第1371話・戸惑う国人たち
Side:太原雪斎
家中の者が次から次へと拙僧のところにやってくる。『織田に臣従など聞いておらぬ!』『己が御屋形様に良からぬことを吹き込んだのであろう!』などと怒る者もおるほど。
斯波ならばまだ理解したのやもしれぬ。されど守護代風情に臣従など死んでも御免だという者の心情も察するものはある。
されど、まだ己の不満と意思を拙僧にぶつける者はいいのかもしれぬ。表向き動きをみせず、斯波に臣従をせんと企む者もおるのだ。
さらに因縁ある斯波の家臣である織田になど臣従をするのならば従えぬと、明確に手切れとも取れる動きを見せつつある者もおる。
若君と朝比奈殿が吉田から三河衆の兵を引き連れて、分家筋でもあり明確に異を唱えておる遠江今川の堀越へ向けて攻め入った。
「駿河は御屋形様の下、ひとつとなりましょう」
「
岡部殿が語る駿河の様子に御屋形様は安堵された。未だ怒りの収まらぬ者もおるが、御屋形様に弓引く者まではおらぬ様子。
武田相手に勝ちきれず、北条とは血縁があれど味方になるほどでもない。織田相手にそう容易く勝てぬことは皆が承知であることだ。ここ数年の武田との戦で疲弊した今川家では致し方ないと理解に至る者もおる。
「御屋形様、甲斐の穴山が同盟を申し出ておるとか? いかがなさいますので?」
岡部殿の懸念は駿河ではない。甲斐か。そうなのだ。厄介なことに穴山が武田から離反したようで、こちらに使者があった。
「清洲に黙って、勝手に同盟など出来るはずもあるまい。それに穴山は織田がいかなる政をしておるか、
臣従はまだしておらぬとはいえ、すでに内々に誓った身。勝手な同盟など許されぬ。第一、戦で疲弊したばかりか、米も満足に取れず苦しんでおる甲斐などと同盟していかがなるというのだ。
「尾張に知らせては?」
「使いは出したが、おそらく要らぬと言うて
岡部殿はやはり尾張を知らぬか。甲斐などいかようにでもなる。織田ならばな。信濃を治める名分を得たのだ。さらに遠江や駿河とて此度の運びのままに織田の地となれば、甲斐など勝手に落ちよう。
織田に降りたいというなら口を利いても良いのかもしれぬ。そのくらいの義理はあるからな。
されど、今動くのは悪手だ。武田とて怒り心頭であろう。
いずれにしてもあの地は
Side:久遠一馬
遠江が揺れている。斯波と今川の間で因縁がある地だけに面倒だけど、突然降って湧いたような織田臣従に混乱しているというべきか。
この時代の常識的に考えて、足利一門である今川が因縁ある斯波の家臣に臣従などあり得ない。まして戦で負けてもいない相手であり、将軍のように従うべき名分もない相手だ。
なにやってんだと驚いたのが本音だろう。
今川と争ってでも従わないと息巻くところもあれば、慌てたように義統さんに使者を出してきたところもある。冗談ではないと理解したところは、今川から離反独立して斯波家の家臣となるべく画策して当然だ。
面倒なのは血縁があちこちに繋がっていることか。伝手を辿って織田家の人に文を寄越している人は結構いるみたい。
「どこもかしこも大変だねぇ」
ウチも例外じゃない。信濃望月家が揺れている。武田方でありつつ、今川の調略が入っていた信濃望月家。ところが双方が梯子を外したように消えてしまう。単独で戦えないところだとそりゃあ揺れるよね。
よほど困ったんだろう。どうしたらいいかと、こちらに助けを求める使者が来ているんだ。
困ったことに武田が攻め入る前からまとまりに欠ける国なんだ。信濃は。
信濃望月家。実は今も望月一族の惣領のままなんだ。元惣領の信雅さんは隠居して尾張に移り住み、望月さんの下で働いているので、新しい当主が惣領になっている。
力関係ははっきりしている。すでに尾張望月家が圧倒的に上だ。とはいえもともと向こうが本家筋であることに変わりはなく、望月さんも惣領なんて欲していないから結果的に惣領は変わらず信濃にある。
もっとも惣領だからと上から目線で来ることはなくなっていた。信雅さんたちが尾張に来て以降、伝手を頼って来る人がぽつぽついるし、こちらの援助がないと立ち行かない立場であるからね。
小笠原さんの臣従で割と近くまで織田が迫ってもそこまで困る立ち位置でもないけど、近隣は武田方とか村上とかだし、すぐにこちらに臣従という位置でもない。
あと真田。ここも大変なことになっているようだ。史実と違い砥石城が未だ村上方のままになっていることから、真田の本貫地は村上との境界線になっている。どうも両属に近い感じで上手くやっていたらしい。
望月は織田との縁があるのでそこまで困らないけど、真田は武田が信濃から撤退して困る立場だ。まあ村上もすぐに動くほどの力があるわけじゃないし、こちらの動きを見つつ様子見だろうけど。
「申し訳ございませぬ」
望月さんの顔色が少し悪い。立場上、信濃望月を見捨てられないけど、出来ることと言えばオレに頼むことくらいしかない。
こういう時は身分とか地位が低いと苦労するんだなと実感する。
「ウルザには書状を送るから。小笠原殿にもウルザを通してお願いする書状を渡してもらう。お隣の諏訪がどう動くかにもよるけど、とりあえず現状で安易に動かないなら大丈夫だと思う。困ったらウルザを頼るように言っておいて」
当然、オレも見捨てられない。ただ、信濃にはウルザとヒルザがいる。ふたりも信濃望月のことは知っているから不測の事態になっても助けになってくれるだろう。
小笠原さんと遺恨があるか知らないけど、まあ頼めばそれなりに扱ってくれるはず。贈り物を一緒に送っておこう。
「ありがたきご配慮、忝うございまする」
「まあ、織田では所領を認めていないから諦めてもらうことになると思うけどね。悪いようにはしないから」
信濃望月はもう生き残ることだけで精いっぱいだからな。織田に臣従したら惣領を譲ると言い出すだろうね。元々武田に従って自立出来ていた訳ではないし、結果的に信雅さんたちが出ていったことで信濃望月としての独自性を失い、本家としては終わっていたとも思える。
ああ、元惣領の信雅さん。今は尾張にいなくて信濃のウルザのところにいる。その土地を知っている人ってアドバンテージがあるからね。ウルザと一緒に行ってもらったんだ。
ウチでも大変だからねぇ。あちこちに縁やしがらみがある人はもっと大変だろう。
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