第1495話・大浦の苦悩

Side:知子


「お方様、勝手に馳せ参じた者らはいかが致しましょう」


 機を見るという意味ではここでも敏な人がいるわね。少数の者が擦り寄ると言うか、馳せ参じてきた。一族を分けるというほど覚悟もないのでしょうけど、捨ててもいいような末弟などを出してきたところはあるか。


「無下にも扱えないわね。蠣崎殿、悪いけど面倒を見てくれる? 抜け駆けとかされると困るのよ。貴方はウチの戦を理解しているから分かるわよね」


「はっ!」


 百人までいかないけど、数十人は集まった。歴史に残る戦でも数百から千程度の軍勢の戦が主なこの地では決して少なくはない。


 正直、邪魔だし期待もしていないけど邪険にすると面倒になる。とりあえず本隊の邪魔をしないように手綱を握るのは蠣崎殿に任せることにした。ある意味、貧乏くじだけど、面倒ごとを引き受けた評価はキッチリする。蠣崎殿は分かっている様ね。


 道中、村を荒らさず粛々と進むこちらの軍を、道中の村は奇妙なものを見るような目で見ていたでしょうね。一部ではこちらに従いたいという村もあったけど、その手の話は十三湊の季代子に任せる。


 進軍速度は速くもない。大浦や浪岡北畠には先に攻められたことを口実に出陣すると知らせてある。その気になれば待ち構えて野戦やゲリラ戦もあると警戒しているんだけど。


 大浦というよりは南部晴政の弟である石川高信。彼がここ津軽三郡の郡代のようなのよね。司令の元の世界だと諸説あったけど、調べた結果、弟だった。彼がどう出るか。


 一連の動きを謝罪してくるなら退くことになるけど。まあ、無理よね。




 大浦は籠城するようね。城が見える位置に布陣する。


 天候は悪くない。当たり前よね。宇宙要塞からの気象情報を確認してから決行したんだもの。雨でも降れば少し面倒になるけど。この時代なら天は我に味方せりとでも言うのかしらね?


「出てこないのかしら。城攻めをするなら落としちゃうことになるのに。誰かこの辺の坊主を呼んできて。使者を出すわ」


 あまり面目を潰したくはない。討って出るなら、多少の野戦に付き合うくらいの配慮はする。鉄砲と焙烙玉はもちろん使うけどね。さすがに一槍も交えず落城は忍びないわ。


 蝦夷倭人衆がなんとも言えない顔をした。また火力の戦かと恐れているようね。実際、悪くない城よ。大浦城は。とはいえ鉄砲と大砲を考慮していない城を落とすのは難しくない。


 私は僧侶を通じて以下の要求をした。


 十三湊に逃げ込んだ安東に加担したことと、理由もなく十三湊に攻め寄せたことの報復として大浦城を攻めるということ。降伏して城を明け渡せばすべての者を助命するということ。他意見があるなら申し開きをしろということ。


 斯波武衛家当主、斯波左兵衛督様が代将、織田季代子。今の私たちが使える中で一番の肩書きね。私たちは斯波の軍であり、季代子は代将。この場に季代子はいないので、私は代将の代将だけどね。本隊が他にあるとも言える。来る必要がないから来ないけど。


「拒否か。攻めるわよ! 木砲隊で城門を突破します。蠣崎殿、城門突破後に突入を許す。ただし深入りは厳禁よ。城門の確保に専念して」


「はっ!」


 兵に休息を取らせて数刻待つ。使者を頼んだ坊主の返答は降伏の拒否。まあ、当然よね。話し合いで解決するならこんな乱世になっていない。


 相手に鉄砲はないだろう。矢盾を持つ兵を前に軍を進める。射程に入り次第、鉄砲と弓と弩で攻撃する。


「撃て!」


 武器の優劣、数、練度。どれを考慮してもこちらが上。近づくと当然ながら罵声と弓が散発的に飛んでくる。


 反撃は何倍になるのかしら? 少し申し訳ないくらいだわ。




 攻城戦は訓練のようにスムーズに終わった。鉄砲と大砲に備えのない城のもろさが敗因かしらね。


 石川高信。来なかったわね。物見の兵はいたらしいけど。迂闊に動かないのを褒めるべきかしら? 大浦を見捨てたことを失策とみるべきかしら?


 やはりこの地域の人には未知の兵器である木砲で城門を破壊すると、大浦勢は心が折れたようで投降者が相次いだ。二の丸に入ると攻め手を緩めて今一度降伏の使者を出して終わったわ。敵味方問わず死者は少数ね。


 この戦が南部家との戦の前哨戦とみるかどうかで変わるけど。城内で同士討ちをするとか、当主の首を持って降伏などしなかったのは、南部との戦を考えて臣従を求めると思ったのかしらね。




Side:大浦為則


 なんだというのだ。あれは。西はかような戦をしておるのか? 数多の鉄砲と弓、金色砲か? わけの分からぬ攻めで持ちこたえることすら出来ぬとは。そもそも城門をあっさりと壊したあれはなんだ!?


 石川城からは後詰めを送ると言われたが、間に合わなんだか。それとも敵を知るために後詰めを遅らせたか?


 臣従か、さもなくば腹を切らねばならぬかもしれぬ。一族と主立った者を守るためにはな。


「大浦殿、城を退去するなら城にあるものは持ち出していいわ。兵糧や銭も含めてね。石川なり三戸なり好きなところに行くといいわ。この城と所領は召し上げるけどね」


 敵方の将が入城したが、女が上座に座ると主立った者がどよめいた。出家しておるのか、髪を短くしておる女だ。従五位下内匠頭の妻だという。私称ではない殿上人の妻を名乗るではないか。恐らく真であろう。下手を打ったわ。


 臣従か腹を切るかと覚悟をして挑んだが、浅慮よな、事の始めから先方を立てておれば、面目ある和睦も成ったであろうに。数成らぬ者の様に助命をされ、いずこにでも行けと言い放たれるとは。


「私に不信があるなら、申し訳ないけど尾張に行ってちょうだい。我が殿か織田の奉行衆か。誰かは会ってくれるはずよ」


 不信? あってもいかがしろというのだ。籠城も出来ずに戦で負けたので城を返せと言うのか? 殿上人相手に。大恥を晒すだけであろう。


「臣従することはお許し頂けぬのでございますか?」


「十三湊にいるのも私と同じ殿の妻なの。申し訳ないけど私たちに対する臣従は許してないの。我が家の掟だと思っていいわ。ただ、尾張に行った際に、織田の奉行衆か我が殿か、もしくは斯波の御家は陸奥の地に縁ある御家、家中の誰かに縁があるなら、そこに臣従の口利きはしてもいい。でもいいの? 南部が謝罪をしないならこちらは引けないわ。さらに、一旦、臣従を願った者が裏切ると厳しき罰を与えることになるわ。これは織田の大殿のご下命だから私にもどうしようもない」


 さて、いかがするか。出ていけというならば出ていってもよいが、あまりに情けない戦だ。三戸の殿に責めを負えと言われるやもしれぬ。ならば残ったほうがいいとも思える。


 ただ、久遠とやらはあまりによう分からぬ相手。斯波家臣である織田一族なのは確かなようだが。はてさて、いかがするべきか。


「二日の猶予を与える。臣従を求めるのならば俸禄にて客将とする。禄は現状の実入りより悪くなることはない。ただし、おかしなことをすれば……、分かっているわね?」


「はっ、かたじけなく存じまする」


 こちらの迷いを見抜かれたな。温情か、取るに足らぬ相手と軽んじたか。いかようでも構わぬか。籠城も出来なんだ我が身の不徳。


 ともあれ主立った者と話して決めねばならぬな。


 石川殿が後詰めを寄越さず見捨てたとも言える。降るのは構わぬが、南部家との戦で矢面に立たされる覚悟がいる。


 退去して石川殿のところに行くのも悪うないが、懸念は南部家中では三戸の殿と八戸などが争うておる最中ということか。籠城も出来ぬ愚か者と石川殿に決め付けられ、三戸の殿に後詰めせぬを差し置いて讒言ざんげんをされると居場所などあったものではない。


 久慈の本家を頼るという手もあるが、久遠とやらに従って新たな道を歩むのもよいのかもしれぬ。おそらく戦をした者でなくば久遠の強さは理解するまい。


 やれやれ、まさか家の存続を我が身で背負うことになろうとはな。




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