第1375話・年の瀬のこと
Side:三木直頼
「父上、お加減はいかがでございまするか?」
「ああ、大事ない」
京極家の跡目を継いだ倅が姿を見せた。尾張に来てからというものの忙しそうで苦労も多い様子。
されど、華やかな清洲での暮らしを楽しんでおるようでもある。それがなによりじゃの。
わしは倒れて以降、年を越せぬかと思うたが、久遠家の医師の薬はよう効く。
「御屋形様はいかがされておる?」
「はっ、来年の御幸のことでお忙しい様子。某にもあれこれと教え導いてくだされますれば」
意地を張り、飛騨で戦などせずに良かった。されど飛騨におった頃に御屋形様を謀ったことは懸念として残る。
正直に明かすべきか? いや、それは死にゆくわしの勝手か。上手くいっておるというのに波風を立てるべきではないな。助けていただいた武衛様や公方様すら関わること。わしが口を出すことではない。
「然れど、信濃と遠江と駿河か。そなたは世が変わるのを己の目で見られるのかもしれぬ」
「なにをおっしゃいまする。父上も共に見ればよいではありませぬか」
「わしはもう歳だ」
己の身体のことは己が一番よく知る。されど、倅もまた長くないと思うておるようだ。相も変わらず嘘が下手だ。親を騙せるくらいにならねば、この先も苦労するであろうに。
もっとも織田は信義を重んじ嘘偽りを好まぬ。倅くらいでいいのかもしれぬがな。
思い返すといろいろなことがあったなと思う。
それがいつの間にやら、嫡男は京極の家督を継ぎ、次男を三木家の跡取りとした。飛騨の鄙者にしては上出来ではあるまいか。
こうして穏やかな療養を出来るのも、決して悪いことではない。
「わしはよい。御屋形様に学び、早う京極の家は安泰だと言わしめるようになれ」
「はっ」
北伊勢の国人衆を思うと過ぎたる結果であろうな。この先、いかほど生きられるのか知らぬ。されど、泉下で父上や母上に会うた時に誇れるくらいにはなったであろう。
それだけで十分だ。
Side:久遠一馬
学校と病院の大掃除も終わり、寮生活をしている子供たちもみんなそれぞれの家に帰った。
ここ数年は学校で教わったことを家に帰って報告すると、そんなことまで教えてくれているのかと驚かれることも増えた。
武芸や読み書き計算や礼儀作法ばかりではない。美術や工作や農業など、様々なことを幅広く教えている。
学校での変化といえば、教師陣から保護者への通知表代わりの文を今年から持たせたようだ。学校での様子や得意不得意なことなどを書いたものみたい。成績として評価はしていないが、学校と保護者の意思疎通をしようという取り組みだ。
あと織田商人組合の年末の会合にオレも顔を出した。伊勢大湊の会合衆が今回から参加することもあるし、年末ということで蟹江のウチの屋敷で皆さんをもてなして宴を開いたんだ。
こちらはいろんな話が聞けた。宇治山田の様子とか、駿河遠江の商人の様子とか。大湊は正直ほっとしたというのが本音らしいね。
こちらとしてはきちんと遇して利益を配分していた。とはいえ変わりゆく世の中で決定事項だけ知らされることがいかに怖いのかは分かる。
大湊の商人の中には、宇治山田の商人から泣きつかれているところもあるみたい。織田なんて関係ないと好き勝手にやっている商人もいれば、争う気なんて更々なくて、こちらのお願いを聞いていた人もいる。
この辺りはこちらのお願いを聞いていた商人には配慮がいるだろう。具体的には北畠家とも話す必要があるから、なにか決めたわけではないけどね。
「それ! もういっちょ!」
ウチも年末シフトになった。各屋敷の警備担当や武官の一部はローテーションを組んで年末年始も働いてくれるが、業務分担に問題ない人から年末年始の休みに入ってもらった。
そんなこの日は、牧場村の孤児院で餅つきをしている。各屋敷でもやっているだろうが、ウチは家臣も仕えている忍び衆も多いからね。牧場村でたくさん餅をついて、独身者や忙しい人たちに配るんだ。
もち米を蒸かす人、餅をつく人、ついた餅を成形していく人。お年寄りから子供たちみんなでやる大仕事だ。
こういう時になると元気がいいのは慶次だね。奥さんのソフィアさんと一緒に餅をついているけど、華やかだから絵になる。
「あかごげんき?」
「ええ、元気よ」
あと年末になってリリーの妊娠が判明した。おかげで孤児院の子供たちが大喜びでお祭り騒ぎだ。
まだ幼い子たちは、暇さえあればリリーの赤ちゃんを気にかけてくれているみたい。
「くすしさまのあかご、うまれる?」
「まだ。でも早くみんなに会いたいって言っている」
「わーい!」
もうひとり妊娠しているケティだけど、彼女もまた子供たちに囲まれている。妊婦さんはみんなで助けようという教育をしているようだ。ここだとアーシャが先に妊娠出産をしたからね。みんな経験者だ。
あと妊娠しているのは石舟斎さんの奥さんか。この人も先月くらいに妊娠が判明して産休に入っている。ウチの家中だとみんなウチのやり方に合わせてくれているから、オレとしても安心なんだよね。
「いくでござる!」
「任せるのです!!」
「はい! はい! はい! はい!」
「はっ! はっ! はっ! はっ!」
ああ、向こうではすずとチェリーが餅つきをしている。杵でついているのがすずで、餅を返しているのがチェリーだ。早つきと言うんだろうか? リズミカルに早くぺったんぺったんついていて子供たちばかりか大人も驚いている。
一部の家臣が真似しようとしているけど、危ないからと資清さんに止められている。あれ呼吸が合わないと難しいんだよね。
「ああ、危ないぞ!」
少し賑やかだなと思ったら、藤吉郎君が餅つきをする子供の世話をしていた。清兵衛さんと一緒に今日は餅つきに来ているんだけど、藤吉郎君、孤児院出身の家臣たちと親しくなったみたいで一緒に働いているんだ。
職人としての腕前もいいようで、清兵衛さんも自慢の弟子だと前に言っていたっけ。
豊臣秀吉の立身出世物語はこの世界ではないだろう。太閤記とか、あれはあれで面白かったんだけどね。でも楽しげな藤吉郎君を見ていると、これもいいなと思う。
さあ、オレも餅つきをやろう。こういう力仕事は率先して参加しないとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます