第1498話・新領地の統治

Side:久遠一馬


 夏の暑さも残るが、日々秋の気配が色濃くなっている。


 最近は甲斐・駿河・遠江の新領地から来る人たちが尾張との違いに驚き戸惑う。そんな光景が清洲では珍しくない。


 みんな、一所懸命から離れ始め、一生懸命に生きている。いい意味でも悪い意味でも。


 朗報もある。身延山久遠寺が本当に物資の輸送役として働き始めた。これで駿河から穴山領を通るルートで物資輸送が出来る。


 その穴山ともうひとつの独立勢力である小山田は、織田との経済格差に右往左往しているけどね。


 冬の前に物資を運ぶには久遠寺の働きは助かる。あの傲慢な坊主が労を買って出たという事実は軽くない。久遠寺とその末寺は関所の税を互いに軽減することと、塩や穀物などの一部の物資の売値を領内基準に下げることになる。


 それと諏訪家の臣従の目途が立ったので信濃ルートも使える。これで甲斐・信濃・駿河の流通がマシになる。


「かような仔細でいかがでございましょう」


 今日は武田信繫さんと真田さんが来ている。甲斐の風土病対策である移住に関して、武田家で考えた素案を持参してきたんだ。


「エル、どう思う?」


「いいと思います。あとはどこから先に移住させるか、賦役の担当と詰めればいいだけでしょう」


 相当考えたんだろうなと分かる素案だ。これ困るのは、風土病の地域も米の採れ高とか厳密には分からないんだよね。おおよその概算はあるけど。


 とりあえず酷いと噂の地域は移住させる形でまとめてくれたらしい。強制移動になるだろうね。もちろん、罹患者の選別法や移動先での差別対策など無い素案だが、それを武田家に考えて盛り込めと言うのは無茶だ。オレたちでもこの時代に添った形に落とし込むのは難事過ぎる。


 甲斐も街道整備から要るしね。秋の収穫が終わり次第、移住を開始する。故郷を捨てさせることには申し訳なさもあるけど、あの風土病をこの時代で減らすには仕方ない。


「ではこれを土務総奉行にお願いします。ご苦労様でした」


 信繫さんたちが安堵の表情を浮かべた。織田家に臣従して初めての役目と言ってもいい。いろいろな人に話を聞いて、ウチにも何度も問い合わせがあった。


 ただ人を移すだけだと仕事も食べ物もなく飢えるし、空いた地に誰かが勝手に移り住むこともあり得る。そういった懸念をなくして計画とするのは大変だからね。




「かずま殿!」


 一仕事を終えるとお市ちゃんがやってきた。学校帰りらしく、今日習ったことや学校での噂話なんかを教えてくれる。女の子は精神的な成長が早いなと実感する。


 学校では文化祭の準備が進んでいるみたい。昨年は親王殿下がご覧になりたいというので、急遽武芸大会の直後にしたので大変だったんだよね。


「ひめ!」


「輝殿、今日はなにをしましょうか?」


「あーい!」


 とてとてと歩いてきた輝がお市ちゃんを見つけて嬉しそうに駆けてくる。子供たちともよく遊んでくれるんだよね。先日には絵理の初宮参りにも同行してくれた。子供たちのいいお姉ちゃんなんだ。


 そんなお市ちゃんが輝と一緒に、他の子たちのいるところに行くのを見送りつつ仕事を再開する。


 冬の前に食料輸送を急がないといけないんだ。各地から入る秋の収穫の予測を参考にしながら、必要な分を運ばないといけない。これがまた大変なんだ。


 新領地だとまだ領地の接収も終わってないところあるしね。かといって飢えさせたくない。武芸大会の準備は織田家の皆さん主導で出来るようになったので、こちらはウチの負担がなくなりつつあるけどね。




Side:優子


 大浦か。この地方では米どころとなり、そこまで悪いところじゃないのよね。寒冷地という条件を除けば。無論、未開の地が多いけど。


「年貢はすべて現物で納めさせる。米はことごとく城で貯めるから、そのつもりで」


 土地の接収も終わっていないけど、これだけはすぐにでも命じておく必要がある。商人が怒るだろうけど、そんなの気にしていられない。最悪城の住居部分にも米を備蓄してもいい。春まで持たせるには商人に利を与える余裕はない。


「領内に触れを出しまするか?」


「直轄地だけでいいわよ。あとはこちらの条件で臣従するのか知らないし。臣従しないところには手を貸さない。勝手にしていいから」


 条件もなく降伏したからでしょうね。国人土豪を捨て置く命令に戸惑う顔をした。大浦家は臣従をしたけど、あとはどうなのかしら? まだ正式に臣従してないのよね。


「織田ではもう所領を認めていないの。その代わり一族も含めてみんな俸禄として召し抱えていて、民も飢えさせないようにしているわ。大浦殿が家臣を俸禄でまとめるならそれでいい。異を唱える者は捨て置くことになる」


「では某らで臣従をさせればよろしいのでございまするか?」


「任せる。貴方の家臣として臣従させるなら現状の実入りは保証する。ただし来年春には検地を改めて行うので、言い値では無理よ」


 ついでに教えておかないと。関所の廃止と領内の物資は基本ウチで管理することになると。理解出来ないと言いたげな人も多いみたいだけど、この地は当面統制経済となる。


 領内における塩や穀物などは価格統制をして領民には賦役で食わせる。思ったほど貧しくもないみたいだけど、現状だと弱者が飢える。


「されど、それでは寺社と商人が……」


「ウチで運んできている荷があるわ。十三湊にすでに山ほどある。塩や米なんかもあるわ。それらと税で得たものをどうしようがウチの勝手でしょ? 寺領には手を出さない。向こうは向こうで今まで通りでいい。さあ、民を集めて。賦役をするわ。飯を食わせるし報酬も僅かだけど払うから」


 なによりも賦役で食べさせないといけない。そうすることで領民がこちらに従ってくれる。反発する勢力はいるでしょう。そんなところは現状維持でいい。ただし領内と明確に区別する。


 石川との戦、終わったかしら? あまりあちこち領地が広がると少し強引にならざるを得ないのよね。


 可能な限り早く十三湊と大浦の間を平定しないと少し厄介になる。


「ああ、領内の商人を集めて。私から話すから」


 説明がいるわね。寺社は書状を出すか。商人は直接話すほうがいい。領内での商いは、今後は許可制にする。あまり細かく規制もしないけど、流通させるのはウチの品が増えるし。勝手に南部に売ると厳罰にする必要がある。


 賦役で配る報酬なんかを買いたたくのとか尾張でもあったし、向こうであったトラブルは事前に禁じる。


 無論、従う者には商いの機会も与える。尾張で苦労をした経験は私たち共有しているのよ。だから少し強引にすると一挙に手が打てる。


 この地を一刻も早く安定させないと。尾張では何年もかけたけど、それと同じことをしていては統一が終わらない。新領地はどこも同じだけどね。



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