸大会に出たかったであろうな」


 鹿島の塚原卜伝が武芸大会にて、その強さを披露したと聞き及ぶ故、出来ぬこともないかと思うが。家名を背負い立場もあるとそうはいかぬ。


「はっ、本音を申せば己が力を試してみたいと思うところはございまする。されど、今日の様子を見る限りでは勝てませぬ」


「勝てぬか」


「武芸のみを己が道と定めることが出来れば、あるいは……」


 久遠家の氷雨殿は継ぎ矢を披露したとか。あれほど衆人しゅうじんがおる場にて一度で決めるなど信じられぬわ。今巴殿も話で聞く限りじゃが、その力量は確かであろう。左京進は己も武芸にまい進しておればという誇りを見せたが、立場上そうはいかぬこと。


「世を変えようなどと思いもせなんだな」


 若き者らが己の得意とする武芸で挑み、民は同じ領国の者らと競う姿を見せる。かようなことをするなど考えもせなんだわ。


 なにより見ておるだけでも面白きものじゃ。村ひとつ違えば水利や入会地の扱いで揉めて騒動を起こす。かような駿河と比べるとあまりに違い過ぎるわ。


 降った者らが謀叛を起こすこともなく裏切ることもない。何故かと思うておったが、禄や利ではないものがこの国には数多あるのじゃからの。


 ふと考えてしまう。わしがこの国で十代の若さにて生きておれば、いかがなったのであろうかと。春には桜を見ながら五穀豊穣を祈り、夏には闇夜を照らす花火を見て世の広さを知り、秋には武芸大会にて己の力を試す。冬は幾つもの烏賊のぼりが上がり一年の繁栄を願う。


 なんと羨ましき日々であろうか。


 熱田には院と主上の和歌が今年も下賜されたとか。それらを見て和歌を学ぶのも楽しそうじゃ。


 雪斎もまた、かような国ならば更なる学徳のある高僧として名を残したのかもしれぬの。





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