第1387話・松の内を明けて
Side:久遠一馬
松の内も過ぎると、尾張もいつもの日常に戻る。
さっそく動き出したのは学校の女子科だった。土田御前を筆頭に一族や重臣の女衆に対してアーシャが講義を行なっている。
場所は学校だった。女衆に城や屋敷から出る機会を与えたいという土田御前の意向だと聞いている。
第一回の内容は分国法と統治体制について。これ文官仕事をしている女衆は男衆と一緒に説明を受けるんだけど、よく知らない人も結構いるようなんだ。反応は良かったようで、質問なんかも多くアーシャがやる気になっている。
当面は今後も定期的に女子科の授業をして様子をみるようだ。
あと年末年始を含めて動きがあったのは信濃になる。武田という重石から解き放たれたところが、少なからず動きがあり混乱もしているみたい。
大きいところでは信濃四将の一つともいわれる諏訪家が揺れている。諏訪家は諏訪神社の大祝という要職を務める一族でもあるが、国人としての諏訪家は晴信の同盟破りにより諏訪頼重が攻められて、助命の約束を反故にされて自害に追い込まれている。嫡男がいるはずなんだが、こちらもすでに亡くなっているようなんだ。
諏訪神社はとりあえず様子見をしているものの、諏訪一族の分家筋の者たちが独立だと騒いでいるとのこと。武田への報復をと主張する人もいるらしいが、周りの国人や土豪どころか諏訪一族すら今のところ意思統一が出来ていない。
隣には信濃望月家がいるんで、こっちに割と情報が入ってくる。年末年始を挟んだというのに人を使って必死に情報を流してきている。
他の国人や土豪は織田に従おうとしたところもあるようだけど、条件に愕然としていたという話もある。例によって都合のいい噂しか知らなかったんだろう。領地召し上げで俸禄と聞いて即頷いた人はいないようだ。
どこも一族や家中をまとめる必要があるからね。年末年始でどう変わるか。こっちは別に独立独自路線でも一向にかまわない。
遠江も年末年始に多少動きがあり、清洲に使者を寄越した国人が幾つかあったと聞いている。斯波家の直臣になってやると言ってきた所もあって、応対した文官さんが呆れ返っていた。それって織田と並び立たせろってことだからね。織田家の直臣でも今川と以下同文だ。さすがに直接臣従は無理だと理解したのか、今川との和睦を取り持ってほしいというところもあったようだけど、介入するメリットがない。
領地制度をすでに終わらせつつある織田において、土着の国人を厚遇する理由がない。武芸や学問を学んでいるので一定の価値は認めるけど、斯波家と因縁ある遠江の国人を助けるメリットは本当にないんだよね。
「いかがじゃ?」
「ええ、いい味ですね」
北畠晴具さんが大根の糠漬けを持参して、突然ウチの屋敷にやってきた。大根を干していない浅漬けになっているものだ。塩加減と漬け具合が良く、歯ごたえもいいね。本当に美味しい。
温かい煎茶と一緒にいただくと本当にそれだけでいいと思える。
「神戸や赤堀の所領。そろそろ手放す頃合いかと思うての。少し話しておきたいと思うてな」
漬物自慢に来たわけじゃないのか。神戸や赤堀。北畠と繋がる国人は未だに所領を持っている。臣従当時は所領を整理して減らしたものの本拠地は残していたんだ。
所領の完全俸禄化は織田一族でさえ去年の正月だからな。尾張と美濃はほとんどないけど、三河と伊勢は所領を持つ武士が少し残っている。
「私が決められることではありませんが、現状であの辺りは急ぎませんよ。まあ、ご心情はお察ししますが」
神戸さんや赤堀さん、頑張って働いてくれているし、彼らの所領も事実上管理しているだけで周囲の領地との差がない。わざわざ召し上げる理由もないしね。ただ所領を持つ限りそこでの働きに縛られる。上のステップに行けないんだ。
「機を逸することは避けたいのじゃ。織田の動きは早い。信濃・遠江・駿河。神戸や赤堀を理由にごねる者が出ると、肩身が狭うて困るからの」
「大御所様に口利きをしていただけるならば、こちらはいつでも構わないと思います。異を唱える者はおらぬでしょう」
晴具さん、年末年始も尾張にいたんだよね。霧山御所に戻られるのかなと思ったけど、蟹江の屋敷でのんびりと過ごしていたらしい。
信濃・遠江・駿河。あと武田の臣従も知っているはずだ。それを見越して動いたとみるべきか。すでに神戸や赤堀は承知のことなんだろうね。織田としては北畠への配慮もあってこちらから完全俸禄にするとは言いにくい。
また神戸や赤堀も北畠家の考えを聞かないうちは動きにくいからなぁ。わざわざ晴具さんが動いたんだろうね。
「一度、内匠助殿の本領に行ってみたいものよな」
「とても危ない旅でございますよ。上様の時にも念を押したことですけど」
神戸や赤堀の件が一段落すると、こちらの反応を確かめるようにポツリとこぼした。義輝さんが菊丸として行ったこと本人が教えたからなぁ。駄目だとも言えない。
「北畠の家は倅がなんとかするであろう。日ノ本をひとつにと目指す前に見ておきたいのだ」
身分的にも立場的にも断れないんだよねぇ。まあすぐにでもと言っているわけではない。次にオレが戻る時に同行したいということだ。
「そうですね。大御所様がそこまでおっしゃるのならば……」
晴具さん、日ノ本統一の計画も知っていて、いろいろと助けになってくれている。こちらとしては危険を承知なら受けざるを得ない。まあ、御幸があるのでいつになるか分からないのは承知のことだからいいけど。
「世を変えるなどと言うても、世迷い言を言うなと言われるものよ。それがそなたの本領を知る者は、皆がそは
今年は無理だろうが、来年辺りならお連れ出来るだろうか。
新しい世の中は極楽浄土のように穏やかでとは思っていないんだろう。人が人である限り、それはあり得ないことを知っていると思える。
「世を変える。私には荷が重すぎます。今もいろいろあって難儀しているというのに。今年も御幸などあり、私の理解を超えているものでございます」
「案ずるな。朝廷と公家衆はもっとそなたを理解出来ておらぬ。お互い様よ」
不謹慎だが思わず笑いだしてしまうと、晴具さんもしたり顔で笑っている。
確かにそうだろう。お互いに理解出来ないまま落としどころと双方の利を上手く
しかし、晴具さん。こちらの
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