第1467話・夏の午後
Side:久遠一馬
ぽつぽつと帰った人もいるけど、主要な招待客との交流は花火後もしている。お茶会や歌会に宴など。まあ、これは上皇陛下というより、他の事情で、むしろこちらのために行うと言っても過言じゃないことだ。
北畠・六角・北条・三好。特にこの四家とは、誼を深めて調整することが山ほどある。ただ、意外なところでは朝倉義景さんが残っていることかな。すぐに帰った村上とか見習ってほしいくらいだ。
上皇陛下のご臨席があると一気に宴の格が上がる。当然出るか出ないかは上皇陛下ご自身の判断だが、今のところお願いして断られたことはない。日程的にきつくならないように配慮を欠かしていないこともあるんだろうけどね。
公卿や公家衆とも交流はしている。賛否あるし、これが贅沢をしているとみられる可能性もあるけど、良くも悪くも話をしないと始まらない。
今回の特徴は御幸であるということがある。内裏ではないし、上に挙げた四家のうち北条を除く三家は御幸で働いている。そういう事情もあって、宴の席でではあるものの、上皇陛下への拝謁が許されている。北条はおまけみたいなものだけど、それでもありえないくらいのことなんだよね。
特にお言葉があったわけではないけど、三好と北条からすると格別の喜びのようだ。
上皇陛下からの滞在中の要望はあまりないんだけど、ウチの習慣とか知りたいようなことと、学校と病院は行ってみたいようで側近を通してどうなんだと話があった。学校はいいんだけど、病院は穢れがねぇ。血とか穢れになるからなぁ。その辺りを検討中だ。
習慣とか言われてもね。どうしようかなとエルたちと相談中だ。食生活についてはもう少しお教えしてもいいかとは思っているけどね。伝統と文化、日ノ本の象徴である御方になにをどこまでお教えするか。少し荷が重いなとすら思う。
判断は上皇陛下と公卿の皆さんに任せるしかない。
仕事と外交と忙しいけど、今日は牧場に足を運んだ。どうやって時間を作っているんだと、織田家の皆さんにも不思議がられるけどね。ウチは皆んなで下準備して、エルが仕事のスケジュール管理をしてくれるから。
当然、任せられる仕事は任せている。各奉行はもう立派に役目をこなしているんだ。オレが出しゃばる必要はないし、ご機嫌伺いに来る人の相手も最小限にしているからね。
ここ牧場では育てている家畜も増えた。馬・牛・山羊・鶏から始まり、今では鳩・猪豚・豚・鴨・うずら・鷹・雉などを、規模は大小様々だけど実用飼育であり試験飼育でもある。
鷹以外は食用肉と卵の安定確保にあるけど、今のところは飼育の技術育成が主で、これを市販向けの産業として成立させるものではない。まあ、まとまった数を揃えるなら実用飼育から産業飼育に転向したほうがいいのは確かだけど。数百人分の肉を狩猟で集めるとか一苦労なんだよね。
「とのさま!」
「おやくめ、おつかれさまでございます!」
家畜の世話をしている子供たちの笑顔が眩しい。今年は花火を二回も見られたと喜んでくれているんだよね。その分、頑張ると張り切っているみたい。
夏場は直射日光が厳しい季節だけど、笠を被って手拭いを首から下げて働いてくれている。笠はイグサの茎を編んだ網代笠という、元の世界だとお遍路さんが使うような形のものだ。これは牧場の年配者が編んでくれたものらしい。
「オレも手伝うよ」
「はい!」
子供たちと一緒に作業をする。肉体労働は大変だ。ただ、これはこれで気持ちいい汗をかける。
元気がない家畜がいないかちゃんと見ているし、エサの減り具合とか、いろいろと覚えることがあるんだけど、本当によく頑張っているんだよね。
留吉君のように別の才能が開花する子もいる。医師や文官や武官になりたいと励む子もいるけどね。こうして牧場で働いていきたいという子が一番多い。
子供たちには父親を聞かれたらオレの名前を出すように教えてある。これはすでに元服した子も同様だ。氏素性も定かでないというのは、元の世界で戸籍もないような扱いになる。この子たちには
特に留吉君が公家衆の目に留まったこともあり、御幸前にそう決めた。元々、子供たちや周囲にはそう言っていたんだけどね。子供たちは遠慮するから、きちんと言うようにと命じたんだ。
「とのさま、うみにいかないの?」
「海か。みんなで行きたいね」
「はい!」
流した汗を拭ったひとりの小さな子が、オレを見て海水浴のことを口にした。あれもみんな楽しみにしているんだよね。御幸前に一度行ったけど、もう一回くらいは連れていってやりたい。
「あら、来てたのね」
「うん、ちょっと時間が空いてね」
子供たちと楽しく仕事をしているとプリシアに見つかった。オレンジ色のウェーブのかかった髪を後ろでまとめているラテン系美女だ。久遠諸島で果樹園などを仕切っていたんだけど、リリーが産休に入る代わりに現在は牧場を仕切っている。
「みんな終わった?」
「はい! とのさまといっしょにやりました!」
「よし! じゃ手足を洗ってきなさい。もちろん、我が殿もね」
リリーとは違うけど、プリシアも子供たちとの関係は悪くない。
「じゃあ、いこうか」
「はーい!」
子供たちと一緒に泥が付いた手足を洗うために洗い場に急ぐ。見守るのがプリシアなせいか、アメリカンなカントリーのイメージがふと浮かんで笑いそうになる。
牧場の仕事も増えているので、プリシアもこのまま滞在してもらってもいいかもしれないな。
「つめたい!」
「きもちいいね」
手押しポンプを押して水を出すと、みんなで手足を洗う。井戸の水は冷たくて、夏の暑さで火照った身体には本当に心地いい。
子供たちはいろんな話を教えてくれる。流行っていることとか噂とか。最近だと小さい子にも黒板と白墨で絵を描かせたり、手を叩いて歌を歌わせたりとか、いろいろしているようだ。
ここに来ると、オレは原点を再認識出来る。上皇陛下とか公卿とか公家とか。雲の上のことばかり考えていると、どうしても上を見てしまうからなぁ。
「今日の菓子は水羊羹よ」
「わーい!」
「ようかんすき!!」
頑張った子供たちには御褒美もある。プリシアの言葉にみんな笑顔だ。
変えられる。子供たちを見ていると、そう確信が持てる。
「ねえ、院に子供たちをご覧になっていただいたらどうかしら?」
待ちきれないのか走り出す子供たちのあとをプリシアと並んで歩いていると、唐突にそんなことを提案された。
「ここの子供たちをか?」
「ええ、子供って素直よ。なによりもお喜びになられると思うんだけど」
ああ、ウチのことを知りたいという上皇陛下の話を聞いたということか。なるほど。それもひとつのいい案かもしれない。
「あんまり考えすぎても駄目だと思うのよ。なにも出来なくなるわ。あとは勝手に考えるわよ」
プリシアらしいなぁ。ただ、そういうのもひとつの手なんだよね。
「あの子たちこそ、未来そのものだもの」
優れているものや必要なものばかり見せるよりはいいかもしれない。どこまでも高く澄み渡る青空を見ているとそう思えた。
やっぱり太陽の下で働くのはいいね。いい考えが出てくる。
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