第1380話・八年目の新年の宴

Side:久遠一馬


 新年明けて二日。恒例となった織田家主催の新年の宴になる。これを楽しみにしている人も多いんだとか。お金を出せば同じものを食べられる時代じゃないからね。


 例年だと参加するのは織田一族と斯波一族に近隣の家臣たちだった。ただし今年は城を手放して清洲に住む武士も増えたことで参加者が多い。


 あと、今年も織田一族と斯波一族の子供たちを集めて子供たちだけの宴をするらしい。


 女衆の新年の宴と合わせて清洲城では年始から大賑わいだ。


「これは、なんとも美味しゅうございますな」


 男衆と女衆の宴会料理でのメインは豚肉のすき焼きになる。牛と違いきちんと火を通す必要があるものの、甘辛い割下で味付けした豚肉を生卵で食べると、この時代では味わえない絶品の料理となる。


 尾張だと肉食が普及していることもあり、皆さん特に気にすることもなく食べてくれた。もちろん、卵の生食は他ではしないようにときちんと説明をしている。


 牧場では豚とイノブタの飼育をしている。その成果を皆さんに知ってもらうためでもある。


 この時代だと猪は多いけど、そこまで繁殖力がある生き物じゃない。山には狼や野犬が普通に生息している時代なんだ。このまま経済成長と共に肉食が進めば、猪の数が減ることだって考えておく必要があるんだ。


 だいぶ前にも説明したけど、人の食べ物が足りない時代だ。雑食とはいえ豚の飼料だって人が食べられるものなので、そうそう簡単に拡大も出来ないけどね。


 ただ、技術と知恵は今から積み重ねていく必要がある。


「これはまた飯が合うな」


 山盛りご飯に卵に絡めた豚肉を乗せた信光さんは、気持ちがいいほど一気に豚肉とご飯を頬張った。


 立身出世とか避けている人だからなぁ。純粋に宴を楽しんでいるひとりだろう。


 組織である以上、織田家にも出世を望み争う人もいるから綺麗事ばかりじゃない。ウチは力を持ちすぎているので別格扱いされ関与することはないけどね。


左様々々さようさよう、海では海苔や牡蛎を育て、陸では鶏や豚であったか? 肉まで育てるとは。芋や大根とて、すでになくてはならぬものとなっておる。飛騨や信濃でもなにかやれればよいのだが」


れど新領しんりょうには米にこだわる者が多すぎる。相応そうおうに採れるところは、まずはそのままで良かろう。あとは麦や蕎麦や大豆でも植えさせていくしかあるまい。芋は出せぬのだ。他の新しきものも軽々しく出せぬ」


 料理とお酒を楽しみながらも話が仕事になるのは、いい意味でも悪い意味でも変わった気がする。


 主立った人には飛騨や信濃の生産量についておおよそ教えてある。人口とその人を食わせる生産力がどのくらいあるか。今の織田家にとっては重要なことなんだ。


 あと作物、新しいものはすべてウチの知恵と技なんだよね。当然、他の人がそれを積極的に出せと言うことはない。むしろ、オレが広めようとすると時期尚早だと懸念を示す人すらいる。


 新技術に関しては、ウチが得をするとか損をするという次元じゃなくなりつつあるんだよね。ウチが損をすると織田が損をして自分たちの禄や暮らしに影響する。当然守ろうとするんだ。


 何度も足を運んでくれた北畠や六角はある程度信頼関係があるけど、飛騨と信濃はそれがない。


 これの困ったところは身分のある人より、領民とか土豪レベルが信頼出来ないことか。身分があると相応に教育を受けているので、物分かりがいい場合が多い。


「この天ぷらも美味しゅうございますなぁ」


 小難しい話ばかり聞いていても楽しくないし、他のところを見てみようか。あっちでは天ぷらを食べながら楽しげに飲んでいる人たちがいる。


 今年は趣向を凝らして、目の前で天ぷらを揚げているんだ。揚げたての天ぷらは美味しいからね。目の前で揚げて皆さんが食べている。


 揚げたての天ぷらを塩や天つゆで食べると外はカリッとしていて、中はふんわり熱々でたまらない。元の世界で考えても贅沢だなって思うよ。


 バーベキューとか、織田家の宴でも何度かしたからなぁ。目の前で調理したものを食べる美味しさを皆さん再認識したらしい。


 無論、この時代の縁起がいいとされる料理もいろいろとある。準備も大変だったみたいだけどね。正月の宴は特別だから。


 料理人の皆さんにはあとで労いの言葉と褒美を出すように手配しておこう。




Side:土田御前


 今年も新しい者たちが来ておりますね。名と顔を覚えるだけでも一苦労です。


 かつてならば一族と一族に近しい者たちの男衆だけで新年の宴をしていたものが、今では一族と近しい女衆ばかりか、新参者まで年始から挨拶にと参上してくるのです。相応の態度と歓迎をせねばなりません。


 戦をせずとも領地が広がる。それがいかに苦労が多いか、身を以って知ることになりました。


 領国が違えば言葉も違い、積み重ねてきた暮らしや生き方すら違うこともある。戦に負けておらぬということで、互いに配慮が欠かせません。


 新しき政は大いに結構です。されど、それを営むは人という難しさを感じずにはいられません。


「桔梗の方殿、これは……」


「当家で飲む茶ですわ。さあ、どうぞ」


 この場で助けとなってくれているのは、やはり一馬殿の奥方衆になります。新参者を含めた皆に声をかけてくれております。


「天竺の方殿、学校では……」


「よく学び励んでおりますよ」


 新しい政と世が分からぬことが、なにより案じてしまうゆえでしょう。それをかの者たちはよく理解している様子。


 女の身であれ城を出て働く。民と同じと当初は考えましたが、殿方に負けぬほど学問を学び武芸の鍛練をする。家を守り、実家と嫁ぎ先を繋ぐことを重んじる私たちとは違う生き方をしています。


 少し羨ましきことに思えますね。


 信濃・駿河・遠江。すでに臣従すると決めたところとか。されど、私にはかの地がいかなる地なのか分からぬところ。


 ふむ、女衆もまた学ばねばならぬのかもしれませんね。今後、新たに臣従する家や土地がいかようなところなのか、皆を集めて学ぶ場を設けましょう。あとは学校で女衆が率先して学べるように、私も学校にて学ぶべきかもしれません。


 従う者たちをひとつにする。男衆は男衆で考えていることがありますが、女衆もまたひとつにするべく考えていかねばなりません。


 あとでシンディとアーシャたちと話しておきましょう。


 日ノ本をひとつにするなど私には考えられぬこと。些細なことで足を掬われねばよいと願わずにはいられません。



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