第1458話・進む領内と懸念
Side:久遠一馬
山科さんから上皇陛下にロボの子たちをご覧いただきたいと相談されたんだけど、ちょっと困るよね。犬に身分なんて分かるはずがない。ウチの子たちは躾してあるけど、それでも動物に慣れていない陛下が相手では吠えるくらいはあるかもしれない。
こちらとしては吠えたりしても、罰を与えるなどしないと事前に約束してもらえるならいいとしか言えないけど。
一メートルほどは離れた場所からご覧いただくのが限界かな。
悪い人じゃないんだけど、山科さんの中心はやはり朝廷であり帝や上皇陛下なんだよね。下々の者が困ることとかあまり考慮してくれない。
まあ、これは仕方ないことでもあるけど。オレたちだって朝廷より尾張を重視しているし、それぞれに立場があるんだから。
ただ、あの人はまだこちらに内々に相談してくれるのでいいんだけど。中には宴の席などで酔っぱらうと愚痴をこぼすように要求する人がいる。
公家なんかだと自分たちはかつて祖先が乗っていた牛車にも乗れないのに、尾張では武士や童が馬車に乗って羨ましいとか。そこまで露骨じゃないけど、ほしいと言いたげな人は何人かいたね。
義統さんを筆頭にこちらは聞き流しているけど。そもそもあれはウチで尾張に持ち込んだ技術だ。どうしようとウチの勝手だという扱いになっている。
権威で馬車の価値を上げるなんて冗談じゃない。そんなことしたら普及させられなくなるだけだ。
それに馬と馬車の維持。安いわけじゃない。下手な人に贈ると維持費もこちらが持つことになりかねない。嗜好品とかならまだいいけどね。今後の発展を思うと、身分で使えるモノを制限するのはなるべくなくしたい。ウチが持ち込んだものに限っては特に。
「うん、いいんじゃないかな。各奉行で検討してもらおう」
「はっ」
資清さんたちが、信濃・駿河・遠江における伝船伝馬の体制構築の素案をまとめてくれた。現地の細かな事情をそこまで考慮していないので、あくまでも素案だ。とはいえこれだけは早急に整備したい。
さらに三河や遠江・駿河は、海運を整えるための港の整備も必要だ。遠州灘など難所があるものの、伊豆半島の手前まで織田領になったことで航路の選択肢の幅が広がる。関東行きは沖乗りで黒潮に乗るのが一番早いのは変わらないけどね。帰りは沿岸を帰ることでもいい。
とにかく新領地の流通を良くしないと負担にしかならないからね。
あと三河の情勢が完全に安定したので、三河に牧場を作ることを計画している。場所は西三河を任されている信広さんに候補地の選定を頼むつもりだ。案外、東三河の広忠さんと相談して『東三河の
「こっちも上手くいっているな。良かった」
そうそう、報告書は知多半島のものもあった。トマトやトウモロコシなどの栽培を始めたところの報告だ。トマトは瓶詰にするのでそっちに向く品種で、トウモロコシも乾燥保存させる品種を多めにしてある。
あとは牧場で植えているものを幾つか試験栽培もしているんだけど、環境の違いによる生育の違いや失敗もあるものの、概ね上手くいっている。
ただ、孤児院出身の家臣が拝まれることがあるようで困っていると報告もあるけど。現地で上手くやっているようでなによりだ。
「エル、これどうしよっか?」
報告には悩むものもある。工業村と蟹江では限定的ではあるものの、鉄道荷車と呼ぶトロッコが実用化している。動力が馬なのであれだが、少なくともその二か所においては経費以上の実用性がある。
今回の報告は鉄道馬車についてだった。工業村内で試作と試用をしているんだけど、実用に耐えうる工業村製鉄道馬車が出来ており、職人や高炉の人足の人たちの評判もいい。
「これは初めて設けるなら清洲でしょう。ただ、利益になるか怪しいところでもありますが……」
鉄道馬車を敷く上で考えるべきことは、レールの盗難と、利用者をどうするかだ。庶民の移動手段は基本徒歩だ。江戸時代でおなじみの
庶民向けの
清洲辺りだと城勤めの武士や僧侶もそれなりに多い。商人もお金を持っていて鉄道馬車を設けると利用してくれそうなんだけどね。
「懸念は院と公家衆かな?」
「はい……」
エルの表情も芳しくない。武士よりも公家のほうが文化の違いに敏感なんだよね。あんまり刺激したくないのが本音だ。
「それもねぇ。どうしたもんか」
『下手に朝廷を、変える。
「某、思うのでございますが……」
困ったねとエルと顔を見合わせていると、資清さんが口を開いた。珍しいね。朝廷のこととか畏れ多いとあまり意見を言わないんだけど。
「まずは無事に終わった譲位について、次のために考えていただくというのはいかがなものでございましょう?」
資清さんの意見にエルが驚いた顔をした。それ、実はオレたちも検討はしているんだよね。資清さんにまだ話してないけど。
譲位、九十一年ぶりのことだったんだよね。しかも応仁の乱以降の混乱で公卿ですら暮らしに困る有様。こちらには聞こえてこないけど、相応に苦労と問題もあったはずなんだ。
そこから整理して次代の譲位のために考えてもらうという案もある。まさか資清さんが同じことを考えるとは思わなかったけど。
「それ、オレたちも考えたんだよね。やっぱりそれがいいかなぁ」
「ひとまず無事に終えたことを次の時のために考えるとしたほうが、時は稼げるかと愚考致しまする」
確かに、すぐ影響が出ないことから考える体制を構築してもらうべきかもしれない。近衛さんたちには、ちょうどお金のことを学んでもらっているしね。
次の譲位のために反省と検証をしてもらい、可能なら備えるのもしてくれるといいけど。懸念と言うか課題は、そういうノウハウがあるか疑問があるところだ。
基本的に受け継いできたことを変えないようにしている人たちで、仕方なく簡素化はするけど、望んでやっているわけではない。
変えることに対する心理的な抵抗は想像も出来ないほどだ。ただまあ、関われば関わるだけデメリットが増える相手だ。様子を見てこの件を話してみてもいいかもしれない。
鉄道馬車は内々に検討をして、評定で相談するかぁ。まあ、上皇陛下が戻られたらやってもいいとは思うし。
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