第1402話・子供と父と母と……
Side:久遠一馬
発表はまだしていないけど、ケティの子供は『
名前に関しては政秀さんに相談した。誰かに頼むべきかどうか悩んだからさ。四男になるし、そろそろ自分たちで名付けてもいいと教えてもらったんだよね。ただ、義統さんと義信君、信秀さんと信長さんと、名付けの報告に廻って筋みたいなのを通した。
武典丸とケティについてだが、母子ともに健康そのもので一安心している。
出産から数日過ぎたけど、お祝いに駆け付けてくれる人たちが多くて、そっちの対応で忙しいけどね。これは嬉しい忙しさだろう。
大武丸たちは連日病院に行ってケティと武典丸と一緒にいる。武典丸はお乳を飲んで泣いて寝るくらいしか出来ないけどね。でも赤ちゃんはそれが仕事だ。
「興味深い経験だった」
父親として夫として至らないところもあるだろうけど、出来るだけケティと話す時間は作るようにしている。ただ、ケティは我が子を抱きかかえつつ、本心とも照れとも受け取れる顔でそんな感想を口にした。
「いろんな人が来てくれたよ。それに文もたくさん届いた。身分が違うからと贈り物だけ届けてくれた人はもっといる」
贈り物は本当にありがたいんだけど、名前も告げないで贈り物だけ届けて帰ろうとする人がいることには驚いた。
ちょうど忙しかったこともあって、応対した家臣が他の人の相手をしている間に帰ってしまい、慌てて後を追って名前と住まいを聞いたなんて話もある。
一般の領民も贈り物とかしてくれるんだ。さすがに返礼に悩むね。
「それは困った」
わざわざウチに伝えに来ないけど、ケティと子供も無事を祷っていたという人が領民や寺社の関係者もいるという話だ。そこまで来ると返礼のしようがない。
少し照れた様子のケティは、いつの間にか眠ってしまった武典丸を寝かせると一緒に横になった。
「私はこの国に来て良かった」
寒くないようにと火鉢に炭を足していると、ケティはそんな本音を語ってくれた。
「そうだね。助けているのか助けられているのか」
そもそもオレたちは、自分たちが生きていく場所を求めて日ノ本の統一と改革をしようとした。決して世のため人のためなんて立派な理由じゃない。尾張から始まったのも、オレの興味半分のノリのせいなんだよね。
ただ、海外領を含めるとウチの下で働いている人は多い。織田家やその領地に住む人はもっと多い。そんな人たちに対する責任と感謝は忘れないようにしている。
オーバーテクノロジーも宇宙要塞もあるけど、結局は人の力と社会が必要ということだ。
「さて、オレは仕事に戻るよ」
「うん、頑張って」
ケティは夜中も武典丸に母乳を与えるために起きているそうだ。少し眠そうなのでオレは仕事に戻ることにする。
大武丸たちは侍女さんと同じく産休中のメルティが面倒見てくれている。医師も看護師も侍女さんもいる。みんなを信じて任せよう。
来月、三月には譲位と御幸があることを正式に発表する予定で、都のほうと連絡を取りつつ準備を進めている。今回の御幸は数か月から一年くらいになる想定なので大変なんだよね。お付きの人も含めてそれだけ滞在するとなると。
仙洞御所が完成すればお戻りになられることが決まっていて、尾張に移住することはない。これは上皇陛下の御意向でも多分変えられないことだろう。
名目として仙洞御所が完成するまで御幸をしているということになる。上皇陛下と帝がそれぞれ別の地域にお住まいになり、二重権力になるような事態は避けたいというのが関係者の一致した思いだ。
御幸は様々な政治的な思惑や成り行きの結果だけど、帝のお望みでもある。正直、史実を参考にするとそこまで余命も長くないんだよね。ただ、ケティが提言した日光に当たることなどしていることや歴史が変わっているので同じになるか分からないけど。
帝はもっとオレと話したいような感じらしいけど、正直、なにを申し上げていいのか駄目なのか、オレには分からない部分も多い。
その辺りも含めてもっと公卿の皆さんとは相談する必要があるんだよねぇ。
どうなることやら。
Side:小笠原長時
弟が家中を
もっともわしも暇などないがな。信濃国人衆や寺社もこちらに参ってあれこれと問うてくる。織田は自ら降れとも従えとも言わぬので、いかにしてよいか分からぬのだ。
いかようでもいい。それが本音であろうな。自ら従うなら面倒をみるが、勝手にやりたいなら捨て置く。冷たいようにも思えるが、こちらから声を掛けると所領の安堵やらなにやらと言うてくるからな。分からんでもない。
「甘いようにも思えるがな」
「でしょうね。よく言われるわ。ウチの殿はもっと甘いと言われているくらいよ」
つい本音をこぼすと夜の方殿が僅かに困ったように笑みを見せた。
米を盗んだ者など死罪で当然、何故許すのだと怒る者が小笠原家中にまでおる。織田としては小笠原への配慮と見せ、わしと弟としては情けを示すという理由も理解するがな。
ここ信濃では甘いと付けあがる者が多いのだ。
「でもね。私たちはそれでも負けないしやっていけるのよ」
自信に満ちた
それに日和見をしておった寺社が、先の要請で顔色を変えてこちらに従うようになった。
皆、理解しておらなかったか、したくなかったのだ。夜の方殿らが武衛様と大殿の名代としてここにおることに。お二方の名を使った命を許されるなど驚天動地の驚きであったところもあろう。
「小笠原殿はそろそろ尾張に行く日取りを考えないと駄目なのよね。あっちでは来月には御幸のことを明らかとするわ。礼儀作法を教えてもらいたい相手が山ほどいるのよ」
わしの面目など潰しても困らぬであろうに。過ぎたる気遣いに思えるわ。されど、それが久遠のやり方か。だからこそ味方が増える。
「弟の家中と領内の寺社はすぐに落ち着く。最初から強気に出ておればよかったのではないのか?」
「そうね。そういう見方もあるわ。でも最初からあれこれと命じると
力でねじ伏せることを好まぬか。わざわざ上手くいかぬことをやってみせるとはな。
今川と武田が織田に降るはずだ。
戦に勝つどころではない。戦を起こさせるような真似をさせぬのだ。
これが織田の躍進の秘訣か。
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