第1436話・御幸前の熱田祭り
Side:久遠一馬
今年の熱田祭りの特徴は、招待客を呼んでいないことだろう。
織田も近隣も、御幸を中心に動いているからね。熱田神社としては、熱田祭りでの花火を上皇陛下にご覧いただきたいと楽しみにしていたようだけど、譲位の日程はこちらで関与出来ないことだから仕方ない。
ただ、御幸とは関係なく、熱田祭りの花火見物に見物人は集まっている。
「凄いね。ほんと騒動にならないで、よくやれるもんだ」
人が増えると問題が起きるのはいつの時代も変わらない。特に価値観が違うこの時代だと尚更ね。
御幸の前に不特定多数の余所者を領内に入れるなんて、本音を言うと正気の沙汰とは思えないところもある。
ただし、この花火を楽しみにしている領民や
その代わりというわけではないけど、身分を問わずみんなで一丸となって、花火大会の開催準備をしているんだよね。
「騒動が起きると花火がなくなると噂になっていますので、それもあるのでしょう」
一緒に熱田に向かう馬車に乗っているエルの言葉に、苦笑いしか出ない。
オレたちはそんなことを言ってないし、表向きの奉納元である織田家からも、それらしい告知はないんだけどね。誰かが祭りを無事に終えるために、そんな方便を言ったのだろうか。
真相は分からないし、追及する必要もないのだろうけどね。それだけみんなが真剣だというだけで十分だ。
「あっ、そこ駄目ですわ!」
「その品はひとりひとつです。間違えないように」
「それあっちに運んで」
熱田の屋敷は大忙しの様子だった。シンディとリースルとヘルミーナが休む暇もないくらいに指示を出している。
屋敷には孤児院の子供たちもいる。熱田祭りで出す屋台の下準備や食材の保管はここだからね。
正直、オレが後から来て指示を出すようなことはもうない。熱田神社に挨拶に行くか。
「ちーち、まーま、あれあれ」
みんな忙しいからか、侍女さんと遊んでいた武尊丸に見つかったので一緒に連れてきた。瞳をウルウルさせる武尊丸に負けたんだ。エルに抱っこしてもらっている武尊丸は、賑やかな町とオレとエルにご満悦な様子だ。
こういうところはシンディ似かな? 他の子たちも花火と祭り見物のためにもうすぐ到着するから、それまで一緒にいてあげよう。
「屋台も増えたなぁ」
露店市はもともとあった。ただ、ウチが持ち込んだりした食文化や箱物の屋台が尾張では広まっていて、当たり前のようにある。
甘味は未だに高価だ。とはいえ他国と比べると雲泥の差がある。水飴なんかは庶民でも祭りでは食べられる人気の甘味だろう。それに熱田祭りで初めて配った金平糖は
商人も祭りで、いかに安く多く提供出来るかを競っている部分がある。それで自分の店と力を示すという意味もあり、また地域への貢献としても頑張ってくれている。
「ちーち?」
武尊丸にとって熱田は生まれ故郷なんだよなと思っていると、どうしたのと言いたげな武尊丸に見つめられていた。
歩いていると声を掛けてくれる人が多い。地元の人は武尊丸も顔をおぼえているようで、手を振って答えている。
ふと思う。政治って難しいと。縁も所縁もない土地に多額の資金を投入するより、地元を発展させたいと思うのは当然なんだよね。
恨まれて抵抗されてまで余所を発展させようなんて考えないこの時代の人は、ある意味当然なのかもしれない。
百年先を考えて行動する。口で言うのは簡単だけどね。本当に難しい。
そこまで考えて御幸のことが頭を過ぎる。朝廷には尾張を見てもらい、今後どうするかを自分たちで考えてもらうべきなのかもしれない。
こちらが口を出して喜ばれるはずがない。
遠回りになるだろうし、畿内と都の復興と発展は遅れるだろう。それでも時間をかけて考える事が必要な気がする。
申し訳ないが、尾張の人々の時間と命を使って畿内と都を変えていくことが正しいのか、オレには分からない。疑問に思う時点で答えは出ているのかも知れないが。
Side:千秋季光
集まる人の多さに我らは皆、疲れた顔をしておるが、それでも喜びを隠し切れぬものがある。
「なんという人の多さだ」
大殿の許しを得て、信濃・駿河・遠江の寺社は宗派問わず招いた。願わくは院の御幸が間に合えば良かったのだが、それが叶わぬことで次善の策として新たな領地の寺社に尾張の寺社を見せるためにだ。
招いた者たちが羨むような顔を垣間見せるのが誇らしい。
「各々で所領を治めることでは得られぬものがある。あいにくと尾張では人の力で国を豊かにしておるからな」
織田に逆らう者は多くないが、面白うないと考える者は多い。織田は寺社というだけで敬い奉ることなどせぬからな。
仏道や神道を全うするのは構わぬ。されど不満があるからと言うて争うのは、本来の神仏の教えに反するものであろう。
粗末な寺に住み、ただ祈りの日々を捧げるような者ならばよいが、今の世はあまりに俗物が多すぎる。
大殿や久遠殿は慈悲深いが、道理に背く者には寺社とて遠慮せぬ。『神仏や寺社と坊主や神職は別物』というのが、尾張では当たり前の見方になりつつある。
それを理解せぬ者らに教え諭してやらねばなるまい。意地と面目で寺社を潰しては神仏にも、信心を寄せる民にも申し訳が立たぬからの。
「これは内匠助殿、いかがされましたか?」
招いた者らと境内から町に出ると、久遠殿と大智殿と出くわした。参られるとは聞いておらぬから少し驚いた。
「少し熱田の町を見つつ、こちらはいかがなっておるかなと。困り事があればおっしゃってください」
わしに手を振る武尊丸殿に笑みで答えてやりつつ久遠殿と話す。招いた者らは顔色が変わった者もおろう。久遠殿と目通りを願っても叶わぬ者が多いと聞く。
友のように親しげに声をかけてくださったことは、偶然とはいえ、かの者らには驚きが大きかろう。
「皆、よう励んでおりまする。内匠助殿も妻子と楽しんでくだされ」
立身出世などより妻子や供の者とのんびりと暮らすのを好む御仁だ。院が来られる前の最後の楽しみとなろう。
去りゆく久遠殿らを見つつ招いた者らを
争うならそれはそれで構わぬ。されど、こちらは一度は手を差し伸べたからな。
あとは各々で選ぶがいい。
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