第1451話・渡る世間は難儀なことばかり

Side:久遠一馬


 六月だ。津島天王祭の準備が進んでいる。花火はいいんだけどね。人が集まると本当にいろいろと準備やら対策が必要となる。


 近衛さんと二条さんは公家衆と一緒に尾張の統治を学んでいるものの、お金の価値から勉強しているようで、驚いているというか困惑しているとの報告を受けている。


 銭一文の価値といっても様々になる。良銭と鐚銭悪銭では違うし、細かく言うと地域によっても貨幣価値は違う。


 厳密にいえば経済政策からして見えないところで大きく違う。他国では徳政令が当然であるが、織田領では基本徳政令は出さないと定めていて、その代わりに押し売り押し買いを禁止しているし、ツケや借金などの意図的に払わない行為は取り締まってもいる。


 織田銀行とも言える業務も目立たないようにしているし、高い利率で金貸しをしなくてもいいようにはしているつもりだ。


 あと尾張ではすでに所領持ちがいないので有名無実化した分国法だけど、所領や徴税権を担保にお金を借りることも禁止していた。


 お金の価値と物価を安定させる。これに関しては未だにウチが管理しないと不安だというのが、織田家でさえも言えることだろう。大きな変化がないと運用出来るけどね。


 現在は穀物や大豆や塩などは、極力領内中心で売り買いすることにしている。近隣にはこちらが売らないと暮らしが成り立たない地域もあるので、配慮はしているけどね。


 経済、流通。それらを支配して管理していることこそ、織田の強みであり統治とも言える。これ理解してもどうしようもないんだよね。都と朝廷に出来ることなんてほとんどない。


 もっとも中には、なんで自分たちがこんなことを学ばないといけないんだと不満も僅かにあるようだけど。


「思うておったより厳しいようでございます」


 ああ、珍しく顔色が優れない湊屋さんが、甲斐武田領の国力や人口の概算を持ってきてくれた。晴信さんたちへの聞き取り調査から推測しただけの概算だが、まあ酷いもんだ。


 古い時代に国力で定めた上国という扱いと、戦に強いかどうかということ。それと商いなどで漏れ伝わる情報ならこの時代でもあるけど、実情は見なかったことにしたいレベルだ。


「こっちの報告もある」


「これが噂の……」


 もうひとつ、風土病に関する報告も一応ある。湊屋さんに見せると表情がさらに険しくなる。


 風土病に関しては特に酷い地域がある程度絞られている。もうその地域を一旦放棄したほうがいい。また水に入ると危ないというのは経験則から言われているようで、作物転換も検討している。


 病に関しては一部患者の移送は信濃に行うことになった。治療法や予防法の調査のために診察が要るんだ。ただし、いきなり尾張に移送するのは危険という判断から、信濃で一旦ケティの弟子である医師が診察することになっている。


 今は尾張にいるが、ヒルザは津島天王祭が終わると信濃に再度行くので医療団の指揮を執る予定だ。


 患者の移送は患者の糞尿を別途処理することなど、注意事項を定めていて、絶対守るようにと注意している。


 こちらは風土病の正体を知っていて治療法も分かるけど、病の原因究明や対処法に治療法を発見するための試行錯誤を教える必要がある。


「難儀な国でございますな」


 商人としてみると、もう放棄して移民させたほうがいいとすら思える。こういう視点は湊屋さんなら察してくれるようだ。


 とにかく風土病が少ない地域から作物転換をしていくしかない。史実だと水路のコンクリート化などして対策をしているが、史実の対策をした時代とこの時代では甲斐国も違い過ぎる。開発があまりされておらず、湿田や湿地が多いこの時代で水路だけをコンクリート化するなんてしても効果に疑問がある。


 風土病の懸念があるから一気にとはいかないけど、とにかく武田領内で効率のいいところに人口を集約して、あとは賦役で作物転換と街道や河川を整備していくしかない。


 費用対効果を抜きにして見捨てるわけにもいかない。


「殿、穴山と小山田の使者が尾張に入ったとか」


 どうするんだと言いたくなる報告書に少し休憩をしていると、資清さんが新たな報告をもって姿を見せた。


「ああ、そうなんだ。一緒に来たの?」


「そのようでございますな。身延山久遠寺なども同行しておるとか」


 早かったのか遅かったのか。晴信さんに見限られた人たちが来たか。


 非臣従地域の人たちが一緒に来たということは、相談でもしてきたか? 今川と北条は早々に臣従をしたほうがいいと助言はしたものの、仲介とかは無理だとやんわりと拒んだようだ。


 穴山と小山田はオレにあまり関係がない。国人の扱いとか極論をいうとオレが口を出す問題じゃないしさ。家柄とか血筋とか地域への影響と相手の態度で決めることだ。


 武田家臣従の後始末もある。ただ、こっちは今川ほど懸案が多くない。あそこ無条件臣従だしさ。もちろん抜け荷に関与したブラックリストはあっちにもあるけど、武田としては、ただひたすらお願いして頭を下げるしかない。


それに元々の購買力の無さがこちらの損害を大きくしなかったし。今川はこの点ではそれなりの購買力と見栄があったので、下手へたを打っている。


 まあ、武田家自体、失うものがないことで無敵の人となっていて、とりあえず頭を下げて頼んでばかりだ。ほんと今川といい武田といい、家柄と身分のある人の土下座は暴力だよ。


 評定で武田と今川関連の抜け荷の相談をしたけど、なるべくは今川と武田を同じ扱いにするそうだ。交渉の余地はない武田だけど、あまり武田の面目を潰すようなことはしたくないらしい。


 該当する寺社は寺領を俸禄化する際に俸禄の一部を削減することと、絹や酒などの贅沢品を買う際に領内より値段を高くすること。またウチの独自の方針として三年間ウチの品物の販売禁止とすることになる予定だ。


 贅沢品の値上げとウチの品物の売買禁止は、三年後に再検討するという条文が入る。


 正直、甘いと思うけど。あまり追い詰めてもいいことはない。食べていくのは困らないはずだ。


 商人は領内での商い禁止の解除。あとは寺社と同じく三年間の贅沢品の値上げとウチの品物の売買禁止になる。公設市場の使用は同じく三年間禁止となるが、商人組合の加入は認められることになった。


 商人組合は許しにも見えるけど、彼らの監視を同じ商人にもやらせるということを理由に認めることになったんだよね。


 要は、今川と武田や縁がある寺社で使ってやれば飢えない。今までと同じだ。商いを拡大するとか無理だろうけど。


「この件、今川と武田が慌てておるようでございます」


「だろうね」


 資清さんの表情がなんとも言えないものがある。抜け荷、関与した人たちは織田とウチを軽んじたということで、面目を潰しているところもある。そういう細かい事情をすべて把握していなかったらしい。


 オレが書状でお願いしていたのは把握していたようだが、応対が酷いことまで報告を受けていなかったようなんだ。


 今川と武田は名門だし、そこまでおかしな対応をしないんだけどね。寺社の下っ端や商人は他国の氏素性定かでない者が何様だと怒ったところが多かった。


 この時代だと敵となると割と酷いことも言うけど、同じような身分や力関係なら和睦とかで水に流す必要がある。ところが抜け荷の寺社と商人だと面倒になる。商人は身分が違うし、寺社は武士とは別の権威の下で生きている者たちだ。


 必ずしも許さないといけないということでもないらしい。結果として今川と武田は直接ではないにしろ、ウチとは因縁めいた関係になった。オレのお願いを足蹴にした者たちを庇ったことで。


 こっちは仕事にそこまで私情を挟む気はない。ただ、周りはそうは見ないし、織田家や家臣の手前もある。許すと簡単に言えない立場でもある。


 まあ、それぞれで頑張ってほしい。名門なんだから。



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