第1381話・温度差

Side:久遠一馬


 新年三日目、今年は近くにある那古野神社に初詣に行った。


 驚いたのは混んでいたことか。初詣の習慣が根付いてきていたのは去年までもあったけど、親王殿下の行啓の際に文化祭のイベントとして那古野神社に来られたことで箔が付いたのだという。


 忙しそうに働く那古野神社の皆さんがどこか嬉しそうだったのが、なんとなく良かった。


「そうか」


 初詣のあとは屋敷でゆっくりする。家臣のみんなが挨拶に来てくれるからね。出迎えて歓迎してあげないといけない。


「土田御前様は学校の活用と別に、講義をすることの両方で考えておられましたわ」


 ただ、シンディからの報告に少し驚かされた。


 織田家における女衆の教育。この件で相談されるとは。この時代は女性も独自の所領や禄を持っていて自立した立場を維持出来ていた人もいる。領地整理の影響で所領はすべて俸禄となった今でも実入りは変わらない。


 武家の内向き、奥向きのこと。これ実は難しい問題だったんだよね。外から口をだすことじゃないし。土田御前はオレたちのやることに合わせるように女衆を集めて、宴や茶会や能の鑑賞会を開いて交流を続けているけど。


 あの人の凄いところは、今でもオレにあれこれと小言を言う時があることだ。エルたちを働かせ過ぎではないかということとか、遠方の妻たちとちゃんと話しているのかとか。


 猶子。不思議な制度だなと自分でやってみると思う。信秀さんと土田御前は実の子と同じように接してくれるし。利害や打算を超えるものがあるとは正直思わなかった。


「シンディ、アーシャ。任せていいか?」


「ええ、構いませんわ」


「私もいいわよ。学校の教育もあって保護者との意思疎通がちょうど今の課題なの。タイミングがいいわね」


 エルたちとも相談するけど、この件は男のオレがあまり口を挟まない方がいいと思う。なんでもかんでも元の世界の価値観にする気はない。一族一門、家という枠組みの体制は維持するべきだ。


 女衆には女衆の伝統と生き方がある。新しい教育はするべきだと思うけど、あとは無理に変えることでもない。時の流れと共に変わるだろう。


 現状でも女衆は働いているからね。エルたちが目立っているだけで、他家も奥方が役目を手伝うとか普通にあるし。出産・育児を終えて、家・血脈の存続と言うかせに義務をいられる立場から、幾らか解放された奥方たちなんかは文官として働いてくれている人だっているからな。


「うむ。参った」


「読みをめぐらす緊張が心地良く、楽しい対局でした。ありがとうございました」


「いや、強いの。将棋はあまりやらぬが、完敗じゃ」


 難しい話も終わったのでみんなの様子を見に行くと、宗滴さんがエルと将棋をしていたらしい。


 元日は家人とのんびりとしていたらしいけど、あとは年末年始ウチと一緒にいたんだよね。立場的にもウチの客人なので問題はない。


 エルは将棋や囲碁なんかをする時は割と遠慮がない。接待プレイとか求める相手としないのもあるけど。


「じーじ!」


「ああ、あきら殿。いかがした?」


 朝倉家だと当主よりもおもねる者が現れて、家中の序列や秩序が揺らいでしまう程の凄い人のはずなんだけど、ここだと子供たちの相手をしているお爺ちゃんになっているんだよなぁ。


 無論、政治的なことを語らないとか、オレに気を使ってくれていることもあるけど。


 療養中なので表立った活動はしていないけど、牧場の中で子供たちと一緒に馬の手入れとか畑仕事もしている。ケティたちも軽く身体を動かすことは勧めているからね。


 あそこは外から人が入らないように堀と塀があるから、人目も気にしなくていいからな。宗滴さんも気楽なんだろう。


「そうてきさま! いっしょにやりましょう!」


 強くて物知りだということもあり、子供たちにも人気だ。輝と子供たちに誘われて福笑いをするらしい。


 今川が臣従をして、一番困る立場になる朝倉を、最もうれいているのは宗滴さんかもしれないのに。そんな様子は見せない。凄いなと思う。




Side:朝倉義景


「まさか今川が織田に降るとはな。甲斐武田との戦で疲弊したのが理由か?」


「臆病者め。戦もせずに降るなどあり得ぬ」


 新年の宴も宗滴がおらぬと変わった。良く言えば各々が言いたいことが言える様子。悪く言えば愚か者が露わとなったか。


 軽々しく他家を罵るとはな。心情は分からんでもないが……。


 昨年末、宗滴より知らせが届いた。信濃小笠原と今川が織田に降ったとな。信濃小笠原は分からんでもない。本地・本城も失う男だからな。されど因縁ある今川がすべてを呑んで、斯波の家臣である織田に降るなど未だに信じられぬわ。


 今思えば、寿桂尼殿が尾張に出向いておったことが、臣従の前触れか。


「然れど、これで織田が越前に攻め寄せてくることもあり得ぬとは言えなくなりましたな」


 懸念を理解しておるのは孫八郎まごはちろう景鏡かげあきらか。父親が謀叛を企てて肩身の狭い思いをしておるが、それ故、開き直っておるところがある。言いたいことを以前から言えるひとりであったからな。


 そう、斯波と因縁が深いのは今川と当家だ。今川が誇りに殉ずることの無意味を理解して降るとなると、当家に衆目しゅうもくが集まり、行く末を推し量られるのは当然のこと。


「ふん! 織田など物の数ではないわ! 今度は神職崩れの織田と通じて謀叛か? 父子二代の謀叛とは恐れ入る」


「止められよ。孫八郎殿が謀叛を起こしたわけではないのだ。それにその件はすでに仕置きが済んだこと」


 過ぎたことで未だに騒ぐ年寄りを諫めたのは孫九郎景紀だ。かつては宗滴が諫めたのだがな。孫九郎に言われると不満なのか、明らかに顔色が変わった。


 孫八郎と孫九郎は特に親しいわけでもない。懸念を理解するのが孫九郎ということには複雑な思いもあろう。


 宗滴、そなたは今川が降ることも懸念しておったのか? 織田と戦など出来るものではないのは戦に疎いわしでも分かるわ。六角が敵となっても驚かぬ。味方は若狭の管領殿か?


 あり得ぬ。公方様どころか、次の帝となられる親王殿下すら天杯を許された男がおるのだぞ。朝敵にされてしまうわ。


 この中で幾人が、己の命と一族の命運を懸けて織田と戦をする者がおるのだ? わしの首を差し出して助かろうとするのではないのか?


 家臣どころか一族ですら城も所領も召し上げた織田が羨ましいわ。


 わしは誰のために当主としてここにおるのだ? この愚か者どものためか? 自ら織田を知ろうとする者はごくわずか。酒の勢いで騒ぐだけの者など要らぬというそなたの言い分、今ならばよく分かるな。


 久遠殿に文でも出すか。何か越前をしのばせる贈り物を添えてな。すれば、宗滴と共に見分けんぶんしてくれよう。因縁もない久遠殿こそ朝倉家の命運を握る者かもしれぬ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る