第1479話・のんびり屋さんな赤ちゃん

Side:近衛稙家


 観音寺城を出て都へと歩みを進める。都へと戻れると喜ぶ者はあまりおらぬようじゃの。荒んだ都に戻れば、また苦しき日々となる者も多い。


「東国か……」


 休息となり一息つくと、二条公が力を落とした様子で呟いた。尾張のみならず吾らが出向けば歓迎してくれることで、かの者らの本音を理解しておらなんだからの。


 武衛は畿内に関わるのを望まず、立身出世ですら要らぬと考えておる。弾正もまた同じ。あれほどの力と才覚がありながら天下を要らぬとは。


 内匠頭は最後まで本音が見えぬところがあったが、『畿内との商いを止めたい』とまで言うたのは吾らへの脅しかと疑ったほどじゃ。されどそれが内匠頭の本心の様子。


 今までは畿内が優位故に、東国はあらゆる面で虐げられておったと言うても良いのかもしれぬ。堺と絶縁した際に、そこまで考えが及ばなんだのが吾らの愚かさであろうな。


「これからは畿内が下に付く番なのやもしれぬの」


 すでに商いでは畿内が尾張の機嫌を伺っておるほど。少し小耳に挟んだことだが、堺の大店だった商人が尼崎に移り、名を変えて尾張に商いに来たものの、織田は絶縁した者として捕らえて罰を与えたと聞く。


 禁じておった領国入りを破り、名を偽り入った罪で、二度と来るなと示すために入れ墨を施して罪人として追放したとか。


 今までならば畿内と商いをせねば立ち行かぬことで、かような罰は与えられず耐えておったのであろうな。それが当然だったのであろうな。


 主上には言えぬの。畿内と東国は抜き差しならぬほど険悪などとは。


 いっそ、都を捨てられれば……。あり得ぬの。それをすれば大乱となる。主上と吾らはいいが、捨てられる者は決して納得せず兵を挙げよう。それに尾張が吾らを受け入れることからしてないことなのかもしれぬ。


 細川や畠山、それに寺社らは決して尾張の後塵を拝することを喜ばぬ。厄介なことになったものよ。




Side:六角義賢


 なんとか無事に観音寺城に戻ったな。されど懸案は山積みだ。


 力ある者が畿内に進出し、朝廷と公方様を支えるかの様にして威をふるう。今まであったその流れを斯波と織田は拒絶した。


 無論、義理に見合う忠義は尽くすが、天下をまとめようなどとは思うておらぬ。尾張を中心に新しい世を作り、畿内がさらに力を落として従うまで捨て置く気であろう。


 上様も都と畿内は今のままでよいとお考えだ。病と称して都を離れておったことから、病弱だとみられておる。そのせいか譲位の際には、上様御自身ですら公家衆に軽んじられておる節もあった。


 都落ちした病の将軍。己らの不遇を慰めるために左様な噂をして憂さを晴らしておったようじゃが、それが上様のお耳に入るのだ。公家衆に手を差し伸べようなどと思わぬはずだ。


「甲賀はいかがなっておる?」


「はっ、そちらは上手くいっております。やはり織田と久遠の名は大きいかと」


 まあ、良いか。西を見てばかりもおられぬ。わしもまずは己の領内を変えてゆかねば先がない。


「ただ、伊賀が少し……」


「あそこには織田から利が渡っておるのではないのか?」


「久遠殿に重用されて暮らしが様変わりした甲賀者を羨んでおる様子。もう少し申せば、上の者はかつてとは比べ物にならぬ暮らしに今のままでよいと考えておりますが、下の者とすれば尾張に行ったほうが良いとなるようで」


 面倒よな。伊賀は当家と北畠に従う者と、いずれにもまつろわぬ者が入り混じっておる。さらに伊賀の臣従などあてにならぬもの。


「不満なら勝手にすればよい」


れど、織田も伊賀は要らぬと言うておるようでして……。久遠殿も内々に臣従は伊賀を捨てた者のみ受け入れると言うておるようで、伊賀を出る者と残る者、さらにあちこちから遠縁の者が伊賀に入る者などしております」


 ろくに利にならぬ地を口先だけで従えたとて使えぬ。僅かな面目と絵地図の上での勢力で喜んでおる場合ではないのだ。


 まあ、伊賀は捨て置いてよかろう。念のため織田と北畠に知らせは出すが、いずこも動くまい。


 使える街道があるわけでもなく、大和に深入りするわけでもない。こちらは近江を早う尾張に準ずる国にせねばならぬ。伊賀など構っておられぬわ。




Side:久遠一馬


 メルティが女の子の赤ちゃんを産んだ。


 知らせを受けてすぐに駆け付けたんだけど、陣痛があってからすぐに生まれたようで間に合わなかった。


「メルティもこの子も無事で良かった」


 赤ちゃんを迎えるのも少しだけ慣れてきた。でも無事な姿に安堵するのは毎回変わらない。


 子供たちはオレより先に赤ちゃんと面会していて、みんな喜んでくれている。抱き上げた時の小さな体を感じると、頑張って生まれてくれたんだなと思う。


「心配性ね。大丈夫よ」


 メルティも元気だ。部屋には安産のお札や折り鶴などが幾つもあって、それらを見て笑みを浮かべている。


 あとロボとブランカは、任せろと言わんばかりの顔でメルティの傍にいる。二匹には本当に助けられているな。


「あかご、なかない?」


 そのまま赤ちゃんを抱いていると希美が近寄ってきて、心配そうに覗いてくる。ああ、そういえばこの子は泣かないなぁ。少し前に生まれた武典丸はすぐに泣いたからな。


「大丈夫だよ。大人しい子なのかも」


「おぎゃあ! おぎゃあ!!」


「ないた!」


 あれまあ、希美の心配を察したわけではないんだろうけど。というかお腹が空いたっぽいね。メルティがお乳を飲ませると子供たちは赤ちゃんを飽きることなく見ている。


 さて、オレはお祝いに来てくれる人たちの対応をしないとな。元の世界よりも縁や繋がりを大切にする時代だ。いろんな人がお祝いに来てくれたり、お祝いの品を送ってきてくれたりする。


 ああ、お市ちゃんの姿が見えないなと思ったら、エルたちと一緒に来客を迎える支度をしていた。さらにお祝いにお菓子やお酒を振る舞うのは今回もやる。なんか成金みたいで少し気が引けるけど、放っておいてもお祝いでお祭りみたいになるんだよね。


 お乳を飲んで武典丸たちと一緒に眠る赤ちゃんを見てオレも頑張ろうと思う。



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