第1447話・舞台は東海から東へ

Side:久遠一馬


 招待客、今年は少し変わっていて、六角・北畠・北条は嫡男が同行している。上皇陛下にお目見えが叶う数少ない機会であると同時に、尾張を見せることで今後も協力体制を維持していくのが狙いだ。


 特に北条は重臣も数人同行していて、今までにない人数で来ている。北条家に関しては今川家と武田家が臣従をしたことで、西の相手が織田になった。友誼はあるものの、今川のように血縁もない。新しい安全保障がいるというのが本音だろう。


 まあ、今川を駿河代官としたことで多少はホッとしているだろうけどね。織田とは対今川の同盟と言える相互に攻められたら兵を出すという約束、それを今後どうするか。そこを話したいようだ。


「やっぱり伊豆か?」


「そうですね。隣接していますので。他のところだと関東で戦になると荒れる恐れもありますから。ただ、伊豆は伊勢宗瑞公、変じて北条早雲公の旗揚はたあげの地。北条家の心情までは読めません」


 エルたちとは北条との関係次第で必要となる支援策を検討している。統治法の違いは顕著で、織田領の隣となると暮らしの格差から領内統治が難しくなる。


 無論、北条が求めたら出すという前提だけど、プランテーション案。織田農園を伊豆で作ることを条件として、資金提供と共に領内整備の道筋を付ける計画になる。


 関東、河川の大規模整備が前提だけど将来性はあるんだよね。


 懸念は、北畠や六角ほど安定感がないことか。関東管領とか関東諸将は潜在的に反北条の者も多い。あそこもね。正直、越後や関東で食料が足りなくなると北条との戦が起きる。


 何故なら北条領だけが『四公六民』で、農村からの略奪が出来るからだ。関東ローム層、主に富士火山系の火山灰が由来で『黒ボク』と呼ばれる栄養素不足の土壌の所為で、貧しい関東の中で北条領の民だけがギリギリだけど生きていける税率にしているから狙われる。


 そもそも関東は古河公方や関東管領が争いの元凶でもあるからなぁ。全体としてその時の都合で親北条になったり親上杉になったりする。そんなところが多い。


 さらに根拠・由来が疑わしいのに、誇り高い名門が多く、源頼朝時代から関東は畿内とは別だという意識が強い。


 まあ、こちらは今までと変わらない。縁あるところには配慮をするけど、名門というだけでこちらから声をかけて厚遇する必要はないし、北条以外と領地が接するわけでもない。


 失礼かもしれないけど、文化技術レベルが未熟過ぎて、畿内ほど警戒や早急に取り込む必要も見当たらないんだよね。言葉は悪いが、すでに関東における流通と経済の首根っこはこちらが押さえている。いつでも締め上げることが出来るからさ。


 ぶっちゃけて言うと、関東にまで手を出す余裕がないだけだけどね。


 今後の関東は北条と山内上杉、それと長尾次第だろう。


 長尾景虎。この世界ではそこまで注目を集めていない。領国単位の戦上手なんて山ほどいるし、彼は史実と違い義輝さんとの親交もないので、畿内でも関東でも無名に近い。


 こちらの評価として有能なのは間違いない。ただ、略奪・蹂躙じゅうりん戦としての戦術は得意でも、長い目で見る戦略眼がどこまであるかは未知数になる。


 また商いと経済にも多少通じていると思われるが、そこまで興味があるようでもない。主家だった越後守護上杉家が築いた経済基盤を丸ごと長尾家が乗っ取ったので、儲かるから続けた様だ。


 山内上杉憲政との関係は良くもなく悪くもなく。お酒と戦は好きなようで、特にお酒は毎晩のように飲んでいる。


 正直、史実の歴史から推測すると、先の展望をどこまで見ているかと言われると疑問符が付く。


 よく比較される晴信さんと比べると、誓紙破りしないし、残虐なことも自領の越後ではしてないのでこの時代の基準では常識人に思えるけど。やってる事は略奪と殺戮の世界的代名詞、バイキングと大差無い。


 彼の立場からすると、史実であった関東遠征が必要だったのは理解する。ただし、出稼ぎとも称されるあのやり方で関東を荒らされるのはあまり好ましくない。少なくともこの世界では。


 まあ、こっちは北部を除く信濃・甲斐・駿河・遠江の統治で忙しいので、関東は北条に頑張ってもらい、こちらにおかしな被害が及ばないようにしてほしいというのが現状の本音だ。


 現状の景虎は、言い方が適切か分からないが、与えられた役目をこなすように長尾家当主として治めている。そんな印象だ。


 今のところ毘沙門天の化身とか言っていないし、これは実力が伴わないと笑われるだけだからなぁ。史実の歴史を思うと興味のある人物だけど、正直、越後の国力だと脅威とまでは言えない。関わる必要が出るまで放置する予定だ。




Side:北条氏康


 嫡男の新九郎と共に尾張に来た。まさか親子で尾張に来ることになろうとは思わなんだ。されど、今川と武田の動きと現状は決して他人事ではない。


 争わずとも民の暮らしの差が大きな懸念になる。富める隣国があれば奪うのが常なれど、織田相手にそれは出来ぬ。


「この国は、誰の力も借りずに豊かになれるのやもしれぬな」


 院の御幸まで成し遂げた先になにを望むのか。駿河守の叔父上は日ノ本を飲み込むと言うておられるが、織田は領国を広げることをあまり望んでおらぬのも事実。


 官位も守護もあって困るものではあるまいが、仮になくてもこの国は変わらぬのではないかと思える。


 祖父宗瑞公以来、我が一族は関東統一のために動いてきた。それが友誼ある織田によって潰える。これもまた世の習いというものであろうな。


「父上……」


 新九郎と家臣らもいかんとも言えぬ顔をしておる。されど、すでに寺社すら超える織田を敵には回せぬ。


 かつては寺社と通じる商人が西から運んでおった品物の数々は、すでに織田が支配しておる。銭も鉄も絹も木綿も。なにもかもが織田と争うと手に入らなくなる。北の越後はまだ海路がある故、西から手に入れられるようだが、あそこは上杉がおることで敵国。


「考えてもみなかったな。数多の寺社の坊主を超える武士が現れるとは」


 内匠助殿を武士と呼んでよいのか、いささか悩む。とはいえあの御仁は寺社が持つ知恵や技以上のものを有しておる。しかも恐ろしいことに、己らでさらに知恵や技を得るべく励んでおるとか。


 朝廷が慌てたように行啓・御幸と動いたのは、この国をいかんとしても取り込むためであろう。畿内より東を鄙の地、東夷の地と蔑んでおった者らの慌てる姿には、胸がすく思いもするほどよ。


 武士より強く寺社より賢く強か。この国を知れば知るほど、争う愚を犯せぬと知ることになる。


 関東は織田のように動くべきであった。今にしてそう思う。争い、力で畿内を退けるのではない。富める国として畿内がすり寄るようにせねばならなんだのだ。


 もっとも北条ですらそれを試みても上手くいっておらぬが。


 器というのか、天命というのか。わしには分からぬが、心底敵わぬと思う。


 わしに出来ることは紡いだ友誼をより確かなものとしておくことか。関東などいかようでもいい。いかんとしても北条の家を残さねばならぬ。


 ただ、それだけだ。


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