第1496話・変わりつつある信濃
Side:
「兵は二千から三千。鉄砲と思わしきもの多数。士気も高く用兵も見事としか思えませぬ。一刻もかからず城門を突破されてございます」
籠城もさせてもらえぬとは思わなんだ。これでは大浦を見捨てたと受け取られてもおかしゅうない。籠城の様子を見て後詰めを出そうと支度はしておったのだが。
蝦夷は陸奥国よりも広く。いずこまで続くか分からぬとも聞く。まことにあの地を征したのか? 久遠の名は数年前から聞くようになったが、真偽の定かでない噂ばかり。
とはいえ氏素性は明らかだ。斯波武衛家の家臣である織田の猶子とか。浪岡北畠家に伊勢から良しなにという文が届いたことから、それに偽りはあるまい。
それにしても安東め。まさか鉾先をこちらに向けることで漁夫の利を得る気ではあるまいな?
「殿、北畠にも兵を求めては……」
そうしたいところは山々なのだが、あまり乗り気ではないようなのだ。
そもそも十三湊にて安東に手を貸して久遠とやらに先に手を出したのはこちらになる。奴らも北畠には筋を通しておることと、伊勢の北畠本家の頼みもある。兵を挙げるには相応の理由がいる。
奴らはこちらの使者に対し、十三湊での戦の責めをいかがするのかと放言した。また一蹴されたのもあり一当てして武威を示そうと大浦に十三湊を攻めさせたことが仇となったわ。
「北畠は動かぬ。兵を支度しろ。我らだけで出るぞ。さもなくば津軽一円の者が寝返るやもしれぬ」
「あの城を我らだけで攻めるなど無理でございます。鉄砲や弓とて多数ある相手。三戸の殿に御出陣いただくべきでは……」
分かっておる。されど、かような失態を報告するなど出来ぬわ。せめて一当てして大浦を取り戻す姿勢は見せねばならぬ。勢いに乗る奴らがこちらに攻め寄せてくることとてあり得るのだ。
「一当てせねば大浦にも恨まれるぞ。さらにこちらが弱いとなると寝返る者も出る。いずれにせよ、すぐにでも兵を挙げねばならぬ」
「それはそうでございますが……」
戦うは下策か。とはいえ対峙せねば示しが付かず、三戸の殿に申し開きも出来ぬ。
一当てして和睦か? いや、兵を出して大浦城の返還と三戸の殿に取り次ぐことを伝えてそれまで和睦を願い、時を稼ぐか?
稲刈りを終えると、この地は雪に埋もれる。十三湊は取り戻せまい。安東が水軍で負ける相手なのだ。大浦城は取り戻したいが、戦の様子を聞く限り難しい。むしろこの城を冬まで守ることが肝心。
おのれ。安東め。余計なことをしてくれたものだ。
Side:ヒルザ
難しいわね。やっと迷信を排除した医学の基礎を教えた者たちで甲斐風土病の研究をするなんて。ただ、みんな懸命に頑張っている。答えを知っているなんて言えないわ。
「されど、この地でかようなことを出来るとは思いませなんだ」
私は他にも仕事がある。武芸大会予選会。これの差配もしている。小笠原家と織田に臣従した国人や土豪たちに、武芸大会出場のための予選をすることを通告した。
清洲からはやってもやらなくてもいいと言われたんだけどね。小笠原家としては武田や今川に先んじて臣従したという自負もある。向こうが出来るか分からないことも信濃は先にやっておきたいのが、こちらの本音になるわ。
それと領民参加の種目に関しても、こちらで独自にやることにした。今年は旧小笠原領と旧望月領からしか集められないけど、ちょっとした褒美を用意して祭りとする。
領民は勝っても尾張に行かせることはない地域の武芸大会になるわ。
「尾張や美濃だと、武芸大会と花火で民がひとつになったわ。信濃も変わってほしいのよ」
尾張ほどちゃんとした競技場は用意出来なかった。でも尾張から来ている文官と小笠原家家臣が協力をして開催にこぎつけてくれた。私とウルザから褒美を幾らか出すこともする。追加の褒美も必ず清洲から届く。今の織田にそうした政策で抜かりはないわ。
時期は稲刈りが終わる頃。信濃武芸大会と予選会は分けることにして、予選会は一足先に行うことになるわ。
「諏訪家の参加もお許しになるとか」
「もういいでしょ。あまり追い詰めたくないわ」
それと予選会には諏訪家にも参加を促した。武芸で腕試しをしたい者の参加を認めると。まだ内部で不満があるみたいだけど、あの歴史ある諏訪神社を擁するとは思えないほど苦労をしている。
「左様でございますな。諏訪の神も安堵されることでしょう」
小笠原家家臣が安堵した顔をした。この地での諏訪信仰はそこまで軽くない。大殿の出した条件を飲んで臣従をするべく年内に清洲に挨拶に行くという。武芸大会で活躍する人がいるか分からないけど出てほしいわ。
なんか私とウルザが許さないと織田家中で生きる場所がないと噂になっている。そんなことないんだけどね。とはいえ因縁なんて要らないから、そろそろ動く必要がある。
御柱祭。あれシルバーンのライブラリーに映像があったから見たけど、迫力あっていいのよね。ああいう文化は残したい。
Side:久遠一馬
尾張に菊丸さんが帰ってきた。政務をこなしたりしていたようで、なかなか来られなかったらしい。
近江に戻ってからのことを互いに話す。都では朝廷との交渉の席を持つことになり、その人選や話す内容を詰めている。その経過などを教えてくれた。
「献上品は減らせなんだ。済まぬな」
「それは仕方ありませんね。帝に対しては一切の蟠りはございませんので構いませんよ」
上手くいったこといかなかったことそれぞれあるが、朝廷への献上は回数も量も減らせなかったようだ。この辺りは義輝さんに一任した。バランスとか政治的な駆け引きとか、義輝さんを通すと幕府と朝廷の問題になるからだ。
新たな帝が即位してすぐに献上品が減ると余計な邪推をされかねない。義輝さんを通すのは筋を通すことだからいいものの、そのタイミングで減ると織田が減らしたのか、義輝さんが中抜きしたのかとかいろいろと疑念が生まれる。
まあ、これから話し合おうという時に援助を減らすというのもどうかと思うので、これは仕方ない。北畠家が思った以上に力を貸してくれたので、結果として見ると当初の予想よりは遥かにいいしね。
「あと蝦夷の件。露見したな」
「はい、そろそろかと思っていましたが」
蝦夷制圧とそこからの南下。まあ、そのうちあるだろうと義輝さんや六角や北畠には根回しが済んでいた。
特に北畠一門には陸奥浪岡に分家がいるんで、そこと繋ぎを取ってもらった。奥州斯波氏と共に誼を以前から通じていて、とりあえず四面楚歌にはなっていない。
「朝廷には文を出しておいた。そなたと武衛をこの件で敵に回すとも思えぬが、余計な疑念は要らぬ」
蝦夷地。日ノ本の外なんだよね。だから好き勝手出来るけどさ。とはいえやり過ぎると良くない。奥州での行動は斯波と織田の名は最大限使わせてもらう。あまり久遠単独で勝手をしていると思われると困る。
「蝦夷は冬の寒さは厳しく豊かとはいえませんが、土地は広いです。いずれ日ノ本の有望な地となりましょう。私たちが生きている間は難しいでしょうが」
菊丸さんにはすでに海外でのウチの動きも話しているし、オレが王になる気もないのは教えてある。特に蝦夷地は史実の北海道のように日ノ本の欠かせない土地になるだろう。
「古の朝廷が奥州を平定して以降、日ノ本を制した者はおっても広げた者はおらぬ。そなたはかようなところからも日ノ本を変えるのだな」
「ほんの少し見方を変えると出来ることでございますよ」
京の都も近江も伊勢も関東も変わりつつある。六角・北畠は一層の改革を推し進めるべく、いろいろと相談もある。北条家とはやはり織田農園としてプランテーション案を導入するべく話し合いが始まった。
楽観出来るほどでもないものの、統一へのプロセスは確実に進んでいる。
敵は日ノ本の外にあるんだ。
頑張ろう。オレたちが生きる場所をつくるために。子供たちや家臣、領民が笑って生きられる国をつくるために。
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