第1511話・武芸大会目前
Side:久遠一馬
武芸大会の季節だ。信濃は予選会をしたので団体で本選出場者が到着している。武田や今川家中からは多くの者が尾張で行われる予選会に参加している。
主に当主の次男三男などや嫡男・世子以外の者たちが出場してくれるみたい。やはり当主など家名を背負う人達は面目があり難しいのだろう。それでも参加することに意義がある。本来、日の目が当たらぬ次男三男以降から武芸大会を知ってくれたらいい。
上皇陛下、この大会も楽しみにされているみたい。先日、お茶を一緒に飲んで説明して差し上げたんだ。
相変わらず警備とか大変なんだけどね。それでもご観覧いだだく価値はある。譲位されたんだしね。楽しんでいただきたい。
「いかがでございましょう」
「うん、いいと思うよ」
武芸大会を目前に控えて、工業村で救急大八車といえる試作品が完成したと報告を受けたから見に来たんだ。試作品は、取り外し式の
あと竹の骨組みで
「これならば人がひとりでも牽け、さらに後ろから押せば早う走れます」
清兵衛さんは結構自信ありげだ。これ担架使わない時は四人くらい座って移動出来るみたい。大八車とリアカーの中間の見た目だ。可能な限り軽量化しているものの、人が乗れるように側面と後部に低い壁を付けているし。
「足腰が悪くて病院に行けない人も結構いるんだよね。そういう人を乗せて行けるのはいいと思う。さすがだね」
急病人の移送ばかりでない。お年寄りや足腰の悪い人の通院にも使える。理想は馬車なんだけど、馬の維持管理が結構大変なんだ。これなら置き場所さえあればどこにでも配備出来る。
「十台ほどご用意致しました。病院にお納め致します。使い勝手は我らには分からぬもの。必要とあらば、さらに改良を致しましょう」
「うん、そうだね。急ぎで頼んでごめんね。褒美を後で出しておくから」
乗り心地はそこまで良くないらしい。ただ、それでもお年寄りや足腰の不自由な人が病院に行ける利点が大きい。
「そういえば、これは孤児院の年寄りが考えたとか。驚きましたなぁ」
「足が悪くて働けず申し訳ないと常々言っていた人みたい。子守りとかしているから気にしなくていいって言ってあるんだけど」
それと、この救急大八車。発案者が誰かと思ったら病院と関係ないお爺さんだったんだよね。よく子守りをしているひとりで、大武丸たちもなついているお爺さんだ。流行り風邪で捨てられたお年寄りなんだけど。
自分も足が悪いからか、他の困っている人も大八車に乗れば病院に行けるんじゃないかと往診に出向いた医師に進言があったみたい。
このあと牧場に行って褒美を渡すつもりだ。驚くだろうなぁ。ちょっと楽しみでもある。
Side:孤児院のお年寄り
「ほら、これでええじゃろ」
「あ~う~」
おしめを取り換えると赤子が嬉しそうに笑うた。子らが無事に大きゅうなるのがなによりじゃ。
今年も田んぼはまずまずじゃったとか。これで飢えずに春を迎えられよう。牧場村では冬の支度が進んでおる。子らも手伝いをしておるというのに、わしは見ておるしか出来ぬ。申し訳ない限りじゃ。
「ああ、権蔵殿。ここにいたんですか」
「お殿様?!」
赤子とまだ働けぬ子らを見ておると久遠のお殿様がお越しになられた。わざわざ出向かれたのが、わしのせいとは申し訳ない。
「病院で大八車を使えないかという献策。あれの褒美を渡そうと思ってね」
……褒美? わしはただ病の者らを運ぶのに使えぬかと医師様に言うただけなのじゃが。わしのように歩けぬ者が病院に行ければよいと思うたまで。
「なにがいいかなと思ったけど、反物にしたんだ。リリーに渡しておいたから。仕立ててくれるそうだよ。あと銭で申し訳ないけど」
「わしはこうして食わせていただけるだけでも、分不相応でございます」
「まあまあ、功があった人には褒美を出さないと、オレも困るから」
お殿様はそう言うと銭を置いて行ってしまわれた。
なんということであろう。働けぬわしがこうして食わせてもらえるだけで過分だというのに。
倅に家を出ていけと言われた日のことは今でも忘れられぬ。どうにもこうにもならんこと、恨んでなどおらぬ。ろくに歩けぬ年寄りが、流行り風邪となって明日をも知れぬ身となれば捨てて当然。
弔う銭すらない貧しい家じゃったからの。
「じーじ、よかったね」
「じーじ、おてがらあげた!」
銭が三貫もある。いかがすればよいのじゃ? 我がことのように喜ぶこの幼子らに残してやりたいの。
いずれ役に立つ日が来るやもしれぬ。
Side:北畠具教
神宮の使者が参った。用件は宇治と山田のことだ。
「左様か。あい分かった」
尾張の商いに沿い従う素振りをしつつ勝手なことをする。目に余るというのは神宮も同じであったらしい。すでに横領されておった伊勢と志摩の所領を正式に放棄する代わりに銭での寄進を受けることになったのが理由であろうな。
以前と比べると銭に困るほどでもないとはいえ、それはほぼ織田からの寄進だ。己らの門前町が左様な相手を怒らせたらと思うと心穏やかでおられぬということか。
内宮と外宮の争いから、我が北畠や近隣の者らとの争い。皇統の祖と伝わる天照大御神をお祀りする神宮に纏わるが故に許されておるのだというのに俗世の欲にまみれた町だ。
「織田が捨て置いてよいと言うても困るのは神宮と我らか」
「左様にございます」
すでに蜂起する力もない。とはいえ未だに神宮の権威を己がものとして公界を守ろうとする。
津島神社や熱田神社ばかりか、一向宗である願証寺ですら寺領を手放し織田の治世で生きるべく動いておる。ここに至っては神宮もまた同じか。
「尾張の武芸大会が終わってからだな。院もおられるのだ。下手に動けばお心を乱すことになる」
新しき政もすでに落ち着き広まりつつある。いつまでもあそこだけ捨て置けぬな。
北畠家中もようやくだ。ようやく新しき政を皆が学び、真似ようという動きが見え始めた。六角が甲賀を直轄地として変えておることで、家中も世の流れを認めたのだ。
近隣では伊賀が揺れておるが。甲賀が尾張で優遇されておることでこのままでは己ら一党と氏族の立場が危ういのではと気付いたようだ。
父上に文を出して一馬とも話さねばならぬな。商いはわしにもよう分からぬ。まずは伊勢亀山にいる春殿たちに文を出しておくか。
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