第1484話・工業村の現状
Side:久遠一馬
メルティの産んだ子は絵理と名付けた。特に理由はない。メルティと生まれた子を見ながら一緒に考えた中で一番しっくりきたんだ。
絵理は大人しい子だ。大武丸たちや少し前に生まれた武典丸と比べるとね。ただ、年配の人いわくこの程度の違いは珍しくないそうだ。五体満足で健康ならいいという時代だけど。
「何事も上手く使うといいこともあるんだろうね」
最近は因習『穢れ』を逆手にウチにいる時間が増えたので充実している。ちょっとした合間に子供たちとも遊べるしね。
あとウチに人が仕事で訪ねて来ると井戸で冷やした麦茶とお菓子を出しているんだけど、それが美味しいと清洲城で評判らしい。来る人のちょっとした楽しみになっているみたい。以前は信秀さんたちのお楽しみだったからね。
「そうですね。こちらは臨機応変に変えられますので、そこまで問題はないですよ。朝廷としてはいささか困るかもしれませんが」
朝廷や上皇陛下との付き合い方。こちらは模索している段階だしね。いい勉強だと思ってみんな頑張っているようだ。
ただ、エルも懸念するように、上皇陛下ご自身はもう少し交流とかお出かけをしたいようでもある。とはいえ側近は慣例から外れると止めるからね。
上手くいっていないのはむしろ上皇陛下の周囲だろう。こちらはあまり口出しするべきことじゃないからなぁ。院制自体が
まあ、秋の武芸大会になるとまたいろいろと楽しんでいただけるし、それまではのんびりしていただくほうがいいのかもしれない。その前に病院と学校の視察くらいは計画しているけど。
「しかしまあ、川舟も増えたからなぁ」
あちこちから上がってきた報告書に目を通していると、川舟に関するトラブルが増えているという報告がある。
理由は単純明快。物資の輸送から人の移動まで川舟が人気だからだ。蟹江・津島・熱田から那古野・清洲までの街道は、主要街道では舟橋を含めて橋が架かっているので陸路での移動もそこまで大変じゃない。
ただ、船の輸送能力のほうが大きいし。史実でも鉄道や車が普及するまでは河川の輸送が主だったはずだ。
一応、川舟に関しても慣例として規則がある。河川での運搬業を営む者たちに織田の政と法に沿った管理もしてもらっている。それでも人が増えて物量が増えるとトラブルもあると。そこまで深刻な話ではないんだけどね。
尾張南部に関しては主要街道の整備も一段落した頃から、河川の整備にも力を入れている。川筋の整理や土手の整備、それと湿地帯のようなところや輪中のように川に囲まれた土地が少なからずあるんだ。
どこもかしこもというわけにはいかないけど、優先順位を決めて問題ないところから賦役として整備している。尾張では知多半島の上水路も順調に伸びているね。こちらは農業用水として使えるほどの規模ではないけど、すでに開通している地域の人たちは水不足が緩和されて喜んでくれている。
まあ、整備というなら港の整備もあちこちで始まっている。蟹江は先を見越して整備した港町なので受け入れ能力もあり、発展させる土地もまだまだある。とはいえ一極集中は危険だからなぁ。
「そういや、渥美半島の問題もあったね」
仕事を片付けながら考え事をしていて思い出した。あそこも今川の臣従で完全に織田領となったものの、少し問題があった。
「湊以外は当面は開発をしなくていいかもしれません」
エルと顔を見合わせて苦笑いが重なった。
知多半島の改革の煽りを受けて、あの地は領民の逃亡などが増えた結果、無人の村とかが普通にある。一年も放置すると草木が伸びて荒れ放題となってしまうので、田んぼに戻すのでさえ大変になるんだよね。
街道くらいなら維持してもいいと思うけど、それが獣道程度のものだったら、無理に維持する必要性もあまりない。
甲斐や三河もそうだけど、毎年餓死者を出すくらいに土地が痩せて生産性が低かったり、風土病の被害者が出たりするくらいなら、人を移住させたほうがいい。
「過疎地の人を移す。飛騨もやっているけど、それなりに上手くいっているんだよね」
「ええ、将来的に人を戻す可能性はありますが、人口の集約はある程度進めたほうが現状ではいいでしょう。農作物の生産も新品種と農業改革を広めると今後も増えますので」
なるべくなら故郷を捨てるようなことはさせたくない。とはいえ飢えさせるのはもっとしたくない。
それと、史実との違いはウチの海外領があるんだよね。いずれはそちらへの移住もしてほしい。
どこをどう優先して発展させていくか。これ地元の武士や寺社の話も聞かないといけないのですぐには決められないけど、尾張ではすでに人の移動が珍しくなくなったからなぁ。
幾つか試案を作って評定で相談するかぁ。
Side:鍛冶屋清兵衛
広い建屋に幾つも並ぶ旋盤で職人らが仕事をしている。外の奴らが見ると驚くだろうなぁ。ここじゃあ、同じものだけをずっと作る職人が増えた。まあ、職人としては他の仕事も覚えなきゃならねえんで、そっちもやらせているがな。
わしも本来はあっちで仕事をしている身分だったんだがなぁ。いつの間にやら立身出世してしまった。
津島にいた頃に殿に頼まれた品を断らなかった。それだけの理由だ。家柄も才覚も関わりない。
「しかしこんだけ品をたくさん造れるのに、ほとんど農具だとはな」
「仕方あるまい。信濃・甲斐・駿河・遠江。何が今一番必要か。童でも分かることだ」
ここでは久遠船に用いる具材や釘なんかも造っているが、一番造っているのは
同じく工業村の最古参の職人らは、それを理解しつつ少しだけなんとも言えぬ顔をした。
鉄砲だって久遠様の品に準ずるものを造れるようになった。他国の鉄砲より遥かに優れている品だ。とはいえ今の織田家に必要なのは農具になる。これも外の奴らに任せたいんだが、あいつら武具は喜んで造るが、農具となると嫌がる奴がそれなりにいる。
それに農具だと手を抜いたり、気が乗らねえからと粗悪な品を造ったりすることがある。そんなことだから、あいつらは工業村に
「ああ、賦役と田仕事を見るとなぁ」
農具の違いは大きい。それがないだけで飢饉になりかねないだけの違いがある。そこんとこが分かってねえ他所の武家が立て続けに、織田の大殿様に頭下げに来た。そんな理由で少し前に旋盤の
「贅沢言えねえよな。尾張だとわしらはお武家様より禄が良くて身分だってある。見合う働きをしねえと罰が当たる」
工業村職人衆はすべて久遠家か織田家のお抱え職人だ。わしなんぞ重臣待遇になっておるせいで、そこらの武士が当たり前のように頭を下げてくる。
藤吉郎のような見習いでさえ、国人や土豪の次男三男よりいい扱いをされるんだ。その分、働かなきゃならねえ。
とにかく飢えさせないようにする。殿のお考えを工業村の職人衆はよく理解している。わしらはそのために尽くすのが役目だ。
あんな御方、他にいねえ。だからこそ、わしらはわしらのやり方で御家を支えて守らなきゃならねえんだ。
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