第1480話・託す者
Side:京極高頼(三木良頼)
「どいて!」
よほど急いできたのであろう。息が荒い光の方殿の常ならぬ厳しき言葉に、我らは父上の傍から離れる。
父上の様子がおかしいというので急ぎ病院に使いを出したのだ。すでに息をかろうじてしておる程度で、声を掛けても
花火見物はなんとか行くことが出来たが、戻って以降、一段と弱り寝ておる日々であった。覚悟はしておったのだが。
「気を確かに持って! まだ生きられるから!!」
なんと強い女だ。娘のように振る舞う姿からは思いもせぬ強い言葉と顔をしておる。
「注射器と十六番の薬!」
体の中に直に薬を入れるのだとか。久遠家の秘伝の医術だと以前聞いたことがある。腕に薬を入れると、父上に声を掛け続けておるわ。
「……光の方……殿か」
信じられぬ。二度と目覚めぬかと思うた父上が目を覚ましたではないか。
「……世話になり……申した。薬師の方殿……にも……良しなに……お伝えくだされ」
「気を確かに! 生きなきゃダメだよ!!」
抱えるようにして起こすと薬を飲ませようとするが、父上はそれを制して笑みを浮かべて途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「わしは……運がいい。こうして……皆に看取られて……逝ける……のじゃから……の」
何故か、幼き頃を思い出す。ああ、あの頃の父上はなんと若く力強かったことか。もっと孝行をすればよかった。今更ながらにそう思ってしまう。
「良き……生涯で……あったわ」
「ちちうえー!!」
ああ……、そこまで語ると父上はゆっくりと目を閉じた。その顔はまるで光の方殿に抱かれる子のように、満足げなものだ。
「心停止! 胸骨圧迫するよ!」
ただ、それでも光の方殿は諦めぬ。心の臓が止まった父上の胸を押しつつ、なんとか助けようとしてくださる。
されど……。
「……光の方殿、もう十分でございます」
いかほど同じことをしておろうか。わしはたまらず声を掛けた。兄弟や孫たちも皆、同じ思いであろう。女どもは泣いておる。父上の最後の言葉を聞かせてくれた感謝と、必死に助けようとする姿に泣いておるのだ。
「……ご臨終でございます」
「
昨日、内匠頭殿と絵師の方殿の子が生まれたと聞いた。久遠家では今頃慶事として賑やかにしておろう。かような時に申し訳ないとしか思えぬ。まさか内匠頭殿の奥方が、かような時に来るとは思いもせなんだ。
父上は穏やかなお顔だ。織田に臣従をして尾張に来て良かった。
新たな世を僅かだが見られたこと、父上は喜んでおられた。争いがなく御幸まで成し得た御家に、御屋形様と共に仕えたこと、末代までの誉れであろう。
三木の家は京極の家と共に守り残します故、
Side:久遠一馬
メルティの子のお祝いに来てくれる人たちの応対で忙しい。
そんな中、三木さんが亡くなった。史実より一年ほど長生きをした。それはオレたちしか知らないことだ。当人や家族には心残りがいくらでもあったろうし、遺された家族は悲しんでいるだろう。
生まれてくる子もいれば、亡くなる人もいる。それは自然の摂理だ。オレもこの世界に来て何人もの人を見送っている。
嫡男で京極家を継いだ高頼さんからは丁寧な感謝の書状をもらった。ケティやパメラが往診をしていたことで感謝してくれているらしい。その上で子供が生まれた慶事に水を差し、看取らせてしまったことを詫びてくれている。
「もう少し生きられたのに……」
戻ったパメラは少し悔しそうだ。最善は尽くしたものの、終わりはいつか来る。オーバーテクノロジーをすべて使えば違った結果になったかもしれないけどね。
ただ、それは出来ないことだ。オレたちのためにも日ノ本の未来のためにも。
「ご苦労様だったね」
元気のないパメラを労わる。医師という職業の重さはオレなどには分からないものなのかもしれない。でもね。負担や悲しみを分かち合うことは出来るはずだ。
「まーま?」
ただ、いつの間にか子供たちが部屋の入り口で見ていた。パメラも気付いてなかったようで驚いている。
「みんな、ただいま!」
「おかえり!」
「あい!」
すぐにいつもの笑顔で迎えるパメラに、子供たちは嬉しそうに駆けていく。帰ってきた人を迎えるのが子供たちの日課なんだ。
「あかごがね、わらったの!」
大武丸と希美は言葉をよく話すようになった。
オレもお祝いに来てくれる人たちの応対をしなくてはならないな。頑張ろう。
「三木殿の葬儀。アタシ行くわね」
「うん。お願い、太郎左衛門殿に供を頼むから」
パメラが子供たちに連れられて赤ちゃんの顔を見に行くと、パメラの様子を見ていたマドカと三木さんの葬儀について相談する。
オレが出られればいいんだけど、赤ちゃんのお祝いを受ける立場なので抜けられない。あと人の死は穢れとする
マドカはあまりお偉いさんの相手とか好きじゃないからな。最近は獣医に近い仕事を多くしているし。ケティが産休中でパメラの負担が大きいことを気にかけてくれている。
「三木殿、喜んでいたそうよ。尾張に来て花火を見られて良かったって」
「そっか」
それほど接点があった人ではない。特にオレはね。なにせ三木さんは、京極さん、
ケティに限らず医師をしているマドカも独自の交友がある。
「飛騨だと先はなかったとも言っていたって。力の差を見せつけるのも悪くないってことね」
どうもマドカが三木さんと親交のある人から聞いたらしい。
三木家、正直なところ、それほど重要視していなかった。姉小路さんが京の都や駿河・越前の公家衆と交流をしたことで、現状に先はないと考えて織田に臣従したことで道連れにされただけだ。
ただ、臣従をしてからは慣れないやり方を学び頑張っていたんだ。
史実とは違った道を歩むことになったけど、嫡男は京極家を継いで次男が三木家を継いだ。結果論だけど良かったと思ってくれていたことにはホッとする。
落ち着いたらお墓参りでも行くか。
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