第1445話・処分
Side:久遠一馬
今日は朝から雨だった。
梅雨だからなぁ。御幸の途中でも何度か雨が降っていたらしい。一昨日と昨日はちょうど雨が降らず良かったな。
「ちーち、あめ」
「さんぽいけない」
子供たちはロボ一家の散歩に行けなくてちょっとつまらなそうだ。屋敷の中を一緒に散歩してあげようか。広い屋敷だからな。中で散歩が出来るんだ。
「ワン!」
「おはよ!」
ここはオレたちのテリトリーだと主張するようなロボ一家と、奉公人たちに挨拶する子供たちと一緒に屋敷の中を歩く。武典丸たちは歩けないので抱っこをしての散歩だ。
庭の畑もぼちぼち野菜の収穫が出来ている。今朝も新鮮な野菜が食べられるだろう。
上皇陛下には数日ゆっくりとお休みいただく。旅の道中で歩くことはまずなかったものの、今までは内裏からお出になることがなかった陛下だ。旅をするだけで相当な疲労が溜まっておられるはずだ。
滞在期間は長いし、当面は花火大会に向けて体調を整えていただくべきだろう。
「また、諏訪神社か」
さあ仕事だと書状に目を通すと、宇治山田が今川と武田にウチの品などを横流ししていた報告書があった。抜け荷に加担していた者は商人や寺社が主だが、織田領内の者たちもいる。
途中で寺社を介することで、それまでの俗世との縁が切れるというこの時代の慣例を悪用したものになる。しかも複数の寺社を介することで、こちらの追跡を振り切ろうとしたようなんだ。
処分対象には信濃にある諏訪神社の系列がいくつもある。諏訪神社そのものは直接加担していないが、晴信さんの話だと諏訪神社が指示をして、末寺が手数料を取ることで抜け荷に加担していたらしい。
今川と武田。臣従を認めるし、信秀さんが認めた俸禄は減らさないだろうが、この件はきちんとペナルティを与える。当然、関わった商人や寺社もだ。
ただし例外もある。無量寿院相手に抜け荷をしていた商人、二重スパイのように飛鳥井さんとこちらの文を運んでいた人は功を認めて許されている。無論、過去の罪であり、それ以降同じことをしていれば罰を与えるべきなんだけど、どうも手を引いたようなんだよな。
安濃津の湊開発とかであの辺りは景気が良くなっていることもある。正道の商いに戻ったらしい。
「武田殿や今川殿が責めを負うと申しておるようでございますな。あまり厳しき罰は与えられますまい」
これに関連して報告してくれた資清さんの言葉に、少しすっきりしないものがある。
潔いのはいいけど、名門甲斐源氏だから足利家所縁だからと、重い罰を受けずに許されるだろうという打算が透けて見えるのが、なんか好きになれない。
「仕方ないね。損害を弁済させるくらいにしておくか。湊屋殿に費用を算出してもらおう」
とはいえこの件は、オレが口を出すべきことじゃない。家柄や血筋とか寺社の格とか複雑なものがあって、それを考慮して信秀さんと義統さんが決めるべきことだ。
諏訪神社に関しては、すでに信秀さんの怒りを買ったので立場が危ういが、晴信さんに減刑嘆願をされるとこちらも配慮せざるを得ないだろう。司法取引のようなものだ。
「寺社の商いについて、寺社を介するとそれまでの縁が切れるという慣例、領内で禁止するか議論がいるな。寺社奉行に検討をお願いしよう」
寺社の流通網、未だに残っているんだよね。寺同士の繋がりもあり、商人との繋がりも消えたわけではない。必要なものでもあるから潰してないんだけど。あまり抜け荷が多いと規制せざるを得ない。
基本として領内の寺社にはウチの知識やノウハウを教える際に、領外にもらすことを禁じる誓紙を交わしてもらっている。従って大多数の寺社は真面目に営んでいるが、寺社の流通網などを利用した抜け荷をするところがなくなったわけではない。
まずは抜け荷対策か。寺社奉行の下で、寺社にもこれは考えてもらう必要がある。利敵行為はこの時代でも決して罪は軽くない。独立採算で寺と寺領を運営するなら、利敵行為をしてもこちらも文句を言えないけど、俸禄を貰っているところは駄目だ。
「領内の寺社で、ウチの品の抜け荷に加担したところには、当面ウチの品の売買を停止すると通告するか」
これ、諏訪神社は該当しない。あそこ正式にはまだ臣従をしていないし。ただ、誓紙を交わしてこちらの命令を守るといいつつ、抜け荷に加担していた商人や寺がある。
これも厳密に言うと、寺社は寺の総意でやっているところは少ないだろう。一部の坊主とかがやっている可能性が高い。
ただ、この時代の人、寺社に甘いからなぁ。ウチは少し厳しくする。無論、寺社奉行に先に根回しして評定の許可をとるが、ペナルティとしてウチの品の販売禁止先に指定するつもりだ。
これなら正直、オレの一存で決めてもいいくらいのことになる。
生活必需品とか食料を規制するとやりすぎだけど。ウチの品は生きるのに困らない贅沢品が多いし。
オレとしては絶縁でもいいと思うんだけどね。影響が大きすぎる。過ちを悔いて、更生する道は残してやらないといけない。
ほんと、こういう報告と対処。気が滅入るね。
Side:千秋季光
久遠家から届いた書状に頭を抱える。
「抜け荷か。やはり久遠殿は厳しいな」
ようあることだ。重い罰を受けると思うておらず、縁ある者に頼まれて加担した者が多い。罰として弁済をさせ罰金を科すのもいい。されど久遠家の品を売らぬとまでするのか。
領内でかようなことをすれば、寺社であろうと、その者らはつまはじきにされる。堺のことは誰もが知るところ。さらに敵に内通した裏切り者とすら言われるやもしれぬ。民とて近頃は寺社に対する見方が厳しくなっておるというのに。
とはいえ、久遠殿の商いの品を誰に売ろうが久遠殿の勝手。そこにこちらが口を挟むなど出来ぬ。
「あらあら、我が殿は厳しいわね」
思案してもあまりよい知恵が出ずに少し困り、熱田におる桔梗殿のところに出向いた。久遠殿の奥方なれど、熱田衆ばかりか茶の湯を通じて多くの者と親交がある桔梗殿ならば、良い知恵を授けてくれるかと思うてな。
「今や久遠殿の怒りは守護様と大殿の怒りに匹敵する。さすがにの……」
「当面と書いていますでしょう。これは許す前提ですのよ。それでも厳しいかしら?」
理解する。久遠殿の配慮は。されど、それでも今の久遠殿の力では二度と許されぬと勘違いする者が多く出る。
「分かりましたわ。禁止期間を明確にするように私から頼んでおきましょう。半年か一年。そのくらいなら構わないでしょう? そもそも今川と武田がこちらと戦っていたら、こんなものでは済まされないことですのよ」
「申し訳ござらぬ。良しなにお頼み申す」
そうなのだ。この件、軽うない理由が相手に今川がおることがある。斯波家の因縁の相手に流しておったなど打ち首でもおかしゅうない。
大殿や守護様とて、この件は重く見るだろう。そこに久遠殿の怒りまで加わると二度と許されぬと
まったく、寺社奉行になどなったせいで、愚か者の面倒を見ねばならなくなるとは。
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