第1437話・御幸前の熱田祭り・その二
Side:久遠一馬
「千秋殿、凄いね」
厄介そうな寺社の関係者を招いて熱田の花火を見せると聞いていたけど、素直に凄いと思った。宗教関係者、少し悪い言い方すると自己主張が激しくて我が強い。それぞれに信念や教え、そして武家社会への恨みが多分にあるから。
そんな宗教関係者を集めて織田の治世を見せたい。そう言われた時に大丈夫かと不安もあったんだけど。
「私たちとも長い付き合いになっていますからね」
エルはあまり心配していなかったらしい。
ウチでももてなす料理とかの食材を提供するなど、手を貸していることもあるのかな。料理は清洲城の料理人に頼んだようだけどね。
「ばーん!」
「ばーん! ばーん!」
ああ、待ちきれないようで、うちの子と孤児院の子供たちが花火ごっこをしている。
今回の花火は家族や子供たちと一緒に見られるんだ。義統さんがせっかくだから、みんな家族で花火見物をするようにしようと命じたことで、今回は公式となる花火見物の宴席会合がないんだ。
みんな嬉しいようで騒ぎすぎていて、疲れて眠くならなきゃいいと心配しているほどだ。
「わしまで済まぬの」
「いえ、騒がしくて申し訳ございません」
あと家族ではないものの、宗滴さんが一緒にいる。孤児院の子供たちが花火見物に誘ったようで、一緒に来ているんだ。
今日はこの場所で、このままゲルを使ったキャンプをすることになっている。ウチは家臣や孤児院の子供たちも多いので、結構な場所を取ってしまい申し訳ないけどね。
「楽しそうじゃの」
「はい。こうして皆で花火を見る。私はそういうのが一番好きなんですよ」
東の空に一番星が見える。
ロボ一家も子供たちと遊んだり、オレの下に来て休んだりしていて本当に賑やかだ。
「こら! 危ないことしたら駄目だからね! すずとチェリーもだよ!!」
「拙者にとってこの程度のこと造作もないことでござる」
「任せるのです! にんにん!」
あーあ、すずとチェリーが子供たちと一緒に遊ぶもんだから、余計に賑やかになっているよ。パメラが止めるが、追いかけっこになっている。
やりすぎるギリギリで遊ぶからなぁ。あの二人は。
今日くらいは大目に見よう。偉くなったり、役目を持ったりしたことで、みんな大変だからね。
「子供よねぇ。あの子たちは」
「子供と大人の違いなんて、持っている玩具の値段だけさ。私たちだって人のこと言えないね」
「まあ、確かに……」
あちらではマドカが騒いでいるパメラたちに呆れているけど、ジャクリーヌに
マドカは美濃の牧場と尾張を行き来していて、動物の治療が多くなっている。ジャクリーヌは相変わらずレスキューこと雷鳥隊の指揮と育成に専念している。
ふたりはケティやパメラと違い、領民に拝まれるのは仕方ないと諦めるのがあまり好きじゃないんだよね。それぞれに生きる道を見つけつつある気がする。
「留吉、今日くらいゆっくりしてもいいんだよ」
「はい、ありがとうございます。ですが、この光景を残しておきたくて……」
いつの間にか留吉君がオレたちの様子を絵に描いていた。あとで見せてもらおう。
花火までもう少しだ。
Side:今川義元
この国はなにもかもが違う。商人や旅の者に話を聞き、素破に探らせておったのだ。相応に知っておるつもりであった。
されど、それが間違いだったのじゃな。
この日は熱田に参っておる。熱田の祭りで花火を見物するようにと命じられたのじゃ。新参者が祭り見物など良いのかと思うが、この日は古参も新参も関わりなく花火を見るのだとか。
「御屋形様、しばらくでございます」
「おお、雪斎。いささか顔色が良うなったの」
家中に連なった者に宛がわれた花火見物の場に到着すると、雪斎が参った。未だ体は労わらねばならぬようじゃが、花火見物は許されたようで那古野から参り来たとか。
雪斎とは会わぬ日がないほど共におったことで気づかなんだが、今思えばここしばらくは顔色が良うなかったの。こうして少し間を空けて会うと、明らかに顔色が違う。
「かように楽しみなのはいつ以来かの。これだけは己が目で見たかったのじゃ」
「驚かれましょう。花火こそ織田家と久遠家の力を如実に表したもの」
こうして話をするだけで心穏やかになる。父よりも共におり、わしの助けになってくれておったのじゃ。
雪斎に穏やかな日々を与えられただけで良かったとさえ思える。
「武田家の者や小笠原殿とはお会いになられましたか?」
「ああ、会うた。皆、なにかを悟ったような顔をしておったわ」
尾張に参ってまだ日が浅いが、目まぐるしいほどの日々であった。武田の嫡男である太郎殿は、武勇に優れたと噂されたとは思えぬほど慎ましい男に見えた。小笠原殿は役目で忙しそうであったな。戦も政も不得手だと聞き及んでおったが、礼法指南で忙しきとか。
「案ずるな。わしは僧籍におった頃を忘れておらぬ」
人に頭を下げるなど久方ぶりじゃが、初めてではない。もう少し上手くやっておればと思うところは今も僅かにあるが、この国を知れば知るほど、勝つなどあり得ぬと分かる。
過ぎたることを水に流して励まねば、今川家に先はない。
「雪斎、酒は良いのか?」
「はっ、多少ならば」
「では一献……」
周囲には多くの織田家臣がおる。顔を知らぬ者も多いの。縁ある者では吉良の兄弟もおるわ。乱心したと噂で聞いた弟も、僧籍におるようじゃが兄弟仲は悪うないらしいの。
話をしたいことは山ほどあれど、雪斎に心労をかけたくはない。酒を酌み交わしてやるくらいしか出来ぬ我が身が不甲斐ない。
「始まるぞー!」
誰ぞの声に、皆が空を見上げた。
「ああ……」
天に龍が昇る。かように見えた。
まことであったか。まことにこの夜空に花を咲かせたのか。
「これは勝てぬなぁ」
ふと雪斎を見ると、雪斎は夜空に祈っておった。
「雪斎、花火を見ぬのか?」
「某はもう見れば見る程、己の
胸に込み上げてくるものがある。寺で初めて会うた日から、今この時までよう尽くしてくれた忠臣に。
「よいのだ。雪斎。今は、共に花火を見てくれるだけでよい。これは主命ぞ」
「御屋形様……」
よい夢を幾度も見せてくれた。名も実も多くをもたらしてくれた。わしは左様な雪斎の忠義に報いねばならぬ。
我が師なのじゃからの。
◆◆
『花火』
絵師の方こと久遠メルティの一番弟子とも称される、
花火という題名だが花火は描かれておらず、花火を待つ久遠家の様子が描かれている。
一馬や妻たちの表情と、共にいる者たちの楽しげな様子の描写に見ているだけで花火を見た気になると言われる一枚である。
画風は西洋式絵画であり、現在も久遠家所有の一枚になる。
驚くべきことは病気療養中の朝倉宗滴の姿があることだ。宗滴の肖像画は他にもあるが、一番写実的で
一馬たちや子供たちと楽しげな宗滴は勇ましさなどないものの、名も実もある武将の幸せな晩年の様子だということで評価が高い。
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