第1404話・明かされた衝撃

Side:久遠一馬


 晴具さん、本当に学校に通っている。一度オレの授業の時に晴具さんがいた時にはこっちが緊張したくらいだ。


「これは凄い……、そなたは日輪にちりんめぐりすら変えられるのかと思えるわ」


 そんな晴具さんが温室を見たいとウチの屋敷を訪ねてきた。先日、雑談をしていた時に食材の保存方法について聞かれたので、ついでに温室を教えたんだよね。


 御幸もあるのでいろいろと話す機会が多いんだ。


「これはさほど難しくありませんよ。作物も暖めるとどうなるか。そう考えた結果です。世の中には冬も暖かい土地もありますので。そこで育つ作物はこうして冬も暖めてやる必要があるんです」


 この温室、見た人は本当に驚くんだよね。


「硝子をこれほど使うとは……」


「現状だとこうして僅かに作って試すしか出来ませんね。商いは無理ですから」


 お付きの人も驚き戸惑っている。硝子自体が、高価だからなぁ。


 晴具さんには市販していない高級馬車を貸し出してある。それには硝子窓があるから板硝子も見たことあるはずなんだけどね。


「御幸のこと一気に広まったな。慌てる様は面白きものよ」


 せっかく来たのでお茶に誘って一息ついたけど、晴具さんは巷で騒ぎになっている御幸について語ると、面白そうに笑みを浮かべた。


 いよいよ情報公開したんだよねぇ。家中や寺社への説明で一気に庶民まで情報が広がった。行啓もあったのでもう少し落ち着いた反応かと思ったんだけどね。


 思った以上に騒ぎになっている。


「他国にいずこまで影響を与えるか。読み切れなくて困っていますよ」


「本音を言えば、わしにも分からぬ。そもそも織田と誼を深めたのも偶然じゃからの。六角とて先代の遺言がきっかけであろう? 敵味方に分かれる理由など些細なものよ」


 同席しているエルと資清さんが驚いた顔をした。多分、オレも同じ顔をしているだろう。まさか、そこまで本音を言ってもらえるとは思わなかった。


「まあ、私どもが織田に仕えたのも偶然ですけどね。ちょっと日ノ本を見に来ただけなんですよ。世を変えようなどと思いもしなかった」


「ふふふ……、そうであろうな。人を従えて世を変えるなど、決していいことばかりではない。そなたが己で天下をと願わぬ心情、察するところもある。北畠もかつては南朝の大将軍であった。祖先の偉業は誇らしいが、いささか荷が重いわ」


 誰にでも悩みはあるんだよね。身分があっても。荷が重いというのは謙遜もあるんだろう。ただ本音でもあるんだと思う。


 この人は、オレたちの苦悩を理解している。そこまで打ち明けていないのに。その凄さにただただ驚くばかりだ。


「大御所様……」


「そなたはもっと、わがままになってもよいと思うぞ。己が楽をするために天下などほしくないと言ってしまえばいい。公卿は驚き困るであろうがの。わしはそなたの左様なところも気に入っておる」


 斯波家よりも名門なんだよね。北畠。というか見抜かれているね。天下が欲しくない理由を。偉大な祖先を持つ名門。ある意味、ウチの未来にも見える。


 成り行きや偶然か。そういえば、小笠原さんも似たようなことを言っていたとウルザから手紙が届いていたな。


 なにが正しいかなんて分からない。それはオレたちも同じだ。コンピュータでシミュレーションなら出来るが、それもまた可能性のひとつでしかない。


 本当、元の世界の歴史が参考資料程度にしか役に立たないんだよね。朝廷がここまで動くなんて思わなかったし。


 まあ、オレに出来るのは関係者とよく話して意思疎通をすることだ。調整役、そういう仕事は割と得意なんだと思う。


 トップになる器も能力もないという本音もあるけどね。


 頑張ろう。やることは山ほどある。




Side:武田義信


「御幸か。昨年の行啓はその先触れということか。兄上の決断が生きたな」


 叔父上がため息交じりにそう口にした。御幸があると知らされた時には、またかと驚いたのと同時に、織田と争っておればいかになったかと思うと安堵したものだ。


 信濃を捨て甲斐も捨てる覚悟で我らは尾張に来た。父上がいかにされるかは気になるが、これで武田家が朝敵として潰えることだけは避けられる。


「今川と小笠原も同じ家中か。いずこも安堵しておろうな」


 ふと気になった。今川と小笠原はこの知らせにいかなる思いをしておるのかとな。


「……因縁を軽うしたいな。父上に、そなたの祖父御に文で頼んでおくべきであろう。そう容易いことではないが、やらぬよりはいい」


 今川と小笠原のこととなると叔父上も重苦しい様子になる。致し方ないとはいえ同じ家中になるとは思いもせぬことだからな。


 謝ることも出来ぬ。父上の面目もあり、こちらにはこちらの言い分がある。されど少しでも因縁を軽うしておかねば、子々孫々が困ることになる。


「今は大人しくしておるのが一番かと存じます。因縁の重みは織田の大殿もご理解されておるはず」


 叔父上の言葉に異を唱えるわけではあるまいが、真田が僅かに懸念を示した。ああ、勝手に祖父御に文を出すのはまずいか。まだ今川は臣従をまっとうできておらぬのであったな。


「誰かに伺いを立てたいところだが……」


 家中の者で頭を悩ませるが、御幸があると騒いでおる織田家中で、武田の因縁を軽うしたいと言われても迷惑であろう。新参者だからな。


「某にお任せを。学校にて久遠家の天竺の方殿とならば会えます故、内々に訊ねてみまする」


「そうか、では任せる」


 誰に伺いを立てるかも難しい。ところが真田が妙案を出してくれた。久遠殿や奥方たちも忙しいようだが、奥方で我らが無理なく会えるのが天竺の方殿か。


 わしが織田から頂いておる禄は一国の守護として与える禄だと教えられた。父上と武田家への配慮であろうが、領地もない我らには過ぎたるものだ。


 なんとか働きで返さねばならぬが、織田の領内と政を学ぶことをしておるだけではお役に立てぬ。戦でもあれば命を懸けて戦うのだが、まさか信濃や遠江に行くわけにもいかぬ。


 命あるまでは学んでおるしかあるまいな。




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