第1497話・南部との争い

Side:由衣子


「へぇ。面白いわね」


 季代子のにっこりと笑う表情に蝦夷倭人衆が少し顔を青くした。


「はっ、幸いなことに敵船は沈めましたが、捕らえた者の話ではこちらの船を狙ってのことと申しております」


 南部方の水軍が津軽半島先端にて、ウチの船を襲撃した。乗っていたのが擬装ロボット兵なので撃退したけど、その知らせに季代子が怒っているみたい。


「由衣子、ここは任せるわ。水軍衆、出陣するわよ!」


 えー、そういう面倒なのを私に任されても困る。優子に……と言いたいけど、冬に備えた備蓄と状況確認のために大浦城に行ったんだっけ。


 私は季代子たちに治療が必要になった時のためにここにいるだけなのに。


「大浦城の知子に伝令を出して! 南部水軍が先に仕掛けた。報復しと」


 あーあ、行っちゃった。


「お方様、いかがされまするか?」


「いつも通りで」


 こういう役目は司令を参考にしよう。私は座っているだけ。どうせバイオロイドもいるし。


 季代子もいないし、今日の晩御飯どうしよう。昨日のマグロがまだ残っていたし、マグロ鍋にしよう。醤油漬けも食べ頃のはず。うん、そうしよう。


 北国であるここは、もう晩秋だ。大浦を落とした以上、季代子は拠点をあっちに移すんだろうか?


 ここでは大型の網を持ち込んだので漁業の成果は早くも上がっていて、領民もお魚さんを食べられると喜んでくれている。


 他に昆布やアワビなどの海産物もここではよく獲れる。


 ただ、冬場の日本海で漁業は難しい。おかげで干物作りが盛んで十三湖近辺だと天気のいい日はお魚さんを干すのが風物詩となりつつある。


 鮭ももう少ししたら川に戻ってくる。どの程度来るか分からないけど、漁業資源が枯渇しないように対策がいる。この時代だとニシンも獲れるけど、あれ春なのよね。


 あと青森と言えばリンゴ。元の世界のセイヨウリンゴに属する原種と、それに近いものを持ち込んで栽培テストをしている。早く食べたい。瓶詰の果物ならあるけど、生のリンゴが食べたい。


 こっそりシルバーンから送ってもらおう。うん、それがいい。


「お方様、安東方の商人が荷の値を下げろと騒いでおりまする」


「追い返して。逆らうなら捕らえていい」


 敵と商売をするほど暇じゃない。晩ご飯の支度の時間。


 畿内方面から陸沿いに北上して来る船には来年から蝦夷の荷を値上げすると通告した。敵対した安東と南部は今年から一気に値上げをしたけど、他から来た船には今後五年間を掛けて徐々に値上げすることとした。


 ただし、砂糖や大陸由来の品など新商品も販売をすることを通告したので、流通を破壊するほどではない。


 蝦夷では甜菜てんさいの栽培が軌道に乗り始めた。搾取価格の昆布や鮭などだけだと、今後困るので商品を増やしてある。新商品は値段も高い。でも嗜好品と高級品は高いほどいい。どうせ買うのは贅沢をする人たちなんだから。


 さあ、ごはん、ごはん。




Side:知子


 石川高信が兵を挙げたと知らせが入ったのでこちらも出陣した。直前に臣従を決断した大浦勢を含めて。


 蠣崎殿が説得をしたみたい。功を欲しがっていたからでしょうね。南部に戻ってもいい扱いをされないという事情もあったみたいだけど。


 石川勢とは大浦城と石川城の中間くらいで会敵した。数が少ないわね。五百いない気がするわ。三百から四百と言ったところね。こちらは二千。一捻りなんだけど。


 こちらが止まったところで敵方から使者が来た。会談をしたいという申し出。少し驚いたわね。一当てしてからと思ったけど。大浦城攻めを見た結果か。


「彦八郎、後は任せる。敵が動いたら遠慮なく撃っていいわ」


 相手が退いたのを見届けて、こちらも兵を少し下げて待機させる。会談内容や人数、場所を調整して直に会うことにした。私はバイオロイドと北方民族出身の腕利きの者を連れていく。この場の差配は滝川縁戚である滝川清七に任せる。尾張で教育されているので彼なら任せられる。


 こちらはすでに鎧兜から武器も統一した揃えの近代軍制の軍隊。相手は一部の者はこの時代の鎧兜だけど、雑兵は胴丸さえない者もいる中世初期の軍勢。見た目だけでも勝てそうなのよね。


「はっ、畏まりました」


 大浦殿も出陣しているけど同行はさせない。本人が申し出たんだけどね。同行してもいい話にならないだろうし。




 場所は近隣にある寺。罠もありえるわね。まあ、こちらは斯波家と織田家の旗を見せつけているので、騙し討ちまでしないだろうけど。万が一の際には突破する必要があるわね。戦闘型アンドロイドの力、見せる時が来たのかしら?


「南部家家臣、石川左衛門尉である」


「斯波武衛家家臣、織田弾正大弼様が猶子、織田内匠頭の妻。知子よ」


 結構な歳ね。三十から四十くらいかしら。とりあえず騙し討ちのつもりはないと。ちょっと残念。暴れられると思ったのに。でも相手方は女である私を見てギョッとした顔をした。


 名乗りが長い。途中で噛みそうになったわ


「まずこちらは安東と関わりなき南部家でございまする。十三湊で安東に味方したのは当地の者の失態。そこはご理解いただきたい」


「それを証立て出来るのかしら? 一つ二つと、相次あいつぎ不快な知らせがこちらに入ったわ。南部方の水軍に当家の船が襲われた。さらに先日には、私と同じ殿の妻に対して南部水軍の者が無礼な振る舞いをした。糠部下北半島安渡の海陸奥湾の水軍だと名乗ったとあるけど?」


 タイミングが悪いわね。この人。先ほど十三湊から知らせが届いたのよ。距離的に関係ないんでしょうけど。交渉の材料とさせていただくわ。


「申し訳ございませぬ。それは某には分かりかねまする。十三湊のことを含めて三戸の殿に御裁断を仰いで、おって返答を致したい。願わくは大浦城は返していただきたい」


「それは出来ないわね。貴方の言葉、信じるに足る証しがないもの。ただ、三戸の返答は待ちましょう。貴方の石川城は攻めないでおくわ。あと私に疑念があるなら尾張国は清洲に使者を出して」


 最後に大浦はこちらで召し抱えると教えると青ざめていたわね。


 この会談も狙いは一時停戦。大浦に迂闊に十三湊を攻めさせたこと、大浦の後詰めに遅れた失態を多少なりとも挽回するために停戦を狙ったか。個人的には面白くないけど、将としては悪くないわね。


 ここは会談という穏便な手を選んだ彼に免じて引いてあげましょう。


 このまま南部に攻めこんで八戸を押さえると楽になるんだけどね。甘く見てはいけない相手でもある。慎重に行きましょうか。




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