第1377話・年の瀬の団らん
Side:武田信繁
清洲に到着した夕刻。城で出された夕餉に思わず感極まる。
白い飯と温かい味噌汁。それに焼き魚などがある。清洲城でいただいた飯としては質素だろう。されど野の菜や大根などもあり、決して粗末な飯ではない。祝いの席でもないのだ。旅の疲れを癒し、我らが落ち着けるようにとの気遣いが見て取れる。
「父上はご無事だそうだ。守護の役目を全うして尾張に来られると仰っておられた。我らは織田に仕えて父上を待つことになる。しっかり食うて甲斐武田家に恥じぬ働きを為せるようにせよ」
太郎の言葉に皆が僅かに安堵した顔を見せた。
長旅で疲れの隠せぬ者もおる。二郎など盲目の身で長旅は辛かったであろう。よく耐えたものだ。
それにしても、親王様の尾張行啓と此度で太郎は随分と立派になったな。もし兄上が尾張に来られぬ時は、太郎を当主として尾張で生きねばならぬ。兄上も決して甲斐で死ぬ気などないが、いかに始末をつけて出てくるのか、わしも見通せぬこと。
今の太郎ならば、この先も武田家は生きてゆけると思える。
「御無事の到着、祝着至極に存じます」
翌日、わしは単身で尾張におる西保三郎と家臣らに会いに来た。皆、顔色が優れぬようにみえるほど案じておったようだ。
「人質は皆、返した。そなたらが武田から離れたいというのならば、感状とわずかだが褒美を出す。ただ、真田源太左衛門、そなたの子たちは連れて参った。兄上とも話したが、所領が村上と近く難しい地だ。返しても困るかと思うてな」
悔しさを滲ませる者もおる。各々の家の立場により今後いかにするか変わる者もおろう。兄上からは出ていく者は止めずともよいと言われておる。
懸念は信濃でも村上と領地が近い真田だ。村上もすぐに動くとは思えぬが、最早、武田家には信濃に兵を出す力はない。
「はっ、ありがとうございます。されど某は今後も武田家家臣として勤める所存」
「兵を出して助けることは出来ぬぞ」
兄上はこの男を惜しいと言うておられた。信濃におればもう少し上手く立ち回れたのではないかとな。されど、真田にはすでに武田に尽くす義理はない。にもかかわらず仕えるということか? そこまで義理堅い男なのか?
「畏れながら織田は所領を認めておりませぬ。信濃とて、いずれそうなりましょう。思うところはありまする。されど、戻ったところでいかんともなりませぬ」
ああ、そういうことか。この男はわしより織田を知っておるのだったな。信濃の国人として生きるよりは、武田家家臣として織田の世を生きることを望むか。あくまでも当面の間はということであろうが。
「そうか。あい分かった。我らは尾張を知らぬ。西保三郎やそなたには頼らねばならぬ。何かあれば遠慮なく言うてくれ」
「畏まりましてございます」
甲斐とは何もかもが違う尾張だ。真田らに頼らねば恥を掻くだけであろう。他の者も年の瀬ということで当面は今のまま仕えてくれるようだ。
ひとまず落ち着くことが出来るな。
Side:久遠一馬
志摩が臣従したおかげで領内に鯨肉が潤沢に供給されるようになった。以前から志摩では捕鯨が行われていたけど、久遠船が使えるようになったこともあり、以前にも増して盛んに行なわれているためだ。
久遠船による定期便が志摩に行くことになってあの辺りも変わったと思う。さらに志摩にある答志島は今も水軍の拠点として整備している最中だ。
定期便に関しては、志摩半島の南になる伊勢最南端に領地があった熊野九鬼の元領地が伊勢志摩方面では一番遠いところになる。伊勢志摩の国境はオレが知る元の世界と違うからさ。
その影響もあってか、伊勢志摩地域の水軍は、もうほとんど独立勢力はおらず上手くいっている。おかげで新年を前に領内では結構な量の鯨肉を供給出来たと思う。
やはり新年はみんながご馳走を食べられるようにしたいからね。お酒とかもち米とか、砂糖もなるべく安い値段にしてある。さすがに
「ちーち!」
「これ! よんで!」
今年の仕事もほぼ終わり、オレは子供たちと一緒の時間を過ごしている。昨日には船で妻たちが尾張に来たことで賑やかだ。那古野の屋敷ばかりでなく各地の屋敷も牧場も賑やかだろう。
「ほ~ら、武鈴丸。マーマと遊びましょうね」
「武尊丸、これあげるわよ。だから、マーマって呼んで?」
今日は遥香や武鈴丸や武尊丸も遊びに来ていて、みんなに構ってもらえて楽しげだ。
テレビもラジオもインターネットもない生活に慣れた。こうしてみんなで集まってのんびりとした時間を過ごす。これがなによりの贅沢な気もする。
ロボとブランカは落ち着いているが、
「夜は孤児院の子供たちも呼んで、宴にしようか?」
「いいですね」
ふと、ギャラクシー・オブ・プラネットを始めた頃を思い出した。ほんと信じられないほど人が増えて賑やかになったなとしみじみと感じる。
エルはロボとブランカの相手をしつつ楽しそうに微笑んでいる。
大変なこともあるし、悩みもある。だけど、こうしてみんなで楽しめる時間があるからこそ頑張れると実感する。
明日、おせち料理を作ると、あとは年越しを待つだけだ。
町はまだ年末の活気で賑わっているし、商人なんかはツケの回収で忙しいらしいけどね。織田家はすでに年末の休みに入っている。
信濃も仮初ながら安定しつつあるし、遠江もこちらに影響があるほどじゃない。なんとか穏やかな正月を迎えられそうなことは朗報だろう。
武士に関しては、例年よりも清洲で新年を迎える人が圧倒的に増えそうだ。信康さんが犬山城を公儀としての織田家に献上して以降、同じように各地の城を献上している者も増えているんだ。
人によっては生まれ故郷に新たに屋敷を構えている人もいるけど、織田家の新年会に参加するには清洲か近郊で年越しを迎える方が楽だということもある。
ああ、蟹江に屋敷を構えてそこで年越しをする人もいたなぁ。あそこ温泉があるし海産物が安く手に入るから。
年越しを一族と一緒に迎えることは変わらない。だけど土地から解放された影響で僅かながら変化も見られる。
平和な日常を満喫してほしい。
それが戦乱の世を終わらせる第一歩になるはずだから。
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