第1453話・終末のころ

Side:京極高頼(三木良頼)


「もうちょっとご飯食べないと駄目だよ~」


「食うておりますとも。されど、近頃はあまり腹が空きませぬ」


「うーん、そうだ! もうすぐ津島神社の花火だから見に行ったらどうかな。少し出歩かないと駄目だよ。気晴らしも必要だから」


 光の方殿の診察が終わった。一時は年を越せぬことも覚悟してほしいと言われておったが、春どころか夏を迎えようとしておる。


 ただ、父上は日に日にやつれており、病が良うなっておるようには見えぬ。父上もまた己の残りの命が少ないのを感じておるが、光の方殿は決してそのような顔をせずにいつもと変わらぬ。


「光の方殿。父上は……」


 父上の部屋を出た光の方殿にわしは父上のこと訊ねた。ここひと月ほどは特に様子が良うないのだ。


「ごめんね、今度こそ覚悟してほしい。花火は最後になると思う。移動はウチの馬車を貸すから行くといいよ。役目もあるだろうけど、こっちから話を通すから、一族をみんな集めて花火見物をして」


 かような顔もするのだなと驚いたかもしれぬ。寂しそうに語る光の方殿に、こちらが申し訳なく思う。久遠家の医術でなくばここまで生きながらえなんだであろう。旧知の坊主も驚いておったほどだ。


「かたじけのうございます」


「養子と家督の件も終わったし、本人も気が抜けたのかもしれない。言葉が悪いけど、病だからと労わってばかりじゃ駄目。少しでも動くようにしてあげて」


「はっ、畏まりました」


 御屋形様がご配慮を下さり、わしは未熟ながら正式に京極家の養子となり家督を継いだ。三木の家も弟が継ぎ、忙しい日々を送っておる。


 姉小路家が織田に降り、仕方なく臣従したのだがな。こうしてみると良かったと思う。父上が病で倒れ、織田相手にわしが対峙しろと言われると道を誤ったやもしれぬ。


 門まで光の方殿を見送り、弟らに文を書くべく筆を取る。


 致し方ないことなのであろうな。誰もがいつかは同じ道を通る。せめて父上には最期を心穏やかにお迎えいただくしかない。




Side:久遠一馬


 譲位からひと月。朝廷から譲位関連の官位伝奏の使者が到着した。義統さんたちは一足早く都にいる時に官位を得ていたので、今回はそれ以外の人の官位伝奏になる。


 斯波義統さん、従四位下・右兵衛督から正四位下・左兵衛督。


 六角義賢さん、従五位下・左京大夫から従四位下・左京大夫。


 北畠具教さん、従三位・権中納言から正三位・権大納言。


 三好長慶さん、従五位下・筑前守から従四位下・修理大夫。


 都で官位を受領していたのはこの皆さんで、このうち位階だけ上がったのは義賢さんになる。義賢さんは管領代にもなっていて、資金提供の額などを考えて織田とのバランスを取ったようだ。具教さんは単純に名門公卿ということもあって、元から官位が高いのでこの形になったみたい。史実での昇進が早まったらしいね。


 今回伝奏で官位を受領したのは信秀さんを筆頭に以下の人になる。


 信秀さん、従四位上・弾正大弼を追加で頂いた。姉小路高綱さん、正五位下・右近衛少将から従四位下・左近衛中将になる。信勝君、従六位上・遠江介を頂いた。京極高吉さん、正五位下・中務少輔になる。


 オレは信秀さんの内匠頭を引き継ぐ形で、正六位下・内匠助から従五位下・内匠頭に変わった。


 信秀さんは新たに弾正大弼を得て、信勝君は無官から初任官だ。姉小路さんと京極さんは元々公家と名門だからね。京極さんは最近の目覚ましい働きを評価してという面がある。


 尾張介である信長さんの官位を大きく超えてしまったけど、当人はあまり気にしていないというか、譲位と御幸や行啓で莫大な銭を出したうえ、大変な思いをした褒美がこれかと少し悩む様子だったくらいだ。


 官位はありがたいけど、貰えばもらうほど厄介事がついてくるという認識は信長さんもあるので、そういうことだろうとしか思わなくなりつつある。


 今回も当然ながら伝奏としてわざわざ使者が来てくれたこともあり、使者のもてなしと官位受領を祝う宴を開いた。


 官位に関しては、織田家中の皆さんも素直に喜んでくれている人が圧倒的に多い。義統さんや信秀さんの官位が上がると、尾張を認められたようで嬉しいみたいだね。


 若干困惑していたのは隠居している京極さんか。ただまあ、隠居後に官位が上がることも別にありえることだけど。


 ああ、宴には上皇陛下や義輝さんを筆頭に公家衆も参加していただいたので、思った以上に盛大な宴となった。


「おめでとうございます!」


 そして宴の翌日である今日、リリーから牧場に来てほしいと連絡を受けていたので顔を出すと、子供たちから揃ってお祝いの言葉をもらった。みんな自分のことのように嬉しそうで、見ているほうが照れるほどだ。


「ありがとう。みんなにお祝いされるのが一番嬉しいよ」


 官位というものを理解している子もいれば、していない子もいる。ただ、オレのお祝いだということで、みんなで相談してお祝いをしようとしてくれたようだ。


 正直、官位は素直に喜べない部分があったけど、こうして子供たちの笑顔を見ていると良かったなと思う。


「とのさま、うれしい?」


「うん、嬉しいよ。みんなとこうして祝えて」


 小さい子はとにかくオレの反応が気になるらしい。みんなひとりずつきちんとお礼と言葉を交わしていく。勲章とか名誉は貰う本人より、周囲の人が喜ぶものなのかもしれない。ふとそんな気がした。


「みんなでね。お着物を仕立てたの」


「うわぁ。これはいいね。ありがとう」


 お祝いの品は着物だった。小さい子から大きな子までみんなで手伝って、リリーが仕立てたみたい。嬉しい。もったいなくて着られなくなりそうなほどだ。


「今日はみんなでお祝いの宴にしよう」


「わーい!」


「うたげ!!」


 エルたちとか大武丸たちも来ているので、今日は孤児院の子供たちと一緒の宴をする。


「かみしばいつくったの! みてください!」


 料理の手伝いから、余興までみんなで手分けして頑張ってくれたようだ。大武丸たちも交じってみんなで子供たちが作った紙芝居を見る。


 ああ、ロボ一家は年少の子供たちに囲まれている。でもみんな動物の扱いには慣れているので、ロボたちも慣れたものだ。


 紙芝居に続き人形劇や合唱を聞いていると宴の料理が運ばれてくる。


「いただきます!」


 おっ、赤飯か。鯛の甘酢あんかけもある。孤児院だと鯛はお祝いの日以外はあまりみないんだけどね。今日はお祝いだから用意したみたいだ。


 程よい塩加減の赤飯は小豆の味と合わさっておいしい。もち米も入っているのでモチモチ食感もいいね。甘酢あんかけもまた美味い。子供からお年寄りまで食べられるようにと少し甘めで酢の味は控えめだ。ただ、こういうのがまたいい。


「おいしい? これわたし、おてつだいしたの」


「うん、美味しいよ」


 今日はオレが主役だからか、みんながこっちをよく見て話しかけてくれる。本当に自分のことのように喜んでくれている。


 オレもこの世界に来るまでこんな経験なかった。


 子供たちに夢と希望を与えられるなら、官位も貰って良かったなと思う。


 ここはほんの少し未来の日ノ本の姿なんだ。まずはもう少し頑張って、尾張でこういう光景が見られるようにしたい。




◆◆


 永禄元年、五月。朝廷は譲位の功績として官位を与えている。


 斯波と織田と朝廷の関係が密かに揺らぎ始めた頃であったが、これには織田家中も喜んだようで、御幸中の後奈良上皇も大層喜んだとの記録がある。


 この頃の久遠一馬は官位自体を望んでおらず、あまり喜んでもいないことが一部の資料で明らかになっているものの、家臣や一馬が親代わりとなっていた孤児たちが喜ぶ姿には、本当に嬉しそうだったと『資清日記』に書かれている。


 一馬に関しては後奈良天皇と内裏で謁見した時など、度々官位を従五位以上に上げたほうがいいという意見もあったが、本人があまり望んでいないのでこの時まで見送られていたという経緯もある。


 朝廷としては国内にいる唯一の外国の王とも言える一馬の扱いには苦慮していたことも記録としてあり、むしろ官位を上げないと無礼なのではという認識が強かったようで、官位にあまり興味がなかった一馬との認識の違いが浮き彫りになっていた。


 譲位に関しても朝廷側の要請で行なったものであるが、朝廷としても尾張の実態を把握していなかったこともあり、予想もしない速度で変わる尾張との関係に悩んでいたことが窺える。


 

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