第1482話・雪斎さんの宴
Side:久遠一馬
雪斎さんの食事会は希望が精進料理になった。
正直、断るんじゃないかと心配したんだけどね。素直に受けてくれるようだ。まさか当たると思わなかったんだろう。ただ、断るとそれはそれで角が立つから受けたんだと思う。
人数は何人でもいいと言ってある。義元さんと氏真さんは招くようだ。あと駿河から、弟子にあたる東谷宗杲和尚という人が来ているようだ。
雪斎さんは京の都の妙心寺という寺の住持だったこともあり、僧侶としての格も高い人なんだよね。その割に戦に出たりしているけど。まあ、この時代だとみんなそんな感じだからね。
現在も雪斎さんは入院している。今川家の仮屋敷が清洲にあるものの、まだ退院をするのは時期尚早か。
料理はエルとパメラに任せてある。体調にも配慮が要るしね。家臣とかあまり身分の高くない人だったら盛り上げるなにかをしようかなと思ったけど、雪斎さんなら不要だろう。
オレはここ数日、清洲城に登城しておらず屋敷で仕事をしている。葬儀や出産は穢れになることから、関わる場合は登城するのはよろしくないと上皇陛下の側近が口にしたらしい。
現状だと登城しても上皇陛下に拝謁することなんてないんだけどね。公家衆が戻ったこともあり、しばらくは宴も開いていない。こちらからは呼ばれない限りは会うことのない御方なんだけどな。
暑い最中に報告の書状や相談事のために、清洲城とウチの屋敷を往復している文官衆とか家臣の皆さんには少し申し訳ないけど、オレは自宅だからね。どちらかというと快適に仕事をしている。
上皇陛下とは同じ尾張にいるのに交流することも難しい。穢れ以外でも側近が上皇陛下のお耳に入れてもいいと判断しないと話も通らない。近衛さんたちがいた頃は、まだこちらの事情や考えを理解してくれたんだけどね。いなくなると慣例に合わせた動きしか出来なくなったっぽい。
側近からするとこちらのやることがほとんど理解出来ないようで、慣例から外れたら基本的に駄目みたい。
それが彼らの仕事なので仕方ないんだけどね。前例の引用適用の判断はしても、
まあ、こちらも忙しいので、上皇陛下が命じないなら口を出す問題じゃないしね。俗世に触れさせるのがいいのか、オレも判断が出来ない。責任を取れないことには口を挟まないことにしている。
斯波家と織田家としてはなるべく近寄らないようにする形になりつつある。
「殿、少し休まれてはいかがですか」
来客が途絶えるとお清ちゃんが冷えた麦茶を持ってきてくれた。産休に入ったのでゆっくりしてもらっているんだけど、なにもしないことに慣れないんだろうね。子供たちの面倒を見たり、こうしてお茶を淹れたりしてくれる。
「うん、ありがとう」
どこからか蝉の声が聞こえる。そんな中で飲む麦茶は美味い。冷えているので喉を通るのが分かるくらいだ。
「あら、甲賀は上手くいっておられるのですね」
「滝川家のおかげだろうね。些細なきっかけだけど、それが甲賀を変えたんだよ」
座卓に上がっている近江からの書状が見えたんだろう。お清ちゃんは少し嬉しそうな顔をした。
東海道は数年前とは見違えるほど通行量が増えた。東海道といえば難所の優先通行権を決める入れ札を御幸の少し後にしたけど、第一回は尾張商人組合が最優先の権利を得た。優先通行権がほしいと騒いでいた保内商人はそこまで金額を入札しなかった。
どうもあちらも一枚岩ではないらしいね。今でも千種街道を使って行き来する人もいる。
毎年やるのは大変なんで三年毎に優先権を決めることにしてあるけど、今のところは大きな問題もないようだ。
入れ札で得た資金は東海道の整備に充てる。
少し話が逸れたけど、それだけ東海道の近江側である甲賀も変わりつつあるということだ。
「分からないものでございますね」
少し感慨深げにしている。故郷だからなぁ。今なら故郷に胸を張って墓参りとかに帰れるんだけど、お清ちゃんはウチに嫁いだということもあるし、資清さんですら立場があって帰郷しないからね。実現していない。
「あの地は尾張のようにはならないと思う。でもね。尾張と西を繋ぐ地だから。田んぼに拘り過ぎなければ、今までよりは良くなるよ」
もうどこの領地か分からなくなりつつあるけどね。甲賀。正式には六角家の直轄領となったものの、人は半分近く尾張に来ている。縁でいうとウチが一番あって、影響力も六角家よりあるかもしれない。
まあ、その分だけ伊賀とか大和とか近隣がめんどくさくなりつつあるけど。貧富の格差は人を狂わせる。ほんと政治とかするものじゃないって実感するね。
Side:太原雪斎
臨済寺より
「尾張は随分と賑やかなところでございますな」
駿河や遠江は、臣従に際して上手くいっておらぬところもあると噂を耳にした。致し方ないことだ。この国を理解しておらぬ者があまりに多い。それは拙僧にも責めはあること故、出来うる限りの手は打ったのだが。
「ああ、そなたにもこの国を見せておきたくてな」
体は良うなりつつある。されど、駿河にはいつ戻れるか分からぬ。宗杲にはこの先のことで話すことも多く、頃合いをみて寺も譲らねばならぬ。
「駿河や遠江では戦をしておればと嘆く者はまだ多うございます。勝てぬまでも意地を見せておれば織田の扱いも変わったのではと……」
「国人や寺社はそれでよかろう。されど御屋形様と今川家にとっては何一つ良いことはない。現に小笠原と武田に先を越されてしまったではないか」
因縁が新たな因縁を生む。それはこの世に生きる者の業のようなものやもしれぬと思う。されどな。時世を見極められぬ者は滅びるのが世の常。
「……確かに」
「幸いなことに織田は今川家を潰す気はない。今川家は新たな治世で生きるしかないのだ」
東の関東も西の畿内も一筋縄では行かぬ相手。久遠殿はそれらをいかにするのか。拙僧にも分からぬところがある。
ひとつ言えることは、すでに久遠殿をいかにかしたところで尾張は止まることはないということだ。この国は上から下まで皆が新たな世を求め作り上げようとしておる。
「まあ、その話はよい。実はな。久遠殿の屋敷で
海くじと言うたか。左様な余興に余所者の拙僧が加わるつもりなどなかった。されど、皆に加わってほしいとくじを配られた時に否とも言えなんだ。
まさか、一番の褒美を得てしまうとはな。尾張者には申し訳ないことをした。もっとも皆が欲しがる褒美を拙僧が要らぬとは言えぬ。喜んで受け取るくらいでちょうどよい。
「畏まりましてございます」
駿河の者らも今年は武芸大会に出るように促すべきじゃな。あとで御屋形様に進言しておかねば。織田の祭りには率先して出ねばならぬ。
あまり政に関わるとまたお叱りを受けるので、ほどほどにするがな。孫程の歳の
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