第1454話・初夏の茶会

Side:久遠一馬


 位階が従五位となり殿上に上がれる身分となった。この影響、実は大きいんだよね。公卿や公家でも従五位を境に天と地ほどの差がある。これでようやく上皇陛下と堂々と会える身分となったとも言える。


 そんなわけもあって、この日は上皇陛下との茶会をすることになった。義輝さんも少し城に籠ることに飽きていたしね。


 先日の官位受領の宴もそうだったけど、オレたちは誰も上皇陛下に不満があるわけではない。近衛さんたちはそのことに安堵しているようだと報告を受けた。


 まあ、彼らには彼らの立場と価値観がある。晴具さんではないけど、本気で意見をぶつけないと駄目なんだろう。


 季節は梅雨も明けて初夏だ。少し日差しが強いので天幕を張った中での野点になる。今日は上皇陛下や公家衆と、義統さん、晴具さん、義賢さんに招待客などを交えた茶の湯でのお茶会だからね。


 吹き抜ける風の音と木々が揺れる音、少し遠くから聞こえてくる人々の営みの音。なんとも心地いいものだ。


 ちなみにお茶を点てているのは義輝さんだ。でもさ。この作法って、ウチで使っているものだよね? 侘び寂びを基にした狭い茶室と堅苦しい作法を、虚偽きょぎ壟断ろうだん温床おんしょうだんじて、茶人を崇めるような形を排除したものだ。


 オレあの侘び寂びの作法、あんまり好きじゃないけど。好きじゃないなら好きなようにやればいいとシンディが考えたんだよね。


「大樹、珍しき作法に見えるが……」


「久遠の作法でございます。少し縁を得た者に習いました」


 二条さん、菊丸として出歩いていること知らないからなぁ。いきなり知らない作法でお茶を点てる義輝さんに驚いている。菊丸としている時はわりと暇があるのでシンディに習っていたんだろうなぁ。


 あんまり権威付けとかしてほしくないんだけど、義輝さんなりにウチの作法を使うことで、必然的に久遠家の立場を守ろうとしてくれているんだろう。こういう知恵、ほんと最近よく回るようになったなと思う。


「なるほど。紅茶もまた久遠流であるからの」


 紅茶は完全にウチの飲み方が主流だ。みんなに配って一緒に飲む。京の都だと椅子とテーブルがないので床に座って飲むらしいけど、歓談しながら楽しく飲むのが流行らしい。


「内匠頭、何故、そなたらは皆に秘伝を教えるのか」


 お茶を飲んで一息つくと、上皇陛下からお声が掛かった。そういえば、尾張に来られてから直にお声が掛かったのは初めてだなぁ。


 近衛さんたちに少し緊張が走った気がする。


「教え伝えることで得られるものもございます。また失うものも。当家もすべてを教えておるわけではございません。当家と尾張、双方に良きことが多いと判断したものから教えております」


 まあ、不思議なんだろうね。公家衆もどちらかというと同じような疑問があると言いたげな顔をしている。この時代だと一子相伝というのが当然で、家伝の知恵や技こそ秘匿して守り抜くからなぁ。


 ただ、それだと国が発展しないんだ。


「今少し申し上げると、明や天竺、南蛮などは決して気を抜いていい相手ではございません。今より大きく速く走れる船が造られるようになると、かならず争いになりましょう。その時のために国を豊かにして強い兵を整えなければとは思っております」


 いつの間にか、しんと静まり返っている。


 考えないわけじゃないんだろうけど、現実として脅威が見えない以上は身近な争いが中心になるんだろう。そんなところは古今東西あまり変わらないと思う。


 近衛さんたちは不安そうな顔をしているものの、上皇陛下におかしなことは言わないよ。


「人はいずこも変わらずか」


 僅かな会話だけど、上皇陛下はオレの言わんとしたことをご理解されたようだ。時代や世の流れや価値観は変わっても、人の本質はそう変わるものじゃない。


 だからこそ力を蓄え、領土を広げられるこの時代でやれることはやるべきだろう。


 朝廷も、もう少しだけ先の時代と日ノ本の外を見てくれるといいけど。




Side:三好長慶


 この男は……。


 院と公方様を筆頭に公卿や守護が居並ぶこの場を制してしまっておる。まるでこの男を中心に天下が回っておる。そう思えるほど、皆が内匠頭殿を見ておるわ。


 まことの天下人とはかような者のことをいうのではあるまいか? 晴元を知るわしでさえそう思える。


 院と公方様に日ノ本の外の危うさを説き、己の家のために動いておると言い切る。これを許されるものがほかにおろうか?


 やはり公方様がまことに信を置くのは内匠頭殿であるな。公方様もそれをあまり隠すお気持ちがないらしい。斯波も織田も六角も北畠もそれに大きな異論はないと。


 新たな世をなどと公方様が言われたわけがやっと分かった。この男が、新たな世のしるべ皆々様みなみなさまに見せておるのだ。


 何故、信じられる? 幾年も乱世が続き世は乱れておるというのに。


 晴元など毎夜の如く寝所を変えねば眠れぬというほどだというのに。


 北畠など敵となってもおかしゅうないはず。


 そもそもこの国はまことに同じ日ノ本の国と言えるのか? いずこの地も武士や寺社が各々の所領を治め、それを束ねるのが常のはず。所領をすべて手放させて、まとめて治めるなどいかにしてよいか分からぬほどだ。


 公方様が御自ら尾張へとわしを同行させたのは、この国を見せたかったか。無論、前に尾張に来ておる弟らから聞いてはおった。されど、直に見ると話で聞く以上の恐ろしさがある。


 細川も畠山も、叡山も都の寺社も、この国を知らぬままにこの先いかがするのであろうかと思えるわ。


 かような大事な場に呼ばれぬ細川一門一党は、当人らが思う以上に焦り動くべきであろうが、それをわしが言うたとていいことはない。困ったものだ。


 変わらぬと思うておった細川の世が、かつて同じ三管領と称された斯波家中の者により終わる。これが世の流れというものか?


 公卿が幾度も尾張に足を運ぶはずだ。この国を捨て置いて良いことなどない。都に攻め上がるか、慮外して捨て置くか。いずれにしても先行きは決して良くあるまい。今の都の者らにとってはな。


 新たな世か。正直、尾張に来るまでまことのこととして考えておらなんだ。公方様のお心に従いはするも、あまりに荒唐無稽なことに思えた。畿内を束ねるだけでも出来ずに世が荒れておるというのに。


 考えても仕方ないか。尾張におる間に少しでもこの国を知り、この場におる者たちと誼を通じておかねばならぬ。最早、晴元の処遇など気にしておる場合ではないわ。


 三好家そのものが危うくなる。




◆◆

注意・官位が変更になっています。

一馬=内匠助→内匠頭

信秀=内匠頭→弾正大弼。作中では「弾正」とします。

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