第1461話・津島天王祭

Side:久遠一馬


 お祭りはいつ来てもいいなぁ。活気があって笑顔がある。


 あちこちに顔を出して声を掛けるのもオレの仕事だ。もちろん、津島神社が主体の祭りだから出過ぎた真似はしないけどね。ただ、花火大会があると人出が激増する。諸問題が起こるのはどうしても避けられない。


「屋根にあんまり人を乗せないようにね」


「はっ!」


 少しでもいい位置で花火を見ようと、屋根に上がって見ようとする人がいるんだ。今年も数軒の家の屋根で花火を待つ人の姿が見えるけど、落ちる人とか下手すると家が倒壊することもある。ここらの家とか、そこまで丈夫じゃないところ多いからね。


 さすがに禁止まではしていないけど、注意喚起はするように命じている。


 そうそう、院と公家衆は勝幡城で宴をしているはずだ。出歩くことも想定していたけど、宴で大人しくしていてもらうことにした。万が一ということはどうしてもある。こちらとしてはなるべく問題が起きない方向に誘導するしか出来ないからね。


「久遠様! これ召し上がってくださいませ!」


「ああ、ありがとう」


 ただ、オレが歩くとあちこちから貰い物をする。同行している家臣がその都度、お金を払いつつ、差し出してくれたものは断らないことにしている。


「あら、美味しいじゃないの」


「ははっ!」


 今日のお供はジュリアとセレスだが、ジュリアが一口頬張り、感想を口にすると、屋台の店主は満面の笑みで喜んだ。


 オレも食べるが確かに美味しい。でも、二口か三口頂いたものを食べると、あとは家臣と侍女さんたちに残りを食べてもらう。行儀が悪いけど、貰い物が多すぎてそうでもしないとお腹いっぱいになっちゃうんだよね。


 回し食いなんて学生みたいだけど、ウチの家臣の皆さん。あまり気にならないようなので、みんなで喜んで食べている感じだ。


「屋台の料理は年々変わっていますね」


「そうだなぁ」


 次に頂いたものはセレスの好みだったらしい。明らかに表情が変わる。調味料もそこまで安くないんだけどね。醤油や味噌が使われた料理が当然のように屋台で見られるようになった。


 米・麦・蕎麦・肉・魚・野菜などなど、いろんな素材を上手く使って試行錯誤しているのが分かる。


 市や屋台で働く子供たちの姿も見えるなぁ。もともと子供も働き手として使う時代なので特に目新しさはないけど、孤児院の子供たちがウチの屋台を出して、リリーが屋台で何も買えない貧しい子供たちを臨時で雇うようになって以降、子供たちがお祭りで働く姿が見られるようになった。


 子供たちもお祭りで働くことで神仏に仕え、大人はそんな子供たちを使ってやることで神仏を祀るお祭りに貢献する。そんな意味合いがあるそうだ。


 誰が考えたか知らないけどね。


「やるのか!!」


「鄙者の分際で!」


 ああ、またか。お祭りになるとよくある光景だ。領外の人と、領民とのいざこざ。


 領外の人はどっかの行商人だろうな。また悪銭と鐚銭の問題か? これほんとよくあるんだよね。


 一応、行商人からは受け取るように命令を出しているけど、領民は嫌がるんだよね。小規模の屋台の人には、終わってから良銭と交換する機会を設けているけど、もとから受け取りたくないのが当然だから。


 それに畿内訛りがある人は横柄だからと嫌われる傾向にある。今までどんだけ上から目線でいたんだと頭を抱えるレベルだ。


 ただ、オレたちが出るまでもなく誰かが呼んだ警備兵が間に入って仲裁している。


 地域間の格差や認識の違いは、オレたちが来る前から大きかったのだと実感させられる。まあ、そんなものだろうけどね。元の世界だってなくならなかったものだ。


 さて、ウチの屋台を見に行こうか。みんな頑張っているかな?




Side:津島の商人


 一年でも一番忙しい。花火見物をする者らで町を歩けぬほど人が集まる。


「ほう、わしを愚弄するとためにならぬぞ!」


 商いをせねば津島の面目に関わるかと励んでおるが、幾度同じことがあったであろうか。あり得ぬほど安い値で品を売れと押し買いをしようとする。


 売らねばためにならぬ。こやつの町の商人すべてが敵に回るぞ。後ろ盾の寺社も許さぬ。聞き飽きた口上に嫌気が差す。


 嘘かまことか石山本願寺に連なる寺社からのご用命だとか言うが、知らぬわ。


「本願寺は願証寺が仲介をして商いをしておられる。そなたのことなど聞き及んでおらぬわ。その書状が本物か願証寺に行きあかしてしてもらえ」


「わしを疑うとは、いかなる所存だ!!」


 偽物か石山本願寺も知らぬ間に連なる寺が勝手をしたか。いずれにせよ、領外に売るにはしかるべき身元が確かな相手でなくば、わしがお叱りを受けるのだ。


 家人に警備兵を呼びに行かせる。織田様は口うるさく商いに口を出すが、手厚く守ってくださる。かような厄介な商人や寺社の相手はすべて織田家で行なってくださるのだ。


「凄い賑わいですね。商いのほうはいかがですか?」


 慌てるように出ていった家人と入れ違いで入ってこられたお方様に、わが目を疑う。


「こっ! これは内匠頭様、おかげさまで繁盛しております。ただただ、しばしのご容赦ようしゃを。こちらの者が……」


 上皇様や公家衆が来られておるというのに、このお方様はまだ町を自ら歩かれておられるのか。かのような誉れの場に出ずに働いておられるのか? 信じられぬわ。


「内匠頭……」


 わしを殺してやると言わんばかりの男の顔色が悪うなった。まるで逃げ道を探すように視線が動く。


「貴方は堺の商人だった者ですね? 尼崎に移ったようですけど、どこに移っても貴方との商いはこの国では許されません。早急に出ていってください。名を変えてもこちらは分かっているのですよ。さもなくば捕らえます」


 なんだと!? 畿内訛りがあると思うたが、堺の商人だった者か!? 


「知らぬ! 堺など知らぬ!!」


「堺でそれなりの大店だった商人は、すべていずこに移ったか知っています。得体のしれない南蛮人に、我が妻を売り渡そうとした者らを私は決して許しません」


 男が否とうそぶこうと、ご家来衆が捕らえてしまわれた。


 顔が真っ青だ。このお方様はいつもと変わらぬ穏やかなお顔をされておられるが、それが余計に恐ろしいのであろう。


「警備兵に引き渡してきて」


「はっ!」


 商人とその連れは暴れることも出来ずに、皆、連行されていく。


「困るんですよね。素性を偽って商いをする者は。ご苦労も多いでしょうが、商いに励んでください」


「はあ……」


 ようあることだ。それは内匠頭様も同じなのであろう。わしに労いの言葉をくださるとそのまま店を後にされた。


 上皇様と同席する誉れより、我らの商いを案じてくださるのか。涙が出そうになる。


 かようなお方様ゆえに、尾張の商人は阿漕な商いを止めたのだ。


 皆が商いに困らぬようにとお心を砕いてくださるからな。




◆◆

注意・官位が変更になっています。

一馬=内匠助→内匠頭

信秀=内匠頭→弾正大弼。作中では「弾正」とします。

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