第1385話・新年始動

Side:久遠一馬


 大評定の後には年始の宴があった。今回感じたのは、ここまで広がるとどうしても顔見知り同士で固まる傾向にあるなということだ。人はこうして派閥が出来るんだなと実感した。


 ただし、求められない限りは、人間関係までオレが関わることはないだろう。そこまで余裕がないと言ったほうが正しいのかもしれないけど。


 松の内を過ぎていないものの、織田家ではすでに動き出している。相変わらずのんびりとしている余裕はない。まず信濃はさらに食糧支援しないと春まで持たない。


 余剰人員はだいぶ三河に送ったんだけどね。武田家が本当に人質を解放したことで信濃が揺れているんだ。人質を取ることで裏切りを許さないという脅迫もあったんだろうが、同時に守られる、もしくは威を借りれたという安心感もあったんだろう。


 武田方の信濃で大きいところは諏訪などがある。そこらの動き次第だけど、信濃には更なる食料が必要になることもあり得る。言い方が悪いが、生産性のない戦で数年浪費したツケが回る頃でもあるんだよね。武田と今川は。


 三河と美濃から信濃へ行く街道は昨年から部分的な整備をしていたけど、今年から優先的に整備をする。


 三河に関しては安定しているものの、東三河の抑えとして置いている武官や人員は動かせない。今川がこちらに攻めてくる可能性はないと言ってもいいけど、ゼロでもないからね。


 まあ、庶民は半月も仕事を休めるほど暮らしが豊かじゃない。松の内を休むというのはそういう身分のある人だけだ。賦役も始まるので織田家では実質的に動き出している。


「うーん、いいんじゃないかな」


 オレは相変わらず忙しい。公式の役職は商務総奉行なんだけど、織田家の動きのほぼすべてが評定に掛ける前に一旦オレのところに集まる。暗黙の了解と言うか、オレの反対、久遠家の反対が無ければ、織田家の為になると思っているふしがある。ほんとはこれ家老職の仕事なんだけど、現状の体制のノウハウが足りないこともあり、オレのところにどうだろうと意見を聞きに集まってくるんだ。


「畏まりました。ではそのように」


 おかげで資清さんたちが総奉行衆や家老衆とのつなぎ役になっていて申し訳ないくらいだ。


「ねえ、これいいよね?」


「ああ、亜炭のテスト上手くいったんだっけ。いいよ。当面、医務奉行の管轄でお願い」


 パメラが持ってきたのは公衆浴場を増やす献策だった。昨年プロイが持ってきて美濃の三田洞温泉でテストしていたんだが、まあ使えそうだということだったんだよね。


 とりあえず主要都市に公衆浴場を造る計画を立案したようだ。現状だと石鹸の普及はまだ難しく糠袋がようやく少し普及しつつある段階になっている。ただ、やっぱりお風呂は燃料の薪代などを考えると贅沢品なんだ。


 森林資源保護のためもあって公衆浴場造ってなかったんだけど、亜炭でやれそうだということで医務奉行の管理下で進めてもらうか。場所によっては寺社で管理してやってもらう可能性もあるから、千秋さんと堀田さんにも一声かけておくか。医療活動の末端が寺社だからなぁ。


「じゃあ、私たちは行くわね」


「信濃は任せて」


 入れ替わり立ち替わり人が出入りする中、ウルザとヒルザが顔を見せに来た。信濃が落ち着くまでは向こうにいるらしい。


「気を付けてな。補給は欠かさないけど」


「うん、大丈夫よ」


 信秀さんからも前線には行くなと言われているんで大丈夫だろうし、武官と警備兵からも精鋭が同行している。あまり心配はいらないと思うんだけどね。とはいえ血生臭い争いが多い地域なだけに少し心配だ。


「職人組合だけどさ……」


 次はギーゼラか。職人組合に関する相談だ。


「元々、他者との交流が要らないとか、理解しない人もいるからなぁ」


 商人組合より設立が大変らしい。流れの職人や野良職人とかいろいろいるからなぁ。職人には。協調性とかない人も当然いるか。


「無理に全員入れなくていいよ」


 織田の禁止していること。不正、不善は元より不義理をしないなら当面は放置でもいいだろう。工業村と善三さん組と元佐治水軍の職人衆と周防から来た職人衆は参加してくれるし。足踏み式旋盤も未だに機密状態なんで、職人は扱いが難しい。


「ちーち! ごはん!」


 ああ、もうお昼か。希美が呼びに来てくれた。なんか嬉しいな。こういうの。何度経験してもいいもんだ。




Side:武田信虎


「すまぬの。武田と戦をしておきながら」


「なあに、すべては世の常。治部大輔殿が謝ることではないわ」


 随分と力を失った目をしておるわ。織田の躍進に焦り、武田との戦をしたものの上手くいかず屈するように臣従か。当然と言えば当然なのであろうな。


「太郎義信殿と典厩殿が武田一族の女子供を連れて尾張に入り臣従するそうだ。そろそろ臣従をしておるやもしれぬな。存じておろうが。まさか武田に先を越されるとは思わなんだわ」


 倅は甲斐を捨てる覚悟で織田に降り、今川は所領をまとめて織田に降る。因縁やら面倒事は双方にあるが、これはまた面白いことになったものよ。


「致し方あるまいな。穴山と小山田が離反したら倅が甲斐をまとめるのに幾年もかかるわ。織田の動きをみておると左様な年月はかけられぬ。されど今川ならもう少し早かろう。それに遠江は今の斯波にとっていささか厄介なのかもしれん。今川が大人しくさせたほうが喜ぼう」


「やはりそう思うか」


「父親の遺恨なのだ。軽くはあるまいが、今更、遠江如きで喜ぶようなこともあるまい」


 一度はすべてを失った者故に分かることもある。倅は最後の最後で良き手を打ったものだ。甲斐の国など捨ててしまえばいいのだ。されど甲斐武田家当主としてそれを出来るかといえば、難しいと言わざるを得ぬ。


 穴山と小山田は下手を打った。おそらく倅を隠居させて太郎を当主としたかったのであろうが。倅はこれ幸いにと穴山と小山田を切った。


 今川も負けておらぬ。わしもよう知るわけではない。されど昨年の行啓でみた武衛殿の様子から察するに、遠江などいかようでもよいのではないのか。


 然れど、これで関東より西、畿内に属さぬこの辺りが織田で統一されるな。


 まさかわしが生きておる間に、かように世の中が変わるとは思いもせなんだわ。



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