第1444話・静かなる宴

Side:久遠一馬


 上皇陛下を歓迎する宴だ。


 何人か席次で揉めたらしい。家柄や寺社の立場とか。ただ、担当者は取り合わなかったと聞いている。ごねた人は京極さんが収めたみたい。信秀さんか義統さんに取り次ぐと、帰っていいと言われて終わるだろうし。


 厚遇しないと不満を口にする。まあ、いつものことだ。


 正直、織田としては縁が薄い地域の人を呼ぶメリットがあまりない。面目を潰さないようにとの配慮と情けで、織田家重臣が呼んだだけなんだよね。


 そもそも織田では古い権威と血筋で土地を治めるやり方をしていない。新しいやり方を持ち込んだのはオレたちだが、運用しているのは織田家の皆さんになる。要らないとなると切り捨てるのも早い。諏訪神社の時もそうだったけど。


 尾張全般で言えば、身分が上がれば上がるほど、利にならない相手にドライになっている気がする。義輝さんもそうだけどね。


 無論、呼んでくれただけでありがたいと、各所に挨拶回りをしているところもある。ウチも資清さんがそんなところの訪問を受けた。


 割と素直にどうしたらいいのかと聞いている人は、武士や寺社の関係にもいるそうだ。よく分からないけど、逆らう気もない。まあ、歴史に大きな名を残さないところには、そうして生き残る道を探しているということだろう。


 ああ、甲斐の勢力は呼んでいない。正式には今も晴信さんが守護であり、臣従も公の挨拶をしておらず済んでいない。守護を代える手続きもしていないしね。晴信さんが連れてきてない以上、それまでということだ。


 あと対外的には、いつも花火や武芸大会に招く相手を招待しただけだ。北畠・六角は当然として、朝倉・北条。三好は義輝さんが連れてきたけどね。細川も畠山も古河公方も関東管領も招いていない。


 御幸には政治的な意味をなるべく持たせない。これは二元政治を懸念している朝廷の基本スタンスになる。隠居した上皇陛下の私的な旅行であり、譲位に尽力した国々に行くだけということなんだ。


 斯波と織田としても同様だ。これ以上朝廷に巻き込まれるのをあまり望んでいないので、このことで騒ぎ立てるのを避けている。


 上皇陛下が御旅行にくるので領内をあげてお出迎えをしよう。そういうことだ。


 ちなみにオレの席はそこまで上じゃない。官位や家柄を軸に決めてある。ただこれも、どの程度がいいかと事前に評定で相談をした。家柄と官位で見ると席次が良くないが、実際の力関係とか、上皇陛下の意向とかある。


 特にオレは例外的に会っているからね。信長さんもオレと一緒に会ってはいる身だが、信秀さんの隣が定位置になる。親の地位や身分が引き継がれるのが正しいと標榜ひょうぼうする人達の集まる宴席だからね。


 結果から言うと高い席次にしてほしくないとお願いして、その通りになった。正直なところ、この歓迎の宴自体が儀礼的なものでそれ以上の意味はない。


 あと今回、同行した公卿や公家はそれなりにいるが、津島神社の花火大会が終わると上皇陛下の傍仕えなどを除いた人たちは帰京する手筈になっている。


 上皇陛下御自身も、仙洞御所造営が間に合わないための一時的な措置であり、完成したらお戻りになるんだ。


 さて、宴だが、今回も本膳料理をベースにしてある。料理自体は都のモノを基本としてこちらの食材や調味料で作ったけどね。


 場の雰囲気は静かだ。宴というより会食という感じか。上皇陛下が落ち着かれているからだろう。以前の宴より公卿や公家も大人しい。


 正直、毎回このくらいの落ち着いた宴にしてくれるといいんだけど。招いてもタダ飯とタダ酒で騒いでいるだけの人、少なからずいるんだよね。




Side:武田晴信


 聞きしに勝るとはこのことか。わけの分からぬことをしておる。かような噂は甲斐にも届いておったが、尾張に来ると、さらに理解出来ぬことばかりで驚かされておる。


 武士や寺社から土地を召し上げ、俸禄として使う。話に聞いておったが、直に見ると様子もまったく違う。


 斯波が守護として治めるという形をとっておるが、そもそも所領を認めぬので中身がまるで違う。かようなことを公方様がお許しになられておることが信じられぬ。


 ああ、父上とは尾張で再会した。お叱りを受けるかと思うたが、なにも言わず今後のことを話した。新たな主を得て生きてゆくのは容易くないぞとは言われたがな。


 院を出迎える宴。これもまたこの場におらねば分からぬものがある。隣に父上と倅の太郎がおることがいかんとも言えぬものがある。


 在りし日の頃、父上と口論となったことはあれど、わしが憎しみ追放したわけではない。父上が追放されて、己が力で武田家を治めるという事実に喜んだことは相違ないがな。


 今川と小笠原も見えるところにおる。挨拶以上の話をしておらぬが、向こうもこちらにけんを向けぬだけの配慮をしておる。


 互いに無様なものよな。奪い奪われる日々を送り、気が付けば大きくなっておった織田に降るしかないとは。


 運ばれてきた膳には鯛があった。干物でない鯛など初めて見るわ。


 身は柔らかく箸がすっと入る。泥臭さもなく、塩だけでなにも要らぬと思える味に涙が込み上げてきそうになる。


「さあ、飲め」


 一口鯛を食べてじっと見ておると、父上が瓶子へいしを手にしておられた。


「過ぎたことを悔いても仕方あるまい。わしもそなたもな。世の変わり目にこうして生きておるだけでよいのだ」


 わしの盃に酒を注ぐと、父上はそう告げて、さらにその向こうの太郎にも酒を注いでおる。


 甲斐を追放されて、さぞ悔しかったであろう。わしを恨んだのやもしれぬ。にもかかわらず許していただけるというのか。


 東国一の卑怯者と謗られる覚悟をしてきたが、尾張者はわしを軽んじることも謗ることもない。情けをかける者はおるがな。


 生きねば先はない。この言葉は他の者にもかけていただいたな。忠義は生きて尽くせ。汚名は生きてそそげ。織田ではかような言葉をかけると聞いた。


 ふと、目に入った。先日、挨拶に出向いた男が。


 尾張で決して怒らせてはならぬ男のひとり。久遠内匠助殿。家臣としておるが、実際には斯波と織田の同盟者だという。助けを求める者には限りない慈悲で手を差し伸べ、敵となる者は寺社だろうが商人だろうが決して許さぬ。


 西保三郎の文には優しく文武に優れ、仏のような御仁だとあった。日ノ本の外の話を教えてくれたこともあり、珍しき料理や菓子を振る舞ってくれたこともあったとな。


 虎を仏にしたのは、かの男だと尾張では評判だ。なんでも上皇陛下がわざわざお会いになりたいと示したのは内匠助ただひとりだとか。この御幸もそれが理由ではと、囁く者がおったな。


 卑怯者と謗られるわしが何故許されたのか。それだけは今も分からぬ。


 いつか、知ることが叶うのであろうか?



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