第1462話・花火を前に

Side:久遠一馬


 いろいろ大変だったなぁ。騒ぎを起こして捕縛された人もそれなりにいる。多くは領外の人だけど。


 領民同士の喧嘩程度ならば、大怪我がなければお説教をして帰す。あとは牢屋に入れるので花火は見られないだろう。


 巡回途中で堺の元商人がいたことには驚いた。屋号やごうは変えていたが、名前に聞き覚えがあったんだ。それなりの大店だと忍び衆が追跡調査をしているからね。


 押し買いをしていたのと、堺の商人は絶縁時に織田領への入国禁止を通達していたので警備兵に引き渡した。あとは警備兵で詮議を経て、守護様である義統さんの裁定に逆らった者を、どうするか裁きで決めることになる。


 一応、使者ならば入国を許可して話だけは聞いているが、それ以外は当然違法だ。今回の場合は名前を偽って不正入国した上に、守護様への抗命罪になるだろう。


 堺の商人との絶縁は義統さん名義で斯波家が行なったものであり、入国禁止などは評定で決めたことだ。オレが個別の処分にまで口を挟むべきじゃない。そもそもこの手の裁きに関して、オレはあまり関与していないんだよね。


 この時代の武士の法律でもある御成敗式目を基本として、この時代の判例などを参考に刑務奉行である稲葉さんが処罰している。重要案件は信秀さんや義統さんが判断するが、今回の商人程度だとどうなるかはオレも知らない。


 元の世界の価値観でオレが口を出しても、いいことなんて一つもないと言えるだろう。ただ、三好の長慶さんに、尼崎だろうが何処に移っても堺の商人がゆるされる訳ではないと、一言告げておこう。


「そうですか。分かりました」


 そんな仕事を終えて上皇陛下たちがおられる勝幡城に来たんだけど、とうとう義統さんが近衛さんに本音を明かしたと信秀さんに教えられた。


「わしやそなたはまだいいが、守護様は矢面に立たされておられたからな」


 風向きが変わったのは、やっぱり北畠晴具さんの一言なんだよなぁ。六角の義賢さんは管領代として義輝さんの側近という立場もあるので、あそこまで明確に朝廷に意見を言えない。ところが北畠家は言えるだけの権威がある。


 斯波家としてもあの一言は本当に大きい。


「正直、献上だけならいいんですけどね。私としては。困るのは褒美と称して官位を与えようとすることでしょうか。立場上、致し方ないと分かっておりますが……」


 朝廷と皇室の価値を考えると献金は決して無駄じゃないし、個人的には賛成なんだよね。ところが対価を与えないと面目が保てないからと、官位をどんどん与えようとするから困る。


 権威で世の中を治めている時代だ。成り上がりの新興勢力と言っていいオレたちに首輪をはめるためにも、官位を与えて自分の権威の下に置きたい気持ちはよく分かる。


 ただ、公卿・公家・寺社・武士と雁字搦めにされている朝廷に、深入りさせられるのは迷惑でしかない。


 あとこっちの事情として統一にあんまり朝廷の権威が関わると、朝廷改革をする段階になって抵抗しそうな気もするんだよね。


 まあ、朝廷と軋轢あつれきが生まれるくらい大きな勢力になったということだ。こればっかりは仕方ない。晴具さんも言っていたけど、本音で話していくしかないだろう。


「しかし、警固固関の儀ですか。あれはまずかったですね」


 朝廷との懸念は、すでに終わっている譲位に関してだ。


 義統さんを怒らせた原因のひとつは、関所の封鎖をする儀式だ。どうも形式だけやって実際には封鎖はしなかったようだけど、あれ東国を締め出すような儀式だからなぁ。


 評定でも問題になったんだよね。


 無論、先例を変える難しさは誰もが理解しているので騒ぐ人はいないけど、評定衆は今回の譲位のためにみんな頑張ったのに、いざ譲位が始まると、お前たちは蛮族だから信じられないと外されたような気持ちになって残念に思っている人はいる。


 おかげで譲位の詳細は家中に公表をしないことになった。どんな儀式を行うんだろうと知りたいという人が結構いたんだけどね。


 近江以東の関所を封鎖してやる譲位でしたとなると、今後の朝廷との関わりにまで影響しかねない。


「朝廷は図書寮と、今回の譲位を基に次の譲位をいかがするのか考えていただくことくらいで現状はいいかと」


「いずれにしろ恨まれるなら捨て置いてもよいが……」


「伝手は残したほうがいいでしょうね」


 信秀さんもだいぶ怒っているらしいね。この時代の人なのに朝廷を捨て置くとか考えるなんて、相当な覚悟と怒りだろう。朝廷の権威がすべての根源で絶対と振る舞うのが正道せいどうだから。この時代の人にとって。


 ただなぁ。かつての管領には即位の資金を出さなかった人もいる。朝廷と付き合うと、多かれ少なかれ交渉と表に出ない政争があるんだろう。


 公卿と公家もね。公卿家は暮らしに困らない程度の荘園がかろうじて残っているところが多い。困っているところは寺社と繋がって銭を得たりもしているようだけど。


 公家に関してはピンからキリまでのようだけど、体裁を守れないレベルで困窮している人が少なくない。趣味と称して野山を歩き山菜を採ったり、釣りをして暮らしているなんて話もあるほどだ。


 武士は落ちぶれたりすると帰農することがあるけど、公家とかはそういうことをしないからなぁ。


 荘園を奪ったほうも悪いし、奪われたほうも悪い。正直どっちもどっちなんだよね。長い歴史の末の現状だから。


 図書寮はそんな人たちに糧を与えるための策でもあったんだけど。実利も実害もない歴史と伝統のお仕事。あれならどの勢力も許容範囲だろうからね。


 エルたちとも相談していることだけど、伝統を変える覚悟と決断が出来ないうちはオレたちもどうしようもないんだ。極論を言うと。


 言い方は悪いけど、付かず離れず。生かさず殺さず。義輝さんを通して、食える程度の献金を行なって様子を見るしかないと思う。


 公卿も公家も知識層なんだけど、家伝とか口伝の継承はしても実務経験なんてないしさ。ご主人様と家畜くらいの身分差がある人たちなんだ、こちらとしてはどうしようもない。


 直接口を利いただけで無礼だと言われるような身分社会で、上の者が困窮して下の者が裕福になる。この歪でありながら、汗して働いた者が金銭的には報われても、上に行けずにさげすまれる社会構造が問題の根源にあるんだ。


 そもそも朝廷が変わろうとしても、寺社とか畿内の勢力があれこれと口を出したり邪魔したりする可能性もある。


 近衛さんには少しでも朝廷内の意識を変えるようにお願いするしかないかな。かなり回り道になるけど、朝廷と都をどうするのか。きちんと考えてほしい。偉い身分があるんだからさ。


 現状の尾張だと、朝廷の権威と、豊かになったシステムはまったくの別物だしなぁ。


 ただまあ、今の公卿や公家を責めるのは少し可哀想な気もする。何世代も変えることを許さない。変えないという伝統を重んじて今まではなんとか朝廷を守ってきたんだ。僅か数年の成り上がり者の言うことを聞いて変えるなんて、正気の沙汰とは思えないと考えるのが自然だ。


 未来なんて誰にも分からない。無論、オレたちにも。元の世界の歴史や、ギャラクシー・オブ・プラネットの知識と技術でおおよその確率で先を見通せているだけだ。


 なにを残してなにを変えていくべきか。細かく上げるとオレとエルたちだって意見に多少の相違はある。


 寺社のように焼き討ちにするわけにもいかないしね。朝廷だと。


 ほんと難しいよ。



◆◆

注意・官位が変更になっています。

一馬=内匠助→内匠頭

信秀=内匠頭→弾正大弼。作中では「弾正」とします。

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