第1514話・第八回武芸大会・その三

Side:梅戸高実


「武芸大会か。恐ろしきことをしておるものよ」


 千種の隠居殿がこぼした言葉にわしも同意する。寺社が神仏を祀る祭りをすることは古くからある。されど、武士が寺社や民をあつめて祭りをするなど聞いたこともない。


 民は地縁や血縁により繋がりはあっても忠義があるわけではない。故に敵が攻めてくると寝返り、時には敵方に付くこともある。ところが織田の地では、織田が与える暮らしに喜び、その暮らしを守るため寝返ることがないのだ。


 わしと隠居殿は武芸大会を見るのは二度目だ。今頃、六角の殿は院のおられる席にて観覧されておるはず。先日、尾張に来た際に挨拶をしたが、この国の変わりようの早さに未だに慣れぬと困った顔をされておったな。


「京の都に上がれば天下に号令も掛けられように」


「武衛様がそれを望んでおられぬからの」


 すでに周知の事実なことだ。畿内に深入りすることを良しとせぬということは。清洲の大殿も久遠殿も同様らしい。


 公卿や公家が内心ないしん慌てて困っておるという話はわしも聞き及ぶ。


「まあ、心情は分からんでもないがな。朝廷は武士に冷たく、敗れた武士など目も向けぬ。それを思えば清洲の大殿が仏に見えるのはわしも納得だわ。南朝方だった者らは朝廷に思うところがあろう」


 朝廷が南北に分かれておった頃に働いた者らで報われなんだ者も多い。それが当然であり逆らう力もないことから誰も声を上げなんだが、清洲の大殿は敗れた者も働き場と功を上げる機会を与えてくださる。


 隠居殿のように所領を手放して織田の家臣となったことで身軽となったからか、古き因縁と朝廷の動きに不快な思いをしておる者も少ないながらおる。


「御家は畿内に頼らぬ自らの領国をつくることを考えた。道理であろうな。下剋上だの謀叛人だの言われてまで都がほしいとは思えぬ」


 元は久遠家の考えだと誰かから聞いたな。領国で出来ることは領国でする。人を育てて国を整え皆で飢えぬようにすると。その結果が院の御幸だ。なんということはない。豊かで強い国をつくるだけで朝廷が右往左往するのだからな。


 北伊勢もだいぶ落ち着いた。荒れ果てておった田畑も今年は復興出来たところが多く、織田の新しい知恵で米の収量も多い。


 千種家を追い詰める一因となった無量寿院に至っては、かつての騒ぎを悔い改めながら真宗の寺として励んでおる。


 一揆にて所領を失い、取り戻す機会を狙う者もほとんどおらなくなった。血縁を頼り織田の家臣となった者らに仕える形で降った者が多い。


 千種街道を有しておった保内商人ですら、今では大人しくなり織田の地では織田の法を守り、まっとうな商いをしておるのだ。変われば変わるものだ。


 わしも隠居殿も忙しい。民のように喜ぶ余裕もなく、かというて本選に出られる武芸もない。されど、立場ある者として家のため己のために俸禄の分は働かねばならぬ。


 武芸大会。恐ろしきものだが、わしも嫌いではない。




Side:久遠一馬


 今年は庶民の競技も増やした。バトンを受け渡して走るリレーと二人三脚と大玉転がしと荷物運びだ。庶民の団体競技としてやった綱引きや玉入れが評判良かったんだよね。


 リレーと二人三脚と大玉転がしは、過去に武芸大会で出場して問題行動を起こさなかったところに声をかけて競技をする。いわば来年に向けたデモンストレーションでもある。


 荷物運び。これは一定の荷物を持ち、途中には障害となるものが幾つかあって、そこを攻略しつつ走るんだ。この競技はオレたちではなく織田家の皆さんで考えたものを基本としてみんなで話し合って決めた。


 武芸大会の種目は役に立つものという価値観から考えたみたいだね。


 出場者は年々増えているけど、織田家の運営が驚くほど上手くなっていて円滑に進行していく様子は見ていて驚かされるところもある。


 ちなみに余談だが、綱引き用の綱。これ寺社の中には同じサイズで綱を作らせて自前で持っていて、領民に練習させているところもある。惣村を基本とした旧来の秩序が変わりつつあることで、寺社も人を集めることに力を入れつつあるということだろう。


「足を結んで共に走るか」


「共に助け合わないと上手くいきません。やってみると楽しいものになります」


 庶民参加種目は年々運動会っぽくなっていて、上皇陛下も興味深げに見ている。こういうのをご覧になることないんだろうなぁ。


 ああ、今日の貴賓席の料理はバーベキューになる。これは去年に前例を作ったので割と揉めなかった。


 上皇陛下に至ってはこちらも食材を焼く様子を楽しまれてもいるね。料理する様子も初めてご覧になるのだろう。


 当然、毒見もあるけど、毒見の間も温めているので、熱々のまま上皇陛下に召し上がって頂ける。


 風が少し冷たい季節だ。温かい料理が美味いんだよね。


「面白きことを考えるものよのぉ」


「まことに」


 ああ、今回は駿河の公家衆が場を盛り上げてくれている。花火大会と違い京の公卿や公家衆がいないからね、織田家の人だと畏れ多いからと比較的静かになってしまうんだ。ほんと助かる。


「ありがとうございます。村や血縁の垣根を越えて、因縁を作らず争わず、共に楽しむ機会はもっとあっていいと思っておりまして」


 こちらから頼んだわけじゃないんだよね。オレが盛り上げ役になるべくいろいろと声を掛けていたら察してくれたらしい。


 終わったらお礼に一緒にお茶会でも開こう。


「なかなか出来ることではないの」


「左様でございますな。我らも尾張に倣い政を試しておりまするが、難しゅうございます」


 あとは晴具さんや義賢さんたちはさすがに名門権門で身分を要する場に慣れているからか、多少緊張感はあるが、話をしたりしながら楽しんでくれている。


 六角には春たちが伊勢亀山で助言をしているんだよね。あくまでも参考程度の助言ということにしているけど、清洲や那古野だと少し遠い。その件もあって義賢さんとは武芸大会の前にいろいろと意見交換をした。


 甲賀が思った以上に上手くいっていることは、本当に良かったと安堵していたね。ただ、北近江や他の地域、あと地味にめんどくさいことになりそうな伊賀をどうするか。このあたりは北畠を含めて少し話をすることにした。


 北畠と六角も意見交換とかしながら協力を始められそうな状況なんだ。個人的にはそれが一番の収穫かなと思う。


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