第1374話・違いが生む戸惑い

Side:堀越家の使者


 なんと大きな城だろう。白石はくせきと見まごう白き壁に、五層に見ゆる屋根を重ね、櫓とも館とも分からぬが、壮麗そうれいかまえが今の斯波と織田の力を表しておるようだ。


「何卒、お取次ぎの程をお願い致しまする」


 事は急を要する。なんとしても武衛様に目通りをして援軍を求めねばならぬ。援軍が無理ならば、今川の駿河衆に兵を退かせるめいなりさくなりを取り付けねば我が堀越家は……。


「遠江の者が何用か?」


「はっ、我ら堀越一党、武衛様に臣従をしたく参りました」


 応対する男の顔色が曇る。何故だ? 臣従するのだぞ。喜ぶことはあっても懸念することはあるまい。さらに遠江はかつて斯波家が守護を務めたのだ。その遠江の国人であり今川一門の堀越家が臣従をするのだ。今川を割る良い機会ではないか。


「遠江の者は遠江のいま守護殿を通せとの命が出ておる。遥々来られたところ申し訳ないが、お帰りくだされ」


「なっ、お待ちを! 何卒、何卒、お取次ぎを!! 伏してお願い申し上げる!」


 使者であるわしを門前払いする気か!? 斯波にとっても織田にとっても良き話であろう? せめて然るべきお方に会わねば帰るに帰れん!


「先に駿河今川家が織田の大殿に臣従を誓うておる。さらに嫡男殿を臣従の証として寄越したのだ。大殿は己が家が治めた地で、父御ててごの背を見て学べと帰したがな。今川の一族であり家臣である従家じゅうけぞくすそなたと会うては、今川殿に不義理を働くことになる。従って誰も会わぬ。悪いことは言わぬ。早々に戻られて今川殿と話をされよ」


 なっ……。困る! それでは困るのだ!! この男では話にならぬな。誰ぞ身分のある者に取り次いでもらわねばならぬ。


 清洲城を出ると織田の一族と重臣の屋敷を訪ねるしかないか。


「悪いが、主はおらぬ。名と用件を聞いておこう」


「遠江? それは城に行かれよ」


 いずこも留守か門前払いだった。幾つかの家では相応の者が話を聞いてくれたが、遠江と聞くと誰も首を縦に振らぬ。


 せめて! せめて話くらいは聞いてくれても良いのではないのか!! 御家では、身勝手極まる駿河今川の治部大輔めと戦になってわしの帰りを待っておるのだぞ!


「そなたは知らぬのであろうな。遠江から使者が来るのはそなたが初めてではない。されど誰も目通りを許された者はおらぬ。諦められよ。今の尾張は不義理をなにより嫌う。早々に今川殿と和睦をされるがいい。同じ一族なのだ。臣従を誓えば許されよう」


 日が暮れて最後の頼みと訪れたのは吉良家の屋敷だった。ようやく主に会わせてもらえたが、憐みの様子でそう教えてくれた。


 いかになっておるのだ? 足利一門の今川が織田如きに臣従をしたのもあり得ぬが、斯波も織田も今川を割ることの出来る機を逃すというのか?


 力ある名門などいとわしいのではないのか? 力を削ぐことは当然ではないか。我ら今川一門や遠江の国人衆は織田が兵を挙げるのを待っておるのだぞ!?


 いったい、いかがなっておるのだ!!!



Side:久遠一馬


 ウルザとヒルザが戻ってきた。信濃は片付いてないものの、年末ということで周囲の勧めもあって戻ったようだ。


 無論、残った人もいる。警備兵や武官は特に気を抜けないと残ったようだ。戻れない人には年末年始として特別俸禄を出すように評定で提案しておいた。


 一族の繋がりが強く行事を大切にするこの時代において、正月も家に帰れないのは相当な負担だ。ただ、それでも志願して残ってくれた人が大勢いたことに感謝しよう。


「餅とはいかなかったけど、正月は米が食えるようにしたわ」


 ウルザの報告に改めて驚く。こっちもそのつもりで物資を送ったものの、実際に現地がどれほど大変かは理解したつもりだったということか。


「小笠原家はどうだった?」


「思ったより素直ね。いろいろ大変だったようだけど、向こうもこちらのめいは守ってくれたわ。むしろ村とか集落、とにかく末端のほうが面倒だったわ。食料の配給をこちらでやろうとしただけで反発したところが結構あったそうよ」


 閉鎖村落か。武士はまだ権威や力に従うけど、村とか集落となると惣というか閉鎖社会独自の掟で生きているからなぁ。


 説得したところ、兵を見せて逆らうなと命じたところ、現地の状況や担当した人により様々だったようだが、とりあえず飢えさせないということは頑張ってくれたようだ。


「食糧の生産事情はもともと厳しい土地だわ。米以外の作物を増やさないと駄目よ」


 ヒルザの報告は衛生環境や食糧の生産事情などだった。とにかく山が多くて生きるのが大変な土地だからなぁ。それなのに、碌に収穫出来ない米にしがみつく。米は噛み締めると甘いんだ。甘味は人の快楽中枢を刺激するから、糖を作る事を知らなさ過ぎた日本人の米信奉、米執着の原点だ。


 短期的には蕎麦や麦や大豆、それと野菜なんかを育てるようにするか。長期的には果樹や薬草類もいいかもしれない。元の世界だとあの地域で高麗人参を栽培していたはず。植え替えとかすることで比較的効率のいい生産をしていたと聞いたことがある。


 ああ、小笠原さんからお礼の文を頂いてきたみたい。いろいろ贈り物をしたのでその返礼か。


 信濃望月家のことがあったので小笠原さんへの贈り物は多いけど、基本的にウチは新規の臣従する人に贈り物をしているんだよね。身分とか地位によって贈る数や量は違うけど、ほんと今の織田家だとウチの商品を知らないと恥を掻くか疎外感を感じるだけだからさ。


「対策をまとめよう。でもあとは来年かな」


 すでに年末の仕事納めの準備に入っている。懸案もいろいろあるが、棚上げだ。


「まーま!」


「あら、少し見ないうちに歩くのが上手になったわね」


「ほんとね。どこにでも行けそう」


 そろそろ話が終わろうという頃、あきらが部屋に入ってきた。ほんと誰に似たんだか行動的なんだよね。輝は。


 危なくないようにと目が離せない子だ。まあ、ジュリア譲りの赤い髪をしているので目立つ子でもあるし、侍女さんが常について見守ってくれているんで安全なんだけど。


「お園殿も輝に付き合って廊下を歩いていると寒いだろ。ごめんね」


「いえ、寒くないようにしております」


 輝に付いている侍女さんはお園さんだ。周防の元遊女だった人になる。


 尾張に来て以降は周防からの移民の世話とかいろいろと働いていた人だ。子供が生まれたことと元々教養がある人だったことから、少し前から那古野の屋敷で侍女として働いている。


 三雲家と縁がある旦那さんも、現在は那古野勤務となっていて夫婦で出世した。


 ちなみに彼女を抜擢したのは資清さんの奥さんのお梅さんだ。那古野の屋敷は常に妻たちが交代で島から来ているので、高水準で使える侍女はいくらいてもいいということもあるけど。


 養女のお縁ちゃんは学校に通っていて、最近はお市ちゃんとも仲がいいんだよね。あと息子の藤太君はウチの家臣の子供たちと一緒にいる。


 明後日には宇宙と島、海外勢力圏の各地からみんなが来る。今年も年末年始は賑やかで楽しくなりそうだ。






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