第1382話・烏賊のぼり大会
Side:久遠一馬
新年五日目、恒例となった烏賊のぼり揚げ大会の日だ。色とりどりの烏賊のぼりが揚がっている光景は、見ているだけで楽しいものがある。
大きな烏賊のぼりもあれば、色彩豊かな烏賊のぼりもある。商人なんかは名を売り豊かさを示すために派手なのを揚げているみたい。
ああ、露店市も出ている。寒い冬だけに温かいものが人気みたい。いろいろな魚介が入ったごった煮のようなものが安くて人気だそうだ。
蕎麦とかうどんとか温かい汁物も人気で、正月ということもあり、どこも具が多いとか頑張ってくれているみたい。
ウチは孤児院の子供たちが屋台を出していて、甘酒やお汁粉を売っている。例年通りの赤字覚悟の振る舞い商売だけど、子供たちが張り切っているんだ。
正月くらいは休んでいいと思うんだけどね。孤児院の子供たちが自発的に屋台を出したいというので許可している。
そうそう、この烏賊のぼり大会。今年から開催場所を増やしている。津島・熱田・蟹江・井ノ口・関ヶ原・大垣・安祥・岡崎・桑名などで開催している。
これは武芸大会の予選などを各地で行うようになったことで、各地の人たちも祭り開催の経験を積んだこともあるし、自分たちも負けてられないと商人たちも率先して開催に協力した結果だ。
商人組合、これが上手く機能している。熱田に滞在しているリースルとヘルミーナのふたりを中心に、ウチのみんなが上手くまとめているとも言えるけど。少しずつ皆さんが慣れると商人たちでも上手く回るだろう。
「だー! だー!!」
「どうしたんだい? あれが気に入ったのかい?」
ジュリアが抱いている
正月ということもあり、武尊丸とか武鈴丸とか遥香も一緒だ。まだ烏賊のぼりが分からないかもしれないけど、こうして一緒に思い出を作れることがなにより嬉しい。
「去年より一段と賑やかでございますね!」
今年もお市ちゃんが一緒にいる。烏賊のぼり見物を一緒にしようと誘われていたんだ。大武丸たちとも仲がいいし、ほんと少しおませなお姉さんという感じだ。
「かじゅ!!」
みんなで烏賊のぼり見物をしていると、吉法師君と一緒の信長さん帰蝶さんと出くわした。オレを見つけた吉法師君がこっちに手を振っている。
「賑やかでよいな」
「そうですねぇ」
信長さんは祭りの雰囲気に上機嫌なようだ。しばし一緒に空を見上げる。
尾張の皆さんは良くも悪くも変わったなと思う。奪わなくても豊かになれると理解すると、率先して変えていくことをしてくれる。この烏賊のぼり大会はウチが発案じゃないだけに、尾張の人たちの自発的な変化がよく分かるんだ。
まあ、いいこともあればそうでないこともある。奪う必要がないということは、他国への興味も減ることでもある。特に貧しいと噂の甲斐や信濃辺りは領地が増えても喜んでいない人も多い。
誰も口にしないけど、公家衆や親王殿下にしても今までは見向きもされなかったことから、冷めた目で見ている人は上から下まで結構いる。
意識と経済の格差は今後も慎重に考えていかないと駄目だろう。封建体制であることから不満が表に出にくいけど、博愛や平等・
「あれは……」
「親父が声を掛けたそうだ。放っておけば城から出られぬからな」
人々の笑顔の先を考えていると、武田義信さんが見えた。他の人より笑顔は少ないものの、リラックスした様子には見える。一緒に甲斐から来た女性や子供たちと烏賊のぼりを見ている。
武田家に関しては、同情や
言い方が適切か分からないけど、織田家中で言えば名門が降るのは慣れてきている。姉小路さんや京極さんが親王殿下の行啓で大活躍したことから、武田家もまだ受け入れられている。
「上手くやれると思うか?」
「大丈夫ですよ。それに、皆に生きる場を与えるのが若殿や私の役目ですから」
ただ、信長さんですらもわずかな懸念があるようだ。東国一の卑怯者。この噂が未だ重く圧し掛かっている。
史実と変わった世の中をどう生きるか。実はあまり心配はしていない。覚悟が出来さえすればやれるはずだ。優秀なのは間違いないからね。武田家の人たちは。
Side:元渡り巫女のお夏
甲斐の武田の嫡男が領国を捨てたとは……。顔も知らぬ武田一門の者たちの姿に僅かに憎しみが込み上げてきます。
「お夏、いかがしたんだ?」
「いえ、今年も烏賊のぼりがたくさんあるなと」
ただ、それもすぐに消えていきました。我が子と夫の姿を見るといかようでもいいと思えます。
我が子も二歳になりました。日頃は病院に勤める者たちの子たちと一緒に面倒を見ていただき、私は病院にて働いております。
武田に仏罰が降った。そう思うと過ぎたことは忘れようと思えますね。
信濃の父や母とは今も関わりは一切ありません。武田も織田様と争う懸念を考えてか報復もなく平穏な日々を送っております。
そんな織田様の領地が信濃にも広がったとか。あんな貧しい地など迷惑だと誰かが言うていました。厄介なことにならねばいいと案じてしまいます。
「くしゅん!」
「あらあら、寒いのかしら? そろそろ帰りましょうか?」
「そうだなぁ。帰って暖まるか」
しばし考え込んでいると、子の久助がくしゃみをしたことで、夫と共に家に帰ることにします。私たちは貧しい信濃とは比べようもないほど豊かな暮らしになります。すべては久遠様のおかげ。
餅をお腹いっぱい食べて、ご馳走だっていただける。こんな幸せで良いのかと今でも思います。
「酒でも飲むかぁ」
「飲み過ぎないでね。お酒の飲み過ぎはいけないとお方様に命じられているのよ」
「分かっているって」
お人よしで困った人なのは今も変わらない。ただ、夫は御家の商いでお役に立てている。
私も今日は少し飲もうかしら。そしてすべてを忘れましょう。
憎しみも、貧しかったことも。
すべて……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます