第1474話・御前海水浴・その五

Side:朝倉宗滴


 波の音が心地よい。越前にも海はあるが、かようなことをするなど初めてじゃ。


 院がおられる場でかように勝手気ままに振る舞うなど、都では許されまいな。尾張故の余暇というべきか。


「拙僧は、太原雪斎と申す」


 わしは病の身故、孤児院の者らと共に長閑のどか享受きょうじゅしておると、同じく病院から来た患者らの中に驚くべき者がおった。駿河は今川家の太原雪斎がこの場におるとは。


 天幕の下で風に当たりながら海を眺めておる御仁が只者と思えず声を掛けたのじゃが。まさかかような人物とは思わなんだわ。


「なんと朝倉の宗滴殿か」


 名を名乗ると雪斎殿も驚いたようじゃ。共に仏門に身を置く者であり、斯波家や織田家と因縁浅からぬ家に仕えておる。妙なところで妙な御仁と会うたものよ。


「織田に臣従されたとか。ようそこまで上手く収められましたな。某、感服致す」


 足利所縁の名門であり駿河遠江の二ヵ国を擁する今川家を、争わず織田に降らせるとは。並みの御仁ではないわ。わしとは立場が違うと知りつつも羨ましくなるほどよ。


「御家を守るにはこれしか道がありませなんだ。ひとえに拙僧の至らなさが招いた仕儀でございます。お笑いくだされて構いませぬ」


「戦というものは、一旦始めるといずれも退くに退けぬものよ。勝てぬ戦を避ける。大いに結構ではないかと思う。見習いたいほどよ」


 控え目な御仁か。それともかように言うことで、今もなお主家を守ろうというのか。分からぬが、因縁を上手く収めるほど難しきことはない。主筋よりも武勇を示してしもうたわしには出来ぬことじゃ。口惜しいがな。


「宗滴殿……」


「一度や二度の戦に勝ってその後をいかがするというのだ。織田を本気にさせるだけにしかならん。海から迫る黒船に怯え、籠城しようにも金色砲で一捻り。蛮勇紛いの武名と共に滅びを望むならばそれも面白きことであろうがの」


 そう、戦の勝敗などいかようでもよいのだ。この国はな。仮に弾正殿と内匠頭殿を一度に討ったとしよう。そこで名誉ある臣従などありえぬ。織田と久遠を怒らせ族滅するまで攻められるだけ。


 戦も政も同じことが出来ぬという弱味を克服出来ぬ限り、因縁ある今川と朝倉には対峙たいじの道は選べぬ。その道を歩めば、先はないのじゃ。


 自ら汚名を着ることを厭わず御家のために臣従に導ける者が、朝倉にはおるであろうか? なすべきは所領を広げることでも戦に勝つことでもない。人を育てること。


 わしは……、それを怠ってしもうた。


 愚か者はわしであろう。




Side:久遠一馬


 昼食後も砂浜は変わらなかった。のんびりとしている人もいるけど、あれこれと動いて楽しんでいる人もいる。


 上皇陛下はこれまでにないくらいに、砂浜を歩かれたり海に入られたりしている。何人かはお声が掛かったようで、慌てていた人もいるけど。


 なにか心境の変化でもあったのだろうか? 前例のない場なだけに自由に振る舞えるのだろうか? 理由は今のところ分からないけど、悪い変化ではないと思う。


 皇室を庶民化なんてする気はないけど、お声掛けくらいはあっていい。


 公卿や公家衆は、この時代にはありえないような海水浴に戸惑う人もいるようだ。ただ、それでいいと思う。見たことを考えていくのはこれからだ。


 伝統や慣例をすべて変えろなどとは誰も言わない。ただ、世の中に合わせていくことは必要だろう。出来るはずだ。そうして生き残ったのが朝廷なのだから。


「さあさあ、お立合い! 海水浴名物、海くじをやるのでござる!!」


「札を配るので、みんな取りにくるのですよ!」


 穏やかな午後に再度燃料を投下したのは、すずとチェリーだった。メガホンで砂浜にいる皆さんに呼びかけると、子供たちから一斉に駆け寄っている。


 ちなみに海水浴名物なんてものはない。余興を少しやりたいと言ったので許可はしてあるけどね。最初は宝探しゲームにすると盛り上がっていたんだけど、砂浜が穴ぼこだらけになるのでエルに止められてビンゴ方式にしたようだ。


 三行三列の枠には一から三十までの数字のいずれかが書かれていて、一列揃うと当たりというゲームになる。


「特等はウチの屋敷でエルが好きな料理を作ってくれる券でござる!」


「一等はお酒か甘味の詰め合わせなのですよ!」


 あくまでも余興だ。あまり高価ではない食べ物にしてある。とはいえ少しざわついた。エルが料理上手というのはすでに周知の事実だけど、ウチの関係者以外だとそう食べる機会ないからね。


 ちなみに外れ賞は金色飴ことべっこう飴にしてある。


 参加は自由だけど、当然、皆さん参加するよね。というか上皇陛下の側近が陛下と公卿や公家衆の分のくじ券を受け取っている。家臣からいいのかとオレに確認の視線が来るが、駄目ということはない。少なくともこちらは。


 見えるようにと子供たちや女衆は前の方で座り、後ろは立ち見のようにして四方に人が集まる。上皇陛下たちも正面の位置でご覧になるようだ。当然手にはくじ券がある。


 正直、これに参加するのあまり想定してなかったりする。後ろでご覧になるくらいだとこちらは想定していたんだよね。


 手持ちサイズの木箱に大きく数字が掛かれている紙を折りたたんで入れて、混ぜてから引くことになる。当然不正などしてないと示すように、木箱と数字の紙を事前に見せることもする。


「では引くでござる! まずは……、十五、十五でござる!」


「数字のところに切れ目を入れるといいのです。ただし、書かれた字が分からなくなるくらいに穴をあけると無効になるですよ!」


 参加者、数百人はいるっぽいな。護衛を合わせると千人を軽く超えるし。ウチの家臣があちこちで数字を教えて確認をしている。こういうのは皆さんも経験ないしね。ただ、まあのんびりやるならちょうどいいと思う。


 そのまま幾つか数字を読み上げていくと、リーチとなる人が出てくる。こちらが思った以上に盛り上がっていて、騒いでいる人も多い。


 公家衆も、意外に素直に盛り上がっているようだ。


 下位はほんとおかしとかお酒が少し当たるだけなんで、そこまで盛り上がると思わなかったなぁ。


 このビンゴ、あくまでも家中と子供たちでも一緒に遊べるゲームとして行なっている。景品も食べたらなくなるし、これに当たっても当たらなくても特に意味などない。


 上皇陛下と公家衆がいるからね。下手な意味を持たせると、また勘違いしそうだし。みんなで盛り上がれる程度の遊びでいいんだ。


 まあ、子供たちも幼少組以外は数字を読めるので、それには驚くかもしれないけど。ウチの家臣とか織田の家臣は当然だし、今回参加しているメンバーは識字率が高いからね。


「揃った人はいないのです? なら次にいくのです!」


 あちこちにいる家臣に確認したチェリーが、次を促すとすずが箱から新しい数字を引く。


 誰が最初にビンゴするかなぁ。楽しみだ。ちなみにビンゴという名称は使っていない。海くじという名称をすずがでっち上げた。


 なんでもいいんだよね。名前って。ただ、『ビンゴ』だとこの時代では『備後』という地名になるからややこしいからね。それだけは変えることにしたんだ。

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