第1403話・春となり桜が咲く

Side:久遠一馬


 武典丸が生まれて七日。名前のお披露目があった。


 お祝いの返礼、身分ある人たちとかは相応の品でいいんだけど、領民にはお酒と菓子をお返しとして贈っている。


 その後は大きなトラブルもなく、春の足音を感じながら仕事と武典丸のお祝いと御幸の支度であっという間だった。


 そんな二月も終わり三月となったこの日、尾張では春祭りになる。


 ようやく春だということで田植えの支度もしていて、領民の表情も明るい。


「賑やかだね」


 屋敷から出るとすでにお祭り一色だった。春祭り、正式には観桜会という名で五穀豊穣の祭りになる。


 領内では各地で観桜会という名目で五穀豊穣の祭りを行なっていて、中には春の村祭りとしてやっているところもあるそうだ。


 春にも祭りをするという習慣を、自分たちもやろうと考えてくれた人が多いらしい。理由には織田への信頼もあるし、暮らしに僅かな余裕が生まれたこともあるだろう。


「久遠様! いかがでございますか!」


 初年度にお花見をした清洲の寺に行くまでもなく、那古野にも桜を植えているのでそこを中心にお祭りとなっていた。


 まだ若木の桜だけど、今年は花を僅かに咲かせてくれたらしい。


 祭りを歩けば、あちこちから声を掛けられる。屋台のメニューも露店市の品物もいろいろと目を引くものがある。


 ちょこちょこと寄り道をしながらオレたちは学校にたどり着いた。ここにも桜を校庭に植えたんだ。


「さあさあ、もっと飲まれよ!」


 校庭は学校関係者と地域の人で賑わっている。そんな中、ウチの若い家臣や奉公人の皆さんが宴をしている席に顔を出す。


 ここでは慶次が若い子たちを盛り上げているところだった。最初の年にやった家中の男女向けの合コンみたいな宴は今も続いている。


 オレが忙しくなったこともあり、慶次に任せていたんだ。放っておいても家中の縁談の世話とかしているし。


「殿!」


「いいからいいから。もっと楽しんで。オレもちょっと飲もうかな」


 オレたちが尾張に来た頃に仕えてくれたみんなは、大半が二十代半ば以上になっていて結婚をしている。


 今はそれ以降に従った者たちや新たに元服した者たちを集めて、こうして家中の若い男女が一緒に楽しめる宴にしているそうだ。


 オレたちが姿を見せると畏まる人が増えたことがちょっと寂しい。その点、信長さんの悪友だった家臣たちは、宴の席では昔と同じように一緒に楽しんでくれる。


 一緒にいるエルたちや護衛のみんなにもお酒を配り宴に参加する。若い子たちがどんな話をしているのか。そんなことも興味がある。


 無論、馬鹿話をしているだけでもいい。オレがリアルの学生の頃はそうだった。


 リアルでアラサーになり、こっちに来た時には十代からやり直した。ちょっと得をしたというか、二度目の十代からの人生は面白く懐かしい不思議な気分だね。


「あー、いね!」


「これは若様がた。楽しゅうございますか?」


「うん!」


 ああ、大武丸たちが普段は侍女さんをしている子たちに声を掛けに行っちゃった。今日はお休みにしてあるんだけどなぁ。大武丸たちにはまだ仕事とお休みという概念を理解出来ないから。


 せっかくの出会いの場を邪魔しないように、オレとエルたちで子供たちをひきとるか。


 まあ、若い子たちも悪い気はしないようで、大武丸たちと一緒に楽しげにしているね。親戚のお兄さんお姉さんに遊んでもらう子供みたいだ。


 活発な子供たちを見守るオレたちだが、膝の上にはロボがいる。ブランカはエルの膝の上だ。二匹もすっかり落ち着いて見守るポジションなのかな。


 さて、あまり邪魔をしないうちに移動しようか。清洲に行って信秀さんたちの花見の宴にも顔を出さないと。




Side:朝倉宗滴


 越前の地はいかなる春を迎えておろうか。


 遥か尾張の地で、こうして春を祝う酒を飲むのも悪うない。


「そうてきさま! これもおいしゅうございますよ!」


「おうおう、そうか。どれひとつ頂くとするか」


 孤児院の幼子らと共に牧場内にある桜で春を祝う宴をする。働ける者は久遠家の屋台で働くのだとこの場にはおらず、年寄りと幼子ばかりだ。


 ここに来た当初は身分や朝倉家の体裁もあり、皆から気遣いばかり受けておったが、近頃はそういったこともほぼ止めてもらった。


 久遠殿と奥方らに合わせたとも言えるし、わし自身もすでに隠居の身故、己の身一つ以外は忘れたいと思うようになったこともある。


 子らに請われて武芸や礼儀作法を教え、こうして幼子の世話をするのがなにより穏やかで心地いい。


 共に世話をしておる年寄りらは未だにわしに恐縮しておるがな。そろそろ朝倉の名も捨ててもいいのかとすら思うようになった。


「ごんじい! おはなしして!」


「そうじゃのう」


 ここには幼子が好むような絵巻物を書にしたものが幾つもある。幼子がねだるように年寄りに声をかけると、そんな絵巻物の話を語って聞かせ始めた。


 なかなかよいものだ。わしが聞いても心地よく、まるで春のように心が晴れ渡るような気になる。


 己を知り、民を知り、世を知ったつもりであったが、世はまだまだわしなど遠く及ばぬほどに広い。


 倅からの文では、殿は随分とご苦労をされておるようだ。


 やはり得てしまった地位や面目は容易く捨てられぬか。それが武士というものなのであろうな。斯波武衛家が零落の憂き目に会い、朝倉が公方様や管領殿に頼りにされたかつての時とは違うというのに。


 家を割ってでもわしが始末をつけるべきであったか? いや、それでは憎しみと恨みしか残らぬな。


 仕損じると分かっておっても、自ら身を以って仕損じねば人は納得をせぬものだ。愚かだな。人というものは。


 尾張の者は最早、朝倉など見ておらぬ。領地を富ませ、争いのない国を造るべく日々励んでおるのだ。


 この冬も信濃の小笠原が降り、駿河・遠江の今川も降った。本来ならば今川が降ったことを重く受け止めて動かねばならぬというのに。朝倉は動けぬ。


「そうてきさま?」


 しばし物思いに更けておると、幼子らがわしを案じるように見ておった。いかんな、左様に案じられるような顔をしておったのか。


「大事ない。少し考え事をしておっただけじゃ」


 幼子というのは正直でよう見ておる。感心するの。


 この子らはいかなる道を生きるのであろうか? 少し羨ましいの。かような良い国に生まれ育つことが出来る幼子らがな。




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