第1512話・第八回武芸大会
Side:久遠一馬
武芸大会も八回目か。元は運動会をイメージした思い付きだったんだよね。
良かったこと、上手くいかなかったこと。いろいろとある。それでも多くの人が意見やアイデアを出して、毎年良くしようと続けていることが一番の収穫だろう。
この武芸大会の収益で造った堤防で水害が防げたところもあるし、大会で活躍して出世した人もいる。
それまでは自らの武芸を人に見せることだけでも抵抗していた人たちなんだ。武芸は、近隣との争い小競り合いに使うもので命を懸けるものだった。
「ちーち、ちーち、ひといっぱい!」
「そうだなぁ。凄い人だな」
那古野の屋敷から清洲に向かう馬車が通るのも大変なほど、多くの人が歩いている。お祭りだと分かるんだろう。大武丸がはしゃいでいる。
交通ルールを現在検討しているけど、ほんとそろそろ必要だなと思う。
「大武丸殿、希美殿。待っておりましたよ」
「ひめ!」
「おはよう!」
大武丸と希美は数えで四歳になっている。実年齢はまだ三歳くらいなんだけど、お市ちゃんがいろいろと誘ってくれるので外に出る機会も増えている。今回も子供たちで武芸大会の見物をする席に誘ってくれたんだ。
他の子はまだ小さいので今回は見送っているけどね。
オレは今年も貴賓席での見物になる。これに関しては織田家の皆さんが気を使ってくれたんだ。個人的には運営本陣で働いているほうが楽なんだけど。
まあ、外交の一環だ、仕方ない。
もっとも貴賓席が辛いとかそういうのはない。上皇陛下も側近の皆さんも慣例を崩すことまではしないものの、こちらに気を使ってくれている。とりあえずオレの面目を潰すことはしないようにと側近の皆さんも考えていることは確かだ。
上皇陛下が到着する前に貴賓席にいかないといけない。少し急ごう。
「これが楽しみでな。これを見ぬと冬を越せぬ」
今年も具教さんと晴具さんが来ていて、六角家からは義賢さんと重臣数人が来ている。花火大会で多くの来賓を呼んだので、今回は朝倉家とか北条家は呼んでいない。遠方はどうしてもね。移動だけでも大変だから。
具教さん、すっかり忙しくなって尾張にくる機会が減っているものの、武芸大会だけは見たいからと来ている。
あと宇治・山田の処遇と今後について、これ忙しいから放置しているんだけど多少は調整している。伊勢神宮が現状に憂慮しているからね。
発展する尾張と伊勢の中であそこだけ除外されるのは、伊勢神宮としても困るということだろう。
物価統制や物流のコントロールはウチしか出来ないし、町の運営ノウハウは北畠にもほとんどない。大湊のように協力的な町ならいいんだけど、あそこの場合こちらと北畠で管理する必要もある。
ほんと難しいよね。協力出来たら悪いようにはしないのに、向こうは代々続いた利権と地位を守りたいという思いが強い。
どちらが悪いとかそういう問題じゃない故に、こうなると最後は力で従えるしかなくなる。
まあ、とりあえずは武芸大会だ。今年はのんびりと楽しめるかな。
Side:真田信綱
予選を勝ち残った者がわしを含めて二名とは。甲斐信濃で武勇に名を馳せておる者らが出なんだことも大きいが、それを加味しても尾張者も決して武芸を疎かにしておらなんだということであろう。
父上が役目で信濃に行ったのでわしも暇ではないが、当家は父上の命でわしが予選に出てなんとか勝ち残った。正直、強者ばかりで相手によっては負けておったはずだ。真柄と吉岡という者らは別格の強さであったな。
あの者らでも本選では幾年も頂点に立てず、負けておるという。噂の今巴の方はそれほどということか。
「おお、そこにおるのは真田の源太左衛門殿。本選期待しておるでござるよ」
本選に出る者らの控えの場に行こうとしておると、若い女に声を掛けられた。
「これは刀の方殿、はてさて勝てるか否か。相手によりますな」
内匠頭殿の奥方のひとりだ。二十代も半ばというのに若く見える。久遠家の者は食い物や日頃の暮らし方が違うからだと父上は言うておったが。
「武芸大会には武芸大会の秘訣があるのですよ。よく見て学ぶといいのでござる」
こう見えて武芸の手練れだというのだからな。内匠頭殿も武芸が不得手と当人が言うておったことでそう見られておったが、実はそれなりの使い手とか。
「それはよいことをお伺い致しました」
「困ったことがあったら、新介殿に聞くといいでござる」
さほど親しくした覚えもないが、父上が尾張での暮らしが長いからであろうか。刀の方殿や忍の方殿には時々お声を掛けていただける。
尾張では久遠殿や奥方衆に声を掛けられると立身出世をすると噂もあり、密かに武田家中の者や信濃者に羨ましいと言われたこともある。
「一番の秘訣は楽しむこと。負けても来年がある。そう思って楽しむのでござるよ」
刀の方殿はそのまま露店市のある方角へと行かれた。
楽しむか。武芸を習い楽しむとは考えたこともないな。家のため己のため、弱き身では明日はないと父上にもよう言われておった故に。
されど、せっかくの教え。無駄にはするまい。
Side:真柄直隆
「いつの間にか役目となったな」
初めは父上にも明かさず勝手に来たのだがな。いつの間にやら皆に知られてしまい、今年に至っては朝倉の殿から織田弾正殿や宗滴のじじいへの書状を持たされた。
「致し方ありますまいな。今の斯波と織田は敵に回せませぬ。宗滴様も尾張におられ、真柄殿の活躍が朝倉家にとってちょうどよい機会なのでございましょう」
まあ、旅の路銀を出してもらっているし文句なんてねえけどな。あと同行者も増やされた。数人の若い奴らを連れていってほしいと頼まれたからな。
こっちにいる間は、今年も久遠殿の屋敷で世話になることになった。無論、ちゃんと礼金は置いて帰る。久遠殿はそういうところはあまり頓着しないようだが、こういうことはしっかりしねえと駄目だからな。
「一度や二度の戦で負けても困る国じゃねえからなぁ」
いつだったか宗滴のじじいが言うた言葉が頭を過ぎる。幾度となく来ているオレだからこそ分かることもある。だが宗滴のじじいはそれを最初から見抜いていた。
「織田は負け知らずと聞き及ぶが?」
「らしいな。ただ、負けたとしてもあまり困らねえさ。武衛様、弾正様、内匠頭殿。このお三人が健在なら、戦の負けなんてすぐに取り返せる。朝倉家は宗滴様が隠居してしまって、次がいかになるか分からねえってのによ」
戦で負け知らずだから驕っている。越前で聞かれる噂だ。ところがこの国はそんな甘い相手じゃねえ。
因縁ある今川が守護代家である織田に臣従をした。その驚きは越前でもあったけどな。朝倉も今川のことを笑えねえと思うんだが、そこまで考えているのは朝倉の殿と僅かな者だけ。
まあ、難しいことはいい。オレは大会で勝ちたい。
難点はこの国だと武芸大会の常連の者らが共に鍛練に励んでいるが、オレにはそんな相手がいないってことか。
言えねえよな。武芸の腕前でも越前は尾張に負けているって。越前にも強い奴はいるさ。でも鍛錬で同門の者以外と手合わせすることなんてねえ。
尾張には名の知られていない強者が山ほどいるんだ。越前との差は開く一方になる。
いかがなるんだろうねぇ。この先。
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