第1383話・大評定

Side:久遠一馬


 新年最初の仕事は大評定になる。


 今年は信濃の小笠原さんが初めて出席するはずだったけど、信濃が思った以上に大変であることで弟さんが名代として参加している。


 それと武田義信さんが、大評定で臣従をする予定だ。今川に関しては正式な臣従をしていないので参加見送りだね。


 武田義信さんのこの日の臣従は、どうも真田さんの進言らしい。先日、義信さん自身が臣従を考えていると挨拶に来てくれた時にそう言っていた。


 義信さん自身は松の内を明けてからと考えていたようだけど、真田さんから織田は松の内が明ける前に動くからと進言されたみたいだね。信繁さんとかとも話し合って、大評定での臣従を決めたらしい。


 今年も大評定ではいろいろな報告がある。新たに創設される役職や立場が変わる役職などの発表もそうだ。


 まず昨年までの体制についてだけど、総奉行は内務・農務・産務・商務・工務・土務の六つだった。それが今年からは民務・刑務・逓務・医務・財務を加えての十一の役職に増える。


 まずは民務総奉行を創設した。これは地方の監督や関所管理や測量などが主な仕事になる。そろそろ清洲からの直接統治が難しい距離の領地も増えたので、遠方の領地には代官を置いて、その代官を監督する。この総奉行は地方の監視という役目も兼ねているので、織田家当主が兼任という形になる。


 それとこの民務、本所、本来の土地の持ち主との調整も役割となる。同じ土地の権利を持つ人が何人もいるとか、笑えないのがこの時代だから。


 遠方の領地においても、基本は織田家の体制を基に地方自治をする体制を整えることを目指す。具体的な組織作りはこれからだけど。


 それと内務総奉行である信康さんが忙し過ぎるので、内務の管轄から独立させたものがある。刑務と逓務だ。


 刑務は訴訟を扱う、元の世界の裁判所にあたる問注所の運営と罪人の監督とかも行なっている。今までは信康さんの下で稲葉さんが奉行をしているが、そのまま独立させた。


 逓務は伝馬伝船の運用と、その拠点となる駅の運営。飛脚や馬借の監督も行う。これも領地が広がるに従って大変になったので林秀貞さんを奉行から総奉行にして独立させた。あとこの逓務の仕事には情報伝達があるので、史実の腕木通信を参考にした伝達方法を検討している。


 それと財務、これは織田家直轄だったけど、評定衆の総奉行に変更した。皆さんもそろそろ慣れてきたこともあって、財源や税のことをみんなで考えるべきかとなったんだ。そして税を扱う税務、内務の管轄だったけど財務の管轄に変更する。総奉行は引き続き信秀さんだ。


 次に軍務は引き続き織田家直轄で、評定を通さないで決めることの出来る専権事項になる。軍務総奉行は信光さんだけど、人が増えていることもあって組織の形態が分かりにくくなっている。具体的には武官で統一しているものの、年齢や家柄や過去の武功で自然と序列が出来つつある。


 これがまた問題なんだよね。明確な階級を決めておかないと、実力以前の家柄や血筋だけで上にのし上がる人が多くなってしまう。家柄や血筋からくる血縁や地縁は有効だけど、このままでは政治力のある人が出世する。


 結局、誰にでも分かる形で階級を決める必要が出ていたんだ。いろいろと検討した結果、律令にある兵衛府の組織を参考にして将官・佐官・尉官と分類することにした。まあ、元の世界の軍組織と同じ形だね。兵衛府、武衛という唐名がある。斯波家の官位の元ということで、それも理解しやすかったようだ。


 元の世界だとあまりイメージが良くないかもしれないが、世界各地でほぼ同じ組織形態となった有効性は確かだからね。


 軍務もこれからは地方にそれぞれ駐屯させる必要がある。組織改革はそれを考慮して決めた。


 それと各地の代官だけど、尾張上四郡は信勝くん、下四郡は信長さん。西三河は信広さん、東三河は松平広忠さん。北美濃は東常慶さん、東美濃は遠山景前さん、西美濃は不破光治さん、中美濃は道三こと斎藤利政さん。


 北伊勢は神戸利盛さん、東志摩は鳥羽家で、南志摩は九鬼家が代官となる。


 飛騨と信濃はまだ検地も終わっていないのと、つい最近臣従をした内ヶ島がいるので暫定ではあるが、飛騨の北は姉小路家、東は江馬家、西は内ケ島家、南は京極家にする予定になっている。信濃の西は木曽家で南を小笠原家の予定だ。


 こうしてみるともろに領地があった勢力のままだけど、地縁と血縁でがんじがらめのこの時代の改革を行うのは並大抵の苦労ではない。目下の課題は有力な武士の勢力ではなく、むしろ土豪や領民なんだ。


 いちいち反発をして逆らう人だっている。別に討伐するのは構わないけど、それも手間なんだよね。該当地に地縁や血縁がある人に改革をやらせたほうがまだマシというのが現段階での妥協点だ。


 織田の統治に慣れた尾張や美濃の武士を出すことも考えたが、結局地縁や血縁がないと苦労をする。文官や武官はなるべく領地に関係なく送る予定なので、そちらでバランスはとれるだろう。


 現状だとオレたちが調整と指導を出来るので、その間に統治機構を形にして次世代に継がせるしかない。


 総論から言うと、今年の組織改革は主に尾張から離れる地方の統治を前提にしたものだ。代官は信秀さんの下でその地を治め、地方にも織田家直轄で軍・警備兵・火消し隊などの組織をそれぞれに置くための措置が多い。


 文民統制とはいかないものの、軍・警備兵・火消し隊は代官の権限から除外する。国境や関所などの要所を守る代官は駐屯した兵の将も務めるけど。指揮命令系統の明確化。これが今の織田家に一番必要なんだ。


 ああ、それと新組織として職人組合が今年から発足する。商人組合の成功もあるし、尾張に職人が増えたので管理する組織が必要になったためだ。この時代だと主に寺社が職人を管理しているんだけど、織田領では工業村の職人衆を束ねている清兵衛さんがなりゆきで管理していたんだ。


 ウチが調整していたとも言えるけど、さすがにこちらも職人による組織が必要だ。組織作りは船大工たちと船の建造に従事している鏡花と、職人衆と親しいギーゼラに頼んである。ギーゼラは一時期学校の管理もしていたけど、アーシャが産休から明けたので少し手が空いていたんだ。


 職人に関しては工業村の中や船大工と外の職人では、価値観から技術まで違いがいろいろとある。どういう形で落ち着くかは分からないが、とりあえず意思疎通が出来るようにと頼んだんだよね。


 正直なところ組織改革は向こう十年は試行錯誤が続くだろう。オレたちが引退するまでにまともに運用出来るようにしたい。


 


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