第1513話・第八回武芸大会・その二

Side:大島光義


「新顔もおるな」


「ああ、弓ならば見られても構わんという者は多かろう」


 太田殿と共に会場を眺めておるが、信濃・遠江・駿河の者も幾人かおる。若い者が多いものの、それでも新参者が名を上げるにはいい場なのであろう。


「内匠頭殿は千里どころか百年先までも見えてそうだな」


 考えられるか? 親王殿下や院がご臨席されるなど。昨年など帝となられた親王殿下が大層お喜びだったとか。


 武芸ではなく鉄砲や焙烙玉を使う戦に変えたかと思えば、武芸を重んじてそのようを説いておるのもまた内匠頭殿だ。古参や名門を重んじつつ、新参者にも働き場を与える。あの御仁の恐ろしきところよ。


「さて、それはわしにも分からぬが、殿がこの乱世を終わらせたいと考えておられることは確かだ」


 内匠頭殿でなくば出来ぬことかもしれぬ。無論、戦で従え新しき天下人となる者ならばいずれ現れるのやもしれぬ。されど戦で従えた世は、いずれ新たな天下を狙う者により滅ぶのが宿命ではと思える。


 太田殿と誼があり、三河本證寺との戦の折には久遠家の陣にて武功を上げた。あれ以来、わしは学校で若い者に弓を教えておることもあり、久遠家の兵法を学ぶなど顔を合わせる機会も多い。


 それ故、分かることもある。


「神仏の遣わした使者だという噂。あながち間違いではないのではと思えるからな。内匠頭殿が知れば困るのであろうが」


 内匠頭殿の代わりなどおらぬ。かの御仁は己がおらずともよい世をつくろうとされておるが、それは太平の世になった後でなくば無理であろう。それ故に我らは皆、一日も早く太平の世にしたいと願い励んでおるのだ。


 己の家や立身出世ではない。大義のため。世のため。人をかように思わせて動かす。それは内匠頭殿でなくば出来ぬことよ。


「殿ご自身は現世げんせの人の身だ。悩み、困られることも多い。わしはな。それ故に殿の臣下となって良かったと思うておる。殿は神仏の力ではなく、人の力で世を変えようとされておられるのだからな」


「そうか」


 民の競技が始まる。技を競うと書いて競技というらしい。皆、いい顔をしておる。院のご照覧される場に出られるだけで末代までの誉れと言えよう。


 人の力か。まさにこの武芸大会はそれそのものであるな。信濃・駿河・遠江も直にひとつとなろう。この国は皆で作り上げていくのだから。


 美濃に生まれて良かった。心からそう思う。




Side:久遠一馬


 上皇陛下は賑わう会場を静かにご覧になられている。ただ、その表情は穏やかだなと感じる。


 京の都にも祭りはある。だけどこの乱世では開催出来ない時もあるし、死の穢れが多くちかしい情勢では帝がご覧になるのはなかなか難しいものがある。


 花火大会の時は勝幡城に入られて領民の様子をあまり見られなかったからね。今回はそれを見られるのを楽しみにされていた。


 公卿や公家衆もそうだけど、上皇陛下にとっても尾張は不思議の国らしいね。


 武士も僧侶も神官も民も、みんなひとつとなって祭りをする。武芸大会も現状では他国だと真似出来ていない。北畠家の具教さんが一時期真似したいと言っていたけど、いろいろと難し過ぎることと領内改革など優先しなきゃいけないことで頓挫した。


 後追いの立場としてはどうしても尾張の武芸大会と比べられることもあって、北畠家の体裁を考えると相応の規模と内容が要る。これがまた難しいんだよね。


「おお……」


 会場のどよめきと同時に上皇陛下も驚かれた。短距離走で一際、足の速い人がいたからだ。こういうものって意外と見る機会がないことで評判いいんだよね。


 今回、初めての武田晴信さんや今川義元さんも驚きの表情を浮かべている。話で聞くより見ていて楽しいんだと思う。


 ただ、去年と今年は領民も本選出場者は結構身綺麗にしていて、着物を新調した人も結構見られる。貧しい人なんかは、地元の和尚さんとか有力者が着物代を出してくれたなんて話もあるらしい。


 村の代表として恥ずかしくない格好で出なさいということみたい。


「あの者、足が速いな」


 それとこの人、義輝さんも将軍としてこの場にいる。六角家の皆さんと少数で来たことになっていて、わざわざ伊勢に行って途中で合流して尾張に入ったんだ。


 上皇陛下ご臨席になる武芸大会ということで将軍として見物することを選んだようだ。これも仕事と言えるだろうね。


 あと駿河在住の公家衆も来てくれている。彼らは今も今川家が面倒を見ているものの、新しい治世で生き残るべく思案しているようだったから義元さんを通じて来てもらった。


 領内の公家なんだからこういう場に呼ばないと彼らの立場もなくなる。上皇陛下のお相手をするにしても人が多い方が一人ひとりに掛かる負担は減るからね。


 あと駿河・遠江・甲斐からは久遠寺や富士浅間神社など幾つかの寺社を招いていて、彼らも同席している。なるべくみんなで楽しむ。武芸大会のコンセプトを織田家の皆さんが理解して動いた結果だ。


 ちなみに解説役は塚原さんにお願いしている。この場にはジュリアもいるけどさ。やはり塚原さんのような名も実もある人が望ましいからね。


 塚原さんには昨年に続き畏れ多いと少し苦笑いされたけど。




Side:ウルザ


「孫介殿。ごめんなさいね。貴方も武芸大会に出たかったでしょうに」


「構いませぬ。役目がありまする。それに某はすでに名も知られる身となりましたからな」


 尾張では武芸大会を行なっているこの日、松尾城城下で信濃武芸大会を行なっているわ。孫介殿を筆頭に本来なら武芸大会に行かせてあげたかったんだけど、信濃の情勢もあって残ってくれた。


 今回は本家武芸大会にもある領民参加種目をしているわ。


「確かに孫介殿がいないと困るのよねぇ」


「それだけの禄を頂いておりまする故、不満はありませぬな」


 正直、信濃は私とヒルザと孫介殿の三人で統治していると言ってもいい。信濃衆も頑張っているけど、未だ織田の治世を学んでいる最中だもの。


「少々の興味と暇を持て余しておった故に警備兵に加わった身としては、十分過ぎる身分と禄でございますな」


「フフフ、才ある人はなにやらせても出来るのかしらね」


 少しおどけてみせる孫介殿にヒルザが笑った。セレスがこの人と兄の隼人正殿が初期に加わってくれて、大いに助かったと言っている人でもある。


 才能もあったんでしょうけどね。こちらのやり方を学んで合わせてくれたのは本人たちの努力でもある。


「某は次男故、かようなことがなければそこまで立身出世も叶わぬ身。兄上に不満などありませぬが、立身出世というのは難しいことが常でございましたからなぁ」


 私とヒルザの護衛でもあり、現地の警備兵を指揮もしている。大殿の信任も厚いのよね。万が一の際には私とヒルザを担いででも生かして連れ帰れと言われているのよ。


 現に私たちも大いに助けられているわ。


「某も兄上が武田と今川だけは許せぬからと言われての。いずこに頭を下げるかと考えた末に兄上と共に清洲の大殿を選んだまで。皆、いろいろとあるのでございますなぁ」


 信濃に来ている織田家家臣は次男三男以降の者も多い。そんなみんなの身の上話に小笠原民部大輔殿が己の臣従をした理由を語り出した。


 思うところはあるわよね。私だってある。


「私たちも別に立身出世しようとか思って日ノ本に来たわけじゃないわ。偶然と言うべきかしら? 定めと言うべきかしら? 分からないけどね」


 私たちは私たちの生きる場所が必要だっただけ。理由は案外似たり寄ったりなのかなと思うと親近感が出るわね。


 今は共に信濃を統治する仲間というべきかしらね? 領民が競技を楽しむ姿を見ながらこれからのことを考える。


 村上家との親交も深めないといけないわ。尾張から商いでの優遇の許可は出た。具体的な内容はまだだけど、少なくとも村上殿の面目が立つくらいにこちらが妥協したという形は示せた。


 正直、ホッとしたわね。





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