第1463話・誰が為に花火は上がる

Side:山科言継


 夕刻となると役目で宴におらなんだ内匠頭が到着したとか。公家衆の中には院がおわす場より重んじる役目があるのかと憤りを囁く者もおったが、近衛公に睨まれておった。


 院をお迎えしてのほまれあるこの祭りを恙なく行うために働く。おかしなことではあるまい。自ら役目のために励む者を院がご不快に思うことなどあり得ぬというのに。


 まあ、それはよい。気になるのは、織田との話が上手くいっておらぬように見えることか。


 近衛公は尾張にいかほどまで求めるつもりなのか。この国のみをあまり重用すると畿内の者らが面白う思わぬのじゃが。


 豊かなこの国を羨んでおるのか? されど、内匠頭や弾正のおるこの国を都で真似ることなど出来まい。無理押しをして新たな戦となることを院が懸念されておられること。近衛公は承知なのであろうか?


 尾張が献策した図書寮の再建。あれは良き策を思いついたものよと、吾もただただ驚いた。内裏の修繕を先にと言い出した吾が言えることではないが、あれならば皆に利があり、誰も争わず苦境の公家を救うことが出来る。


 かようなありがたい申し出の価値を何故、皆は理解せぬのか。


 家伝、口伝は出さぬ。かつての荘園を返せ。成り上がり者が。かような恨みつらみを口にする者すらおる。嘆かわしいの。


 大樹ですら尾張の味方をしておる様子。政すら近江の観音寺城で取り計らうという。言い換えると都では大樹の望む政は出来ぬと言われたも同然。何故、このことを皆は考えぬのか。


 吾はあまり武家に深入りしとうないのじゃが、弾正と内匠頭とは帰京する前に話をせねばなるまいな。院や主上は朝廷が尾張を苦しめるのではと案じておられる。誰かが話をして院と主上の意に沿うように動かねばならぬ。


 困ったものじゃの。




「内匠頭、役目大儀である」


「はい、なんとか万事うまくいきそうでございます」


 内匠頭が姿を見せると場の様子が変わる。院が率先そっせんに労いのお言葉を掛けられたことに驚く者すらおる。いかにやら院も気付いておられたようじゃの。公家衆の不満を。


「今宵はそなたの流儀だとか」


「はい、ご用命とのことで支度を致しました」


 城の庭には焼き場が作られておる。御前で焼いて冷めぬうちに召し上がりて戴けるようじゃ。あらかじめ久遠の流儀や料理をと望んでのこと。院から望まれねば、都と変わらぬものしか出せぬかもしれぬからの。


 前年の行啓で趣向を凝らしたことを聞き及び、楽しみにされておられたのだ。


 それにしても、毒見をしておる間も冷めぬように焼き場で温めておくことで、院には熱々のものをお召し戴けるか。尾張では冷めた飯はあまり好まれぬからの。


 公家らは皆、豊かな尾張に羨みの目を向けるが、かような配慮をしておることにあまり目を向けぬ。


 内裏では尾張が親王殿下に献上した温めることが出来る膳にて、即位されて以降も主上は温かいまま召し上がることが出来るようになられた。


 かような心配こころくばりは本来、吾らがせねばならぬというのに。


 久遠の知恵というのは分かる。されど膳などは、日ノ本の者でも知恵を絞り考えられたものではあるまいか。


「ほう、温かい魚というのは、かような味がするのか」


 熱々のまま院が口にされた魚はやはり熱かったのか、口の中で冷ますような仕草をされたことで周りの者が少し慌てる。されど院は拝見したこともないほどお喜びになられ、その味を噛みしめておられる。


 公家衆よりも尊皇の志がある男が現れた。今こそ公家という者らの真価が問われておるのではと思えてならぬ。


 いかになるのやら、吾になにが出来るのやら。




Side:久遠一馬


 今夜はバーベキューだ。上皇陛下と招待客には昼頃からのんびりと宴をしていただいていたけど、夜は思い切って庭でバーベキューにした。


 個別にいろいろ報告は入っているけど、まあ、今日は素直に花火を楽しんでほしい。


 野菜もバーベキューだと美味しいんだよね。ソースも肉とか使っていない特製ソースを用意した。魚介と雉や鴨の肉、それとジャガイモとかもおすすめだ。


「黄門様、いかがでございますか?」


「美味いの。温かいものを温かいまま出す。そなたの心配りに痛み入る」


 昼間いなかったので、あちこちに挨拶に出向く。山科さんのところにも挨拶に来たけど、少し表情が冴えない。うーん、この人の報告はないんだけど。上手くいっていないことでも聞いたかな?


 心配り。確かにそうだけどさ。そこまで感慨深げに言われるとどう答えていいか悩む。


「新たに即位された主上におかれてもな。内裏で温かいものが食膳しょくぜんのぼるようになったとお喜びじゃ。こういう気遣いをする者がおらなんだからの」


 ああ、親王殿下に献上した温められる膳、役に立っているのか。良かった。そういう報告は入らないんだよね。なかなか。


「そろそろ刻限でございます」


 さあ、花火の時間だ。この瞬間だけはみんなで夜空を見上げる。


 ワクワクするのはオレも変わらない。


 ちなみに打ち上げ場所は武官と警備兵が厳重に封鎖している。なんか花火の技を盗もうとする間者が出没しているんだよね。数年前から。


 空に昇る一筋の光。そして一気に開く花を、上皇陛下も静かに見上げていた。


「ああ……」


 声にならない声を上げた上皇陛下が、神仏に祈るような仕草をなされる。


 ちゃんと説明しているはずだよね? これ人の技だと。決して神や仏の御業ではないと、昨年の行啓からオレ自身も何度も説明しているんだけど。


 まあ、いいか。花火の楽しみ方は人それぞれだ。


 一発ずつ上がる花火と温かい料理で、一夜の夢を楽しんでほしい。意見が異なり対立することもある。だからこそ、こうして共に楽しみ夢を見ることは必要だと思う。


 話せば分かるなんて夢想を言うつもりはない。でもね、争いの先にあるモノを共に見られる僅かなきっかけにはなってほしい。


 オレ自身は上皇陛下に花火をお見せすることが出来て、肩の荷がひとつ下りたなと思う。


 オレも花火を少し楽しもう。




◆◆


 永禄元年、津島天王祭の花火を後奈良上皇が観覧されている。


 譲位と御幸は後奈良上皇の尾張を見たいという願いが発端のひとつであり、この花火も是非見たいという願いがあったからだと一部の資料に残っている。


 例年では一度しか上げぬ大掛かりな花火を二度上げたのも、他ならぬ後奈良上皇のためであったと『織田統一記』を筆頭に尾張側の資料にある。


 ただ、斯波家と織田家は朝廷との関係について悩み、苦慮していた時期でもあり、特に斯波義統が、譲位の際に古来あった三関を封じる『警固固関の儀』を行なったことに怒りを示したのも、この花火見物の席の前であった。


 織田信秀や久遠一馬を信じていた反面で、義統は己の不遇の時代に見向きもしなかった者を信じることに疑問も感じていたらしく、朝廷との軋轢には少なからず彼の前半生の境遇が影響を及ぼしていると考察されている。


 それでも一馬は、花火見物のような交流が朝廷との関係構築の一翼を担うと考えていた様で、出来る限りのもてなしをしている。


 なお、山科言継の『言継卿記』には、公家衆よりも尊皇の志のある一馬に感心しながらも、自分たちの不遇と現状を嘆くばかりの公家に対する不満も書かれている。


 これ以降、朝廷や公卿公家衆もまた時代の変わり目に悩み、苦慮する様子が『言継卿記』には幾度となく書かれている。





◆◆

注意・官位が変更になっています。

一馬=内匠助→内匠頭

信秀=内匠頭→弾正大弼。作中では「弾正」とします。

山科言継=内蔵頭から権中納言。作中では「黄門」呼びます。

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