第1459話・支える者

Side:久遠一馬


 津島天王祭を前に上皇陛下は近くにある勝幡城に入られた。この城は貴人の花火見物に便利なんだよね。上皇陛下をお迎えするに際して、多少の手直しと準備をしてある。


 上皇陛下の移動は輿だ。下手に変えてトラブルがあると責任問題にもなるし、変える必要性もあまりない。


 移動自体が警備のために街道を封鎖に近い規制を掛けているので、前乗りでの移動をしてもらった。


 お忍びで祭り見物に出向かれることも考慮しているが、そこらは当日にならないと分からないことだ。正直、警備を考えると止めてほしいが、一生に一度の思い出かと思うと止めることは難しい。


 尾張南部で言えば、数日前から遠方の見物客が来ていて人は増えている。清洲城は今の領民に限定して大手門を開放しているので、清洲城と時計塔を見学して、那古野の工業村の外にある銭湯町でお風呂に入って高炉の煙突を見る。


 そのまま蟹江・熱田・津島とめぐり、熱田と津島では両神社をお参りするのが定番だろう。


「殿、いかが致しましょう」


 オレも前乗りしたいところだけど、仕事があるんだよねぇ。孤児院の子供たちは前日である今日津島に行くのに。


 湊屋さんの息子である儀介さん。彼の報告は、駿河・遠江・信濃の商人からの謝罪や嘆願などだった。


「手間ばかりが増えて申し訳ないけど、例外は認めない。織田家としての処分は評定で決めるし、ウチとしては安易に許すつもりはないよ」


 抜け荷をした商人が、処分を知り慌てて謝罪と嘆願に来ている。ウチだと儀介さんが窓口になって応対しているんだよね。


 ウチもそれなりに偉い身分となっているので、応対する人を限定出来る。儀介さん、二十代半ばで働き盛りだし、ウチの商いの中核として頑張ってくれている人だ。もっと下の人でもいいけど、一応、重臣である湊屋さんの嫡男である儀介さんが応対している。


 後ろ盾の寺社の書状とか持参している人もいるけど、ほとんどの場合は、その後ろ盾の寺社も処罰対象だしさ。基本的に今までと同じくらいの暮らしが出来る甘い処罰にしてある。数年はウチの商品を扱えないのは、こちらのお願いを聞いてくれた人に対するけじめになるので譲れない。


「それより、蟹江の商いはどう?」


「はっ、相も変わらずでございまする。奥方様方の目配めくばりのもと御家おいえ勘定かんじょう衆が差配せねば上手くいかぬのは変わらぬかと」


 東日本の中核港になっているからなぁ。蟹江。津島や熱田との連携を含めて、商人組合を作って試しているものの、未だウチが差配している現状だ。


 まあ、これは仕方ない面もある。主要商品に多かれ少なかれウチが関与しているからね。


「少しずつ人を育てていくしかないからね。大変だろうけどお願いね」


「畏まりましてございます」


 お願いを聞いてくれた商人は織田領となることで商機が広がる。一方、今川や武田に従い抜け荷をした商人は商機を失う。これ実は商人や後ろ盾の寺社の力関係とか、地域間の対立とか、面倒な背後関係がある。


 統治していく以上、そういうものに対する配慮が必要ではという声は織田家中にもある。でもね、こちらの要請を軽んじた人に対する報復が甘いという声もあるんだ。


 信賞必罰。これをはっきりと示して、あとは飢えるほど締め上げてないんだ。状況の変化や力関係の変化は仕方ない。


 そもそも寺社に対しても商人に対しても、今までのように各々で勝手に商いをすることは出来ないという織田の方針に従ってもらわないと困る。価格安定には相応の苦労と費用が掛かっているんだ。抜け荷とかする人に品物は売れない。


 無論、従わずに独自で商いをするという選択肢もあるにはある。ただし、それを選ぶと価格安定のために領内に流通させている品物の扱いを禁止することなど、織田の恩恵による商いには参加出来なくなる。


 他国の商人と同じ扱いだね。


 駿河の商人や一部でそれも検討しているらしいけど。まあ、上手くやれるならそれでもいいはずだ。こちらの法を守るなら、好きにするといいと思う。




Side:湊屋儀介


 殿のところから下がると、一息つく。


 まっとうな商いをすれば数年で許すということであるが、それでも殿のお怒りを買うた商人となると今後に障ると慌てておる者が多い。せめて『許す』のお言葉が欲しいようであるが、殿は左様なお言葉を与えることをせぬようだ。


 父上に言わせると運が悪かったということだ。いささか同情もするが、安易に許せぬ殿のお立場も当然ある。


「今川家と武田家が慌てるほどだからな」


 我が殿のお怒りを買うと困ると、今川と武田が慌てておった話はわしにまで届いておる。正直、仕えておると穏やかで決して無理を言わぬお優しい方としか思えぬ。家中でも殿が怒った姿を見た者は僅かしかおらぬ。


 わしが聞いたところでは、美濃に行った際に目の前で幼子を斬ろうとした斎藤飛騨守を斬り捨てたことなど僅かしかない。


 商いも変わった。敵であろうが味方であろうが売るという、商人のやり方はすでに通じなくなりつつある。


 領内の民を富ませることで国を富ませる。かようなことを考えたお方が他におろうか?


 今年に入り、我が家はとうとう大湊での商いから手を引いた。長年仕えておった者に譲ったのだ。すでに一族の主立った者は久遠家に仕えて商いを支えておる。そちらまで手が回らなかったというべきであろうな。


「あら、来てたのね?」


「はっ、お身体は良いようでございますな。安堵致します」


 蟹江に戻ろうかと思うておると、屋敷の中で絵師の方様に偶然出くわした。ご懐妊されており久しく会うてなかったが、息災そうなご様子に安堵する。


「無理をしちゃ駄目よ。貴方が出来ても他の者が出来ないことは多いのだから」


「心得ておりまする」


「そうだわ。さっき作った菓子をあげるから、戻ったらみんなで食べて」


 忙しい身だと、つい夢中で励んでしまう。されど、御家ではそれを止められる。わしは良いが、他の者が困る。皆で力を合わせて励める体制をつくる。なんとも難しきことだ。


 しかし、我が家は立身出世したな。馴染みの商人からは羨む声も聞かれる。


 そもそも父上は立身出世を望んで尾張に来たわけではないがな。かつてより少し美味い物を食いたかっただけだ。


 当時、真相を知る者は呆れておったが、結果として立身出世を果たしたのだ。なんともおかしなものよ。


 そんな父上もそろそろ歳だ。殿やお方様がたからは、少しずつわしも父上の役目を学び継ぐように言われておる。


 隠居はまだ先であろうが、わしも父上に少し楽をさせたいのでな。励まねばならぬな。



◆◆

注意・官位が変更になっています。

一馬=内匠助→内匠頭

信秀=内匠頭→弾正大弼。作中では「弾正」とします。

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